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「IVFの父」米大統領、支援凍結で妊婦8000人が危機に
Aïda Amer/MIT Technology Review | Photos Adobe
8,000 pregnant women may die in just 90 days because of US aid cuts

「IVFの父」米大統領、支援凍結で妊婦8000人が危機に

米国内での体外受精(IVF)を推進するトランプ新政権の対外支援90日間凍結によって、世界中の妊婦が生命の危機にさらされている。 by Jessica Hamzelou2025.03.06

この記事の3つのポイント
  1. トランプ政権の対外援助凍結により多数の妊婦が死亡する可能性
  2. トランプ政権はグローバル・ギャグ・ルールを復活させ中絶関連の活動を制限
  3. トランプ政権は生殖医療の一部を拡大する一方で生殖の自由を制限している
summarized by Claude 3

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

ドナルド・トランプが第47代合衆国大統領に就任して1カ月が経過した。それにしても、なんという1カ月だったのだろう。トランプ政権は発足直後から、大量の大統領令、覚書、連邦政府職員への通告を発令している。

トランプ大統領は2月18日、米国内で体外受精(IVF)をより利用しやすくするための大統領令に署名した。ある意味では、これは驚くことではない。トランプ大統領はこれまでもIVFを支持する姿勢を示しており、昨年の選挙戦では自身を「IVFの父」とまで呼んでいた。

IVFをより安価で使いやすいものにすれば、家族計画、ひいては広く生殖の自由に関して、国民により多くの選択肢を提供できる。しかし、この政策の前に、新政権は世界中の人々の生殖医療に大打撃を与える数々の決定を下してきた。1月20日、就任初日にトランプ大統領は「米国の対外開発援助を90日間停止する」と命じ、その間に援助内容を再評価するとした。そして1月24日までに、国務省が「業務停止」の覚書を発行し、米国の資金による国際援助プログラムはすべて凍結された。

最新の推定によれば、資金が戻らなければ、今後90日間で妊娠や分娩に関連した合併症により8000人以上の妊婦が死亡する可能性がある。

さらに1月24日、トランプ大統領は「グローバル・ギャグ・ルール(Global Gag Rule)」、通称「メキシコシティ政策(Mexico City Policy)」を復活させた。この政策は、米国の保健援助を受ける非政府組織(NGO)に対し、中絶に関する相談を受け付けず、中絶処置を提供しないことを義務づけるものだ。この決定により、多くの団体が一瞬にして活動資金を失った。36カ国で生殖医療を支援する「MSIリプロダクティブ・チョイシズ(MSI Reproductive Choices)」は、この決定により1400万ドルの資金を失ったと、同団体の寄付プログラム担当責任者であるアンナ・マッケイ専務理事は語る。「この資金があれば、200万人以上の女性や少女に避妊法を提供できたはずです」と彼女は言う。

米国際開発庁(USAID:United States Agency for International Development)は、2025年に対外援助の予算として428億ドルを確保している。公衆衛生に関する人道支援から、男女同権や経済成長を推進するプログラムまで、全世界のありとあらゆる活動に向けた資金だ。だが、「業務停止」の覚書により、90日間は資金援助が凍結された。

その影響は即座に表れ、今もなお波紋を広げ続けている。臨床試験は中断され、雇用が失われ、保健プログラムが停止された。

「これは国際保健協力の枠組みに壊滅的な影響を与えるでしょう」と、コロンビア大学メイルマン公衆衛生大学院のトアイ・ゴ教授は語る。「USAIDはグローバル・ヘルス(国際保健)の主要な資金提供者です。(中略)代わりとなる政府機関は存在しないでしょう」。

影響を受けた政府や保健団体が人員や金銭などの資源の再配分を迫られる中で、生殖医療は割りを食うだろうと、ゴ教授は予想する。「危機の際には(中略)概して女性や少女たちへの保健サービスや社会福祉サービスの提供は優先度を下げられてしまうのです」。

