EV電池火災、どう対応?「燃え尽きるまで待つしかない」と専門家

One option for electric vehicle fires? Let them burn. EV電池火災、どう対応?「燃え尽きるまで待つしかない」と専門家

電気自動車(EV)の普及に伴い、バッテリーとして搭載されているリチウムイオン電池が発火して起こる火災が問題になっている。従来の消火活動の常識は通用せず、消防の意識変革が必要だという。 by Maya L. Kapoor2025.02.28

2024年秋、米国ペンシルベニア州フォールズ郡区のトラック輸送会社が、嵐で損傷したテスラ(Tesla)の車両を一時的に自社の作業場に保管した。数週間後、車は突然発火し、瞬く間に制御不能なほど燃え上がった。炎は約9メートルの高さまで達した。

地元の消防隊は、2000ガロン(約7500リットル)以上もの水をかけて鎮火しようとしたが、収まることはなかった。結局、消防隊員たちは、ボランティア消防長であるハワード・マクゴールドリックが率いる、近隣のブリストル郡区の消防隊に助けを求めた。マクゴールドリック消防長は1989年から消火活動に携わっていたが、この火災は普通ではなかった。リチウムイオン電池(バッテリー)による化学火災であり、電池自体が熱、燃料、酸素の供給源となっていた。消火は困難を極めた。

マクゴールドリック消防長は、このような火災に遭遇する機会が増えていると感じている。前年には、レース用ドローンの過充電状態のリチウムイオン電池が屋内で発火し、複数の連棟住宅が激しく燃える火災が発生していた。近隣地区で起きた別の事例では、廃棄物置き場にあった古いリチウムイオン電池駆動のバイオ医療機器が暴風雨で濡れて発火する事故もあった。

消防隊にとって、テスラ車の火災は一つの限界点となった。「『短期間にあまりにも多くの火災が起きている』と私たちは思いました」とマクゴールドリック消防長は振り返る。同消防長は、消防のリチウムイオン電池火災への対応力を高めるため、手を貸してくれる専門家を探し始めた。そして見つけたのが、スタッシュド・トレーニング(StacheD Training)のオーナーであるパトリック・ダーラムだった。

スタッシュド・トレーニングは、電気自動車(EV)火災への対応を含む、リチウムイオン電池の安全な取り扱いについて、消防隊員らファーストレスポンダー(救急の措置をする人)への指導を提供している。最近、増えつつある民間企業の1社だ。

EV電池火災の頻度に関する確かなデータはないが、EVメーカーにとって火災の発生は周知の事実である。しかし、各メーカーは火災に対処する方法や、未然に火災を防ぐ方法について標準化された手順を示していないため、消防隊員らは各車種の緊急対応ガイドを急いで調べることになる。だが、燃え上がる車を前にしての対応は容易ではない。

こうした情報不足の現状を打開するため、ダーラムは簡潔なチュートリアル動画から数時間に及ぶ対面式ワークショップまで、豊富なリソースを消防隊員らに提供している。2024年だけでも、ダーラムは全米で約2000人の消防隊員らを訓練したという。気候変動対策の一環でEVを購入する人が増えるにつれ、このような訓練の必要性は高まる一方だ。ダーラムのユーチューブ(YouTube)チャンネルは、2年足らずで約3万人のチャンネル登録者を獲得した。米国では現在、EV火災の頻度や原因に関するデータは収集されていないが、米国消防局(USFA)と火災安全研究所(FSRI)は今年、消防署向けの新しいデータ収集システムを立ち上げる予定である。

丸刈り頭と茶色の目、口の周りに馬蹄形の濃い口ひげを生やしたダーラムは、慎重な性格の持ち主だ。以前はEV用の電池ボックスを開発する機械エンジニアとして働いていた。ダーラムはボランティア消防士でもあり、2020年には地元の消防署でリチウムイオン電池の火災に関する最初の訓練を実施した。そこからダーラムの評判は口コミで広がっていった。現在、スタッシュド・トレーニングはダーラムのフルタイムの仕事となっている。ダーラムはまた、ミシガン州トロイにある地元のボランティア消防署の隊長でもある。

EVの普及に伴い、ダーラムが最も懸念しているのは、電池火災の可能性が高まっていることだけではなく、その燃焼の激しさである。「通常の自動車火災に比べて、火災の深刻度は高いです」とダーラムは言う。

「私たちが経験してきた従来の自動車火災は、その大半がエンジンルームから発生します」と、ダーラムの訓練を受けたミシガン州の田舎町にある消防署のジム・スティーブンソン署長は言う。「私たちは通常、現場に駆けつけて車のボンネットを開け、それから火を消します。車の内部に火が回ったとしても、大きな問題にはなりません。ホースで水をかければ、火はすぐに消えます。ですが、EV火災はまったく別の怪物です」。]

