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研究室で「育てる」新しい歯、ブタの細胞から人工歯の再生に成功
Photo Illustration by Sarah Rogers/MITTR | Photos Getty
Humanlike “teeth” have been grown in mini pigs

研究室で「育てる」新しい歯、ブタの細胞から人工歯の再生に成功

現在、歯を失ったら、入れ歯やインプラントなどの人工物で補うしかないが、将来は歯の細胞を培養して新しい歯を再生させることができるようになるかもしれない。そのような未来を予感させる研究成果が発表された。 by Jessica Hamzelou2025.02.07

この記事の3つのポイント
  1. ブタとヒトの歯の細胞を混ぜて培養し本物の歯に似た構造物の作製に成功した
  2. この構造物はインプラントにはない自然な歯の主要な特性を持っている
  3. 将来的に機能的な生物学的代替歯の移植が可能になると研究者は考えている
summarized by Claude 3

永久歯を失った場合、現在の選択肢はチタン製のインプラントやプラスチック製の義歯に限られている。しかし、研究者たちは新たな選択肢に取り組んでいる。それは、実験室で培養したヒトの歯であり、将来的には損傷した歯の代わりになる可能性がある。

ボストンにあるタフツ大学歯学部のパメラ・イェリック教授とウェイボー・チャン助教授は、ブタの歯の断片を用いて、ブタとヒトの歯の細胞を混ぜ合わせたものを培養し、本物のヒトの歯に似た生体工学的構造物を作り出した。

「(イェリック教授は)基礎研究を応用して歯を成長させました」と、オレゴン健康科学大学の歯科研究者であるクリスティアン・ミランダ・フランサ助教授は言う。「それは驚くべき成果です」。なお、フランサ助教授はこの研究には関与していない。

健康な歯の中心には歯髄があり、そこには神経や血管が含まれている。歯髄は、象牙質、セメント質、エナメル質と呼ばれる硬い組織の層に覆われている。これらの層は非常に頑丈で、特にエナメル質は人体で最も硬い組織とされる。しかし、細菌によって侵食されることがあり、虫歯が発生する。虫歯が歯髄に達すると、激しい痛みを伴うことがある。

歯科医は、虫歯になった部分を削り取り、詰め物で補うことができる。詰め物の耐用年数は最大15年ほどだが、その後は交換が必要となり、交換のたびに歯をさらに削ることになる。「最終的には、ほぼ確実にその歯を失うことになります」と、フランサ助教授は言う。

現在、歯を失った場合、多くの人がインプラントを選択する。一般的なインプラントは、顎の骨に固定するチタン製のネジ(人工歯根)の上に、歯のような陶器製のクラウンを装着するものだ。見た目は歯に似ており、食べ物を噛むこともできるが、本物の歯とは大きく異なる。

イェリック教授によると、インプラントが既存の歯と完全に整合していない場合、噛む際に顎骨に不均等な力がかかり、インプラントを支える骨が損傷する可能性がある。また、インプラントには細菌が付着しやすく、感染症(インプラント周囲炎)を引き起こすことがあり、最悪の場合、骨を失う原因となる。

「インプラントの交換は非常に困難です。長年にわたって骨が吸収されてしまっているため、まずその骨を再建する必要があるからです」と、イェリック教授は説明する。ここ数十年、イェリック教授は本物の歯から採取した細胞を研究室で培養し、本物の歯に近い代替歯を作ることに取り組んできた。「私たちは、機能的な代替歯の開発を目指しています」。

イェリック教授は研究のために、食肉処理場から入手したブタの顎の細胞を使用している。ブタは一生のうちに何度も歯が生え変わるため、その顎骨には、まだ歯茎から出ていない未発達の歯の細胞が含まれている。イェリック教授とチャン助教授は、それらの細胞を慎重に培養し、「数千万個」の細胞にまで増殖させた。

これまでの実験で、イェリック教授の研究チームは、これらの細胞を「足場」(歯の形をした生分解性の構造物)に植え付け、それをラットに移植した。ラットの顎は小さいため、研究チームは足場を動物の腹部の皮膚の下に挿入した。「ラットはまったく気にしていないