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切り刻まれた古代人、破壊的発掘から保存重視へと変わる考古学
Stephanie Arnett/MIT Technology Review | Adobe Stock, RawPixel
An ancient man’s remains were hacked apart and kept in a garage

切り刻まれた古代人、破壊的発掘から保存重視へと変わる考古学

1980年代にカンブリア州で発見された中世の男性「セント・ビーズ・マン」の遺体はアングルグラインダーで発掘され、臓器は40年間もガレージに保管された。現代の考古学者は貴重な過去の痕跡を傷つけないよう最小限の発掘にとどめ、より非破壊的な技術の登場を待つようになった。 by Jessica Hamzelou2025.03.17

この記事の3つのポイント
  1. ヴェスヴィオ火山の噴火で死亡した男性の頭蓋骨内部からガラス化した脳が発見された
  2. 遺体のDNA分析は貴重なデータをもたらすが破壊的でもある
  3. 考古学者は遺体を慎重に扱い、破壊を最小限に抑えるようになってきている
summarized by Claude 3

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

私は最近、ガラスの脳に関する記事を執筆した。5年ほど前に考古学者たちが、西暦79年のヴェスヴィオ火山の噴火で死んだ男の頭蓋骨の中に、黒く輝くガラスの破片を発見した。どうやら、ガラス化した脳の断片らしい。

科学者たちは以前にも古代の脳を発見したことがある。中には、少なくとも1万年前のものと考えられているものもある。しかし、ガラス化した脳を見たことはそれまでなかった。科学者たちはこの脳の内部のニューロンを見つけることさえできた。

この男の遺体は、火山の噴火後に数メートルの火山灰に埋もれた古代都市ヘルクラネウムで発見された。この遺跡に他にもガラス化した脳があるかどうかはわかっていない。今のところ見つかってはいないが、これまでに発掘されたのはこの都市のわずか4分の1ほどにすぎない。

一部の考古学者たちはこの遺跡の発掘を続けたいと考えているが、保護する必要があると主張する人たちももいる。これ以上掘り進めると、遺跡が風雨にさらされ、遺物や遺体を損傷してしまうかもしれない。遺跡の発掘は一度しかできないため、損傷を最小限で抑えながら発掘するテクノロジーが手に入るまで待つ価値はあるだろう。

かなり最近でも、アングルグラインダーを発掘に使うとか、古代人の遺体の一部がガレージ行きになったなどの恐ろしい話がいくつかある。私たちの現在のやり方も、いずれ未来のテクノロジーによって同じように野蛮に見えるようになるのかもしれない。

考古学や古生物学のような分野には、避けられない事実がある。古代の遺体を研究するときは、何らかの形で傷つけてしまうことになるのだ。たとえば、DNA分析のことを考えてみよう。科学者たちはこの分野で非常に大きな進歩を遂げてきた。今日、遺伝学者たちは、絶滅した動物の遺伝暗号を解読したり、土壌サンプルの中のDNAを分析したりすることで、その周辺地域の歴史の全貌を知ることができる。

しかし、この種の分析をしようとすると、本質的にサンプルを破壊する。人間の遺体のDNAを鑑定するとき、科学者は通常、骨の一部を切り取り、粉砕する。歯を使う場合もある。しかし、一度調べられたサンプルは、永久に失われてしまう。

考古学的発掘調査は何百年も前からされてきた。そしてつい1950年代まで考古学者は、発見した遺跡を徹底的に発掘するのが普通だった。しかし、そうしてしまうと遺跡を損傷してしまう。

現在では、遺跡が見つかると、考古学者たちは自分が調べたいと思う特定の研究課題に焦点を当て、必要最小限の範囲に限って発掘する傾向にあると、英国エクセター大学の法医考古学者、カール・ハリソン教授は話す。「私たちは今後、幸運を祈って最小限の発掘のみにとどめ、あとは次世代の考古学者たちがこのようなことに取り組むための新しくてより優れたツールや、より高度な技能を持つようになることを願うでしょう」と、ハリソン教授は言う。

一般的に、科学者たちは人間の遺体もより慎重に扱うようになっている。英国リバプール・ジョン・ムーア大学の法医人類学者マッテオ・ボリーニ講師は、大学が収集した遺骨を管理している。ボリーニ講師によれば、その中には中世やヴィクトリア朝時代の英国人約1000体分の遺骨も入っているという。それらの遺骨は研究史料として非常に価値があると、ボリーニ講師は話す。彼自身、マッチ工場でリンに暴露して死亡した人物の遺骨や、殺害された人物の遺骨を調査したことがある。

研究者から遺骨の調査を依頼されると、ボリーニ講師は調査によって遺骨が何らかの形で変化してしまうのか調べる。「破壊的なサンプル採取が必要な場合、その破壊を最小限に抑えられること、そしてさらなる研究のための材料が十分に残ることを保証する必要があります」と、ボリーニ講師は言う。「そうでなければ、私たちは研究を許可しません」。

前の世代の考古学者たちも同様の手法を採用していたらよかったのだが——。ハリソン教授は、1981年に英国のカンブリア州で鉛の棺の中から見つかった中世の男性、「セント・ビーズ・マン(St Bees man)」が発見されたときの話をしてくれた。1300年代に死亡したと考えられているこの男性の遺体は、極めて良好な保存状態で発見された。皮膚は損傷がなく、臓器があり、体毛までも残っていたのだ。

通常、考古学者たちはこのような古代の標本を、石やレンガなどの天然の物質でできた道具を使って慎重に発掘していたと、ハリソン教授は言う。セント・ビーズ・マンの場合、そうではなかった。 「彼の棺はアングルグラインダーを使って開けられました」と、ハリソン教授は話す。この男性の遺体は棺から引き出されて「トラックに積まれ」、そこで標準的な現代法医学的死体解剖がなされたと、ハリソン教授は付け加えた。

「おそらく胸部を切り開いて、臓器を(摘出して)計量し、頭頂部を切り落としたのでしょう」と、ハリソン教授は言う。この男性の臓器のサンプルは「40年間も(病理学者の)ガレージに保管されていました」。

もし今、セント・ビーズ・マンが発見されたとしたら、この話はまったく違うものになるだろう。棺そのものは慎重に扱われるべき貴重な古代の遺物として認識され、この男性の遺体は可能な限り損傷しない方法でスキャンされ、画像化されただろうと、ハリソン教授は話す。

それからわずか3年後にマンチェスター近郊で発見された「リンドウマン」でさえ、もっとましな処置を受けた。リンドウマンの遺体は泥炭湿原で発見されたもので、死亡時期は2000年以上前と考えられている。哀れなセント・ビーズ・マンとは違い、リンドウマンは丁寧な科学的調査を受け、その遺体は大英博物館の最も重要な場所に展示された。ハリソン教授は10歳のときにその展示を見に行ったことを覚えている。

ハリソン教授は、破壊を最小限に抑えるDNAテクノロジーを夢見ていると話す。遺体を傷つけることなく、はるか昔に亡くなった人々の人生を理解するのに役立つかもしれないツールだ。私は、将来そのようなテクノロジーについて取材できることを楽しみにしている(それまでは個人的に、ヘルクラネウムを丁重かつ丁寧に訪れる旅を夢見ている)。


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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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