避妊法に関する情報がなくなり、入手できなくなれば、結果として意図しない妊娠が起こる。これにより、妊娠した人々の自由が制限されるかもしれない。長期的に見て、経済的損失が生じる恐れもある。避妊の選択肢が広がることで、教育水準が改善され、職業的な成功につながる可能性があるからだ。

公衆衛生への損失は破滅的なものになるかもしれない。意図しない妊娠は中絶に終わる可能性が高く、しかも危険な方法で中絶してしまうことも少なくない。人員、金銭、情報などの資源が不足している地域では、母体の死亡率が高い。2020年のデータでは、世界中で2分に1人のペースで妊婦が死亡していた

「ここ数週間の資金凍結が、どれほど壊滅的な影響を及ぼしているか、いくら強調しても足りません」。世界の性と生殖の健康と権利を専門とする研究・政策提言団体「ガットマッハー研究所(Guttmacher Institute)」の連邦政策担当責任者であるエイミー・フリードリヒ=カルニクは語る。「資金が凍結されている間、毎日13万人の女性が避妊処置を受けられなくなっています」。

ガットマッハー研究所の推定によると、USAIDの援助凍結が90日まるまる続くと、避妊処置を受けられなくなる女性や少女たちは約1170万人にのぼり、うち420万人ほどが意図しない妊娠をすることになる。その結果、「妊娠中や分娩時の合併症により、8340人が死亡するでしょう」。フリードリヒ=カルニクは警告する。

「女性や少女たちから避妊手段を奪うことは、単に彼女たちの身体の自己決定権を否定するだけでなく、文字通り命を危険にさらしているのです。このままでは、さらに何千人もの女性が命を落とすでしょう」。

「USAIDはこうした命を救うプログラムの支援で、中心的な役割を果たしています」と、ゴ教授は言う。「先行きは暗いと言わざるを得ません」。

避妊法に関するオンライン情報も、援助凍結の影響を受けている。ボストンに本社を置くデジタルヘルス企業ニヴィ(Nivi)は、健康に関する情報を提供するチャットボットを開発し、ワッツアップ(WhatsApp)を通じて発信している。この会社で最高業務責任者(CBO)を務めるベン・ベローズは「これまでに200万人のユーザーがチャットボットを利用してます」と説明する。

同社は、避妊法と家族計画に関する情報をインドの女性に届けるプロジェクトに取りかかっており、チャットボットにAIを導入することを検討していた。しかし、このプロジェクトに資金を出してきた企業が、USAIDの援助を受けていた。資金と同じように、業務も「凍結」されたと、ベローズCBOは言う。

「(採用を)控え、技術開発の一部も(USAIDの援助)凍結のためにペースを落としました。個人にとっても、この種の市場で事業を展開する企業にとっても、公衆衛生にも残念な結果です」。

生殖医療と生殖の自由は、トランプ政権による連邦政府機関の人員削減の影響も受ける可能性がある。米国立衛生研究所(NIH)や米疾病予防管理センター(CDC)は新政権の標的となっており、米国食品医薬局(FDA)も例外ではない。

FDAは米国内の医薬品や医療機器の規制を担っており、避妊法も対象に含まれる。CDCは性的・生殖的健康に関する重要なデータを収集し共有している。NIHは生殖的健康と避妊に関するきわめて重要な研究を支援している。

CDCはまた、エチオピアなどの低所得国における保健プログラムにも資金を援助している。トランプ大統領の大統領令を受けて、米保健福祉省は5000人以上の保健医療従事者との雇用契約を打ち切った。給与がCDCやUSAIDの援助から出ていたためだ。

「彼らは地域の保健所で働く助産師や看護師の人々です」と、マッケイ専務理事は語る。「こうした職員を支援し、性的・生殖的健康に関する研修を開催し、避妊薬や避妊具の在庫の確保を手伝おうと、私たちは保健所を訪れるのですが、施設にはもう誰もいないのです」。

トランプ政権がIVFをより利用しやすいものにしてくれるなら、それは良いニュースだろう。だが、マッケイ専務理事が指摘する通り、「政権は生殖の選択肢のうちのただ1つだけを拡張」しているのだ。

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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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