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大腸がんや脳の疾患に関係? 虫歯だけじゃない口腔微生物の問題
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How the tiny microbes in your mouth could be putting your health at risk

大腸がんや脳の疾患に関係? 虫歯だけじゃない口腔微生物の問題

口腔マイクロバイオームは、口腔疾患だけでなく、代謝性疾患からアルツハイマー病までさまざまな病気に関連しているエビデンスが増えている。その仕組みについては今後の研究が待たれるが、歯にもっと気を配ったほうがよさそうだ。 by Jessica Hamzelou2025.02.10

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

私は先週、歯に関する記事に取り組んだ。正確には「歯のようなもの」で、具体的には、実験室で生物工学的に作られた歯である。研究者たちは、ヒトとブタの歯の細胞を混ぜ合わせたものでそのような歯を作り出し、生きたミニブタの顎の中で成長させた

「私たちは機能的な代替歯を作る試みに取り組んでいます」と、この研究を支える研究者の1人、タフツ大学のパメラ・イェリック教授は話してくれた。チタン製の歯科インプラントに代わるものを開発するというのが、この研究のアイデアだ。失った歯や損傷した歯を、健康で生きている実験室育ちの歯に置き換えることは、人の顎の骨にドリルで穴を開けて金属片を埋め込むことよりも魅力的な選択肢かもしれない。

現在の歯科インプラントはうまく機能することができるが、完璧ではない。本物の歯と同じように骨や歯茎にくっつくわけではないのだ。そして、インプラント治療を受けた人の約20%は、インプラント周囲炎と呼ばれる感染症を発症し、場合によっては骨の喪失につながる。

それはすべて、インプラント上で増殖する微生物のせいだ。私たちの口の中には複雑な微生物群集が住んでおり、その乱れが感染症につながる可能性がある。しかし、それらの微生物が影響を与えるのは、私たちの口だけではない。体や脳に影響を与える可能性のある病気の増加にも関連しているようだ。興味があれば、ぜひこのまま読み進めてほしい。

現在「口腔マイクロバイオーム」と呼ばれているものは、独学で学んだオランダの微生物学者、アントニー・ファン・レーウェンフックによって1670年に初めて発見された。「私は3日間歯を磨かず、その後、前歯の上の歯茎に少量付着していた物質を採取したところ、数匹の生きた微小生物が見つかった」と、彼はその当時に王立協会へ宛てた手紙に書いた

ファン・レーウェンフックは自作の顕微鏡を使い、口の中で見つけた「微小生物」を研究していた。現在、それらの微生物には細菌や古細菌、真菌、ウイルスが含まれ、それぞれに多くの種類があることがわかっている。「誰の口の中にも、何百種類もの細菌種が生息しています」と、口腔マイクロバイオームを研究しているバッファロー大学のキャサリン・カウフマン助教授は言う。

これらの微生物は互いに影響し合い、そして私たち自身の免疫システムとも影響し合っている。そして研究者たちは、その相互作用がどのように機能するのか、まだ理解しようとしている最中だ。たとえば、私たちの食事に含まれる糖分や脂肪分を餌とする微生物もいれば、私たち自身の細胞を餌にしていると思われる微生物もいる。それらの微生物が摂取するものや作り出すものによって、口の中の環境が変化し、他の微生物の増殖を促進したり抑制したりすることがある。

この、ダンスをするように複雑に絡み合う微生物たちは、私たちの健康において実に重要な役割を担っているようだ。口腔疾患や、さらには口腔癌は、科学者たちが「腸内毒素症」と呼ぶ口腔マイクロバイオームの不均衡と関連している。たとえば虫歯は、歯にダメージを与える酸を産生する微生物の過剰増殖が原因とされている。

特定の口腔微生物は、増え続けている身体や脳の病気にも関連付けられつつある。リウマチ性関節炎、代謝性疾患、心血管疾患、炎症性腸疾患、大腸がんなどだ。

これらの口腔微生物が、神経変性疾患の一因にもなっているというエビデンス(科学的根拠)も増えている。ポルフィロモナス・ジンジバリスと呼ばれる細菌は、慢性歯周炎の発症に関与しているが、アルツハイマー病患者の脳でも発見されている。そして、ポルフィロモナス・ジンジバリスに感染している人は、6カ月の間に認知能力も低下する