EV電池は、基本的に何千ものセルが密集した構造をしており、それぞれのセルの大きさや形状は電池のモデルによって異なる。単三電池のようなものから大型封筒のようなものまでさまざまだ。押しつぶされたり、過充電されたり、水に浸かったりして、1つのセルが破損すると、そのセルは「熱暴走(サーマルランナウェイ)」と呼ばれる現象が発生することがある。この現象が起きると、そのセルは制御不能なほど発熱し、大量の熱と可燃性ガスを放出して発火。周囲のセルへと火が燃え移ってしまう。

ダーラムによれば、旧式のリチウムイオン電池パックは、熱暴走が起きると「パイプ爆弾のように」爆発していたという。現在の電池パックには放出弁がついており、熱暴走時には、ダーラムの表現を借りれば「ブロートーチ(ガスバーナー)のように」炎を噴出することで、爆発を回避している。EV電池の配置も消火の難しさを増している。EV電池は通常、車両の床下、車軸の間、保護ケース内に格納されている。この配置により、エンジンルーム内にある場合と比べて衝突による損傷のリスクは低減されるが、ひとたび発火すると水が届きにくく、消火が極めて困難になる。

その結果、2024年にイリノイ州のリビアン(Rivian)の工場で起きた火災では、1台のEV車両から出火し、近くに駐車していた約50台の車が燃えてしまった。2023年にはフロリダ州ハリウッドで、テスラ車が誤って埠頭から転落し、水中であるにもかかわらず炎上したという事例も報告されている。

ダーラムは、高速での衝突事故でEV電池が炎上した場合、あまりに激しく燃え広がるため、消防隊員は車内にいる人を救助できないのではないかと懸念している。内燃機関の自動車の消火であれば30分程度の時間と数百~数千リットルの水で対応できるが、EV電池火災の消火には1万5000リットル以上の水と何時間もの時間を要する可能性があり、商用トラックになればそれ以上要するとダーラムは指摘する。実際、2024年にカリフォルニア州北部でテスラのEVトラック「セミ(Semi)」が州間高速道路80号線の道路を外れ、炎上した際には、消防隊員は約19万リットルの水を使って消火活動を実施し、15時間にわたって高速道路を閉鎖しなければならなかった。

さらに、EVの場合、本当に火が消えたかどうかを完全に判断するのは難しい。電池が損傷してから、あるいは一度鎮火した後でも、数週間から数カ月後に車両が再発火することがある。ダーラムは、フロリダ州のハリケーンによる浸水で全損扱いとなったテスラ車が、浸水から308日後にカリフォルニア州で突然炎上した事例を挙げている。このテスラ車は当初は発火しなかったが、塩水が電池パック内部に浸透し、腐食を引き起こした結果、熱暴走による化学火災が発生したのだ。

ダーラムによれば、EV火災を管理する最も効果的な方法は、周囲の車両や建物の安全を確保しつつ、燃え尽きるまで放置することだという。完全に燃え尽きれば、後に発火する可能性のあるセルも破壊されるため、再燃のリスクが減少する。

これは消防士の本能に反する行為である。ダーラムは、「消防士は問題を解決するために何らかの行動を起こしたい。だから水をかけたがるものです」と述べる。しかし、「実際には、ほとんど効果はありません」。

スティーブンソン署長は、火が燃え尽きるのを待つ消防隊員の姿が、周囲の人々にどのように映るかを懸念している。「厄介な状況になるでしょう。一般市民の目には、私たちがただ道路脇で炎を見つめているだけのように映り、それが消防隊に対する不信感につながるかもしれません」。しかし同時に、「電池の火を直接消火する手段がない」という現実も認めている。

今のところ、ダーラムの訓練は、EV火災に対して消防隊員がとれる選択肢に焦点を当てている。シンプルながら重要なのは、防火ブランケットで車を覆い、燃え尽きるまで炎が広がるのを防ぐことである。ダーラムの訓練を受ける前だったが、昨年秋にテスラ車が燃えている現場に出動した際、マクゴールドリック消防長ら消防隊員の実践した行動はまさにそれだった。トラック輸送会社がフォークリフトを使って燃えている車をヤードの隔離された場所に移動させた後、消防隊員たちは防火ブランケットで車を覆った。その後数日間、車は何度も再発火したが、「延焼は防げました」とマクゴールドリック消防長は言う。「私たちは車を空き地の真ん中に置いて、あとはただ燃え尽きるのを見守るしかありませんでした」。

ダーラムによれば、これは消防隊員らが実践すべき重要な文化的変革である。また、EV火災の現場に到着した瞬間から、個人用防護具(PPE)の着用に細心の注意を払うことも重要だという。EV火災とガソリン車火災の毒性を比較するための情報はまだ不足しているが、消防隊員はEV火災の現場で高レベルの二酸化炭素、一酸化炭素、重金属を吸い込むリスクがあるとダーラムは警告している。

ダーラムは、概してEVそのものに反対しているわけではないが、安全に扱うためには意識改革が必要だと考えている。EV電池が発火した場合、「その電池が車から取り外され、破砕され、完全にリサイクルされるまでは、常に危険であり続けます」とダーラムは言う。


筆者のマヤ・L・カプールは受賞歴のあるフリージャーナリスト。気候変動、生物多様性、環境正義についての記事を執筆している。