会議から消えた「脱炭素」の文字、反・気候変動に萎縮する研究者
米エネルギー高等研究計画局(ARPA-E)が開催した技術会議では気候変動や脱炭素といった言葉は姿を消し、エネルギー増産が強調されていた。新政権の意向があからさまに現れ、萎縮する研究者たちの姿をあった。 by Casey Crownhart2025.03.27
- この記事の3つのポイント
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- ARPA-Eのサミットでは気候変動への言及が影を潜め、不確実性が漂っていた
- エネ省長官は気候変動を「現代的世界構築の副作用」、気候政策を非合理的と批判
- 政治的混乱により研究者は萎縮、イノベーションの可能性に不安を抱えている
エネルギー技術の専門会議「ARPA-Eエネルギー・イノベーション・サミット」(3月17〜19日、ワシントンD.C.郊外)は、表面的には楽観的かつ熱狂的な姿勢が感じられた。しかし、そのすぐ裏で不確実性が渦巻いているのは明らかだった。
ARPA-Eエネルギー・イノベーション・サミットは、次世代電池から金属採掘プラントまで、さまざまな研究に取り組む最先端のイノベーターが集まる会議である。米国エネルギー省の一部門で、エネルギー分野のリスクの高い研究に資金を提供する機関である米エネルギー高等研究計画局(ARPA-E)から資金提供を受けているプロジェクトに携わる研究者が集まり、その成果を披露し、研究者同士で交流したり、投資家や私のような詮索好きなジャーナリストと話したりする場である(サミットで私が目にした最新テクノロジーのいくつかについて、この記事にまとめたのでご覧いただきたい)。
しかし今年は、「部屋の中の象(誰もが知っているのに触れようとしない大きな問題)」があった。それは、米国連邦政府の現状だ。 あるいは気候変動だろうか? いずれにせよ、奇妙な雰囲気だった。
前回このサミットに私が出席したのは2年前で、その時はステージ上でも会話の中でも気候変動が常に話題に上っていた。中心的な問題は間違いなく気候変動であり、どうすれば脱炭素化し、エネルギーを生み出し、汚染物質を排出する化石燃料に頼らずに生活を営むことができるのか? ということだった。
今回は、米国エネルギー長官のクリス・ライトやARPA-E局長代理のダニエル・カニンガムの講演を含め、オープニング・セッションでは「気候変動」という言葉を一度も耳にしなかった。焦点は米国のエネルギー支配であり、増大する需要に対応するため、いかにしてもっと、もっと、もっと多くのエネルギーを手に入れるかということだった。
このサミットに先立ち、ライト長官はテキサス州ヒューストンで開催されたエネルギー会議でも講演し、気候変動について多くのことを語っていた。気候変動は「現代的世界構築による副作用」であり、気候政策は非合理的かつ半ば宗教的であるとし、気候対策に関しては病気そのものよりたちの悪い治療法だと表現した。
私は今回のARPA-Eエネルギー・イノベーション・サミットでも同様の主張を予想していたが、サミットでは気候変動についてほとんど言及されなかった。
ライト長官の講演やサミット全体のプログラム構成で私が気づいたのは、一部のテクノロジーは好意的に取り上げられ、一部のテクノロジーは明らかに隅に追いやられていたということだ。原子力発電と核融合は間違いなく「優先」リストに入っていた。オープニング・セッションでは原子力のパネルがあり、ライト長官はその発言の中でコモンウェルス・フュージョン・システムズ(Commonwealth Fusion Systems)やザップ・エナジー(Zap Energy)のような企業の名を挙げた。また、小型モジュール炉(SMR:Small Modular Reactor)を称賛した。
風力や太陽光などの再生可能エネルギーは、不安定だという文脈でのみ言及された。ライト長官はその点に固執し、再生可能エネルギーは現在最も安価な発電法のひとつであるといった、同等に重要だと考えられる他の事実には触れなかった。
いずれにせよ、現政権におけるライト長官の役職が示すように、彼はそれ相応にエネルギーについて熱心なようだった。「偏見があると言われるかもしれないが、エネルギーほど影響力のある研究分野はないと思います」。サミット初日の朝の開会の挨拶でライト長官は発言した。そして、エネルギー分野のイノベーションを称賛する言葉を並べ、それを進歩を推進するツールと呼び、この分野での自身の長いキャリアを概説した。
こうした事態は、ここ数カ月の連邦政府の混乱に続いて起きた。この混乱は、間違いなくエネルギー業界に影響を及ぼしている。米国の連邦政府機関は大規模なレイオフに見舞われ、エネルギー省も例外ではなかった。ドナルド・トランプ大統領は大急ぎで、電気自動車(EV)や発電所に対する税控除やその他の支援を含むインフレ抑制法からの支出を凍結しようとした。
展示を見て回り、コーヒーを飲みながら専門家たちと雑談する中で、オープニング・セッションに対するさまざまな反応や、エネルギー部門にとっての現状に対する思いを耳にした。
核エネルギーなど、トランプ政権が好意的と思われる産業分野で働く人々は、より前向きな傾向にあった。連邦政府からの助成金に研究資金を頼っている学術界の一部の人々は、次に何が起こるか特に不安を感じていた。ある研究者は、私がジャーナリストだと名乗ると、会話を拒否した。なぜブースで展示されているテクノロジーについて話すことができないのか、という私の質問に対して、同じプロジェクトの別のメンバーは、「今は不確定要素が多い時期だから」とだけ答えた。
エネルギー技術を進歩させるのに、私たち全員がその理由について完全に同意する必要はない。しかし、気候変動(科学者の圧倒的多数が地球への脅威であると認めている問題)に対処するためにできる限りの低炭素技術が必要なこの時期に、政治がある分野をこれほど萎縮させることに私は苛立ちを感じる。
サミットでは、優秀な研究者による研究の説明に耳を傾けた。魅力的な製品やデモンストレーションを目の当たりにし、今も私はエネルギーの行く末を楽観視している。しかし、新興テクノロジー研究の将来や政府支援が怪しくなっているために、いくつかの貴重なイノベーションが取り残されるのではないかと心配もしている。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。