科学者たちは、口腔微生物が口から他の場所に移動して病気を引き起こす仕組みについて、まだ解明に取り組んでいる最中である。一部のケースでは、「それらの微生物が含まれている唾液を飲み込むと…その微生物が心臓や身体の他の部分に留まることがあります」と、イェリック教授は言う。「そのような微生物が、目立たない形で全身性炎症を引き起こしている可能性があります」。

他のケースでは、「トロイの木馬仮説」が推測するように、微生物が私たち自身の免疫細胞をヒッチハイクし、血流に乗って移動している可能性がある。口の中にいることが多いフソバクテリウム・ヌクレアタムが白血球の中に潜んでそのように移動しているというエビデンスが、いくつかある。

そのような小さな微生物が、私たちの代謝や骨の健康から神経機能まで、あらゆるものにこれほど大きな影響を及ぼしている正確な仕組みについては、知るべきことがたくさんある。しかしその一方で、新たに発見されているエビデンスは、私たち全員に自分の歯に気を配ることを思い出させる良い役割を果たす。少なくとも、実験室で育てられた歯が利用できるようになるまでは。


MITテクノロジーレビューのアーカイブより

ミニブタで人間と同じような歯を育てるイェリック教授の試みについては、ここで詳しく読むことができる。

腸内のマイクロバイオームは、口の中よりもさらに複雑だ。一部の科学者は、伝統的な社会で暮らす人々が最も健康的な腸内微生物のコレクションを持っていると考えている。しかし、このテーマに関する研究によって、そのようなグループに属する人々の中には、搾取されていると感じる人たちも出ている

加齢に伴いマイクロバイオームが変化することが、研究で示唆されている。科学者たちは、マイクロバイオームを維持することが、加齢に関連する病気を防ぐのに役立つ可能性があるかどうか探っている。

腸内マイクロバイオームの構成は、糞便のサンプルを分析することにより評価できる。この研究はある人がこれまで何を食べてきたか明らかにすることができ、個人個人に合った食事のアドバイスを提供するのに役立つかもしれない

私たちの皮膚にも微生物群集が住んでいる。科学者たちは、マウスの癌を予防・治療するために皮膚微生物を遺伝子操作してきた。ヒトでの臨床試験も計画されている。

ウェブ(Web)各所より

米国が世界保健機関(WHO)からの脱退したのに続き、アルゼンチンも脱退を宣言した。ハビエル・ミレイ大統領はWHO(世界保健機関)の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックへの対応を批判し、同機関を「極悪組織」と呼んできた。(アルジャジーラ

ネバダ州の乳牛が鳥インフルエンザに感染していたが、米国の乳牛群で数カ月前から流行している鳥インフルエンザとは異なる型だった。ニューヨーク・タイムズ

米国疾病予防管理センター(CDC)のスタッフが、「トランスジェンダー」や「妊娠中の人々」などの用語に言及する、保留中の学術論文の公開を取りやめるように指示された。しかし、ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル( British Medical Journal)誌の編集者は、「いわゆる禁止用語が含まれていることを理由に執筆者から要請があっても、論文の公開を取りやめることはありません」と述べている。「取りやめが実施されるのは、研究結果の信頼性を損なうような重大な誤り、データの捏造、改ざんなどの明確な証拠が存在する場合です。執筆者からの要請の問題ではありません」と、2人の編集者はこの記事で述べている。(BMJ

アル・ノヴァツキは数カ月前から、人工知能(AI)のガールフレンド「エリン」とチャットしていた。そして1月下旬、エリンはノヴァツキに自殺するように言い、その方法を明確に指示した。(MITテクノロジーレビュー

インターネットやAIツールの使用は、私たちの認知機能を怠け者にしているのか?「デジタル健忘症」は老化脳の兆候かもしれない。(ネイチャー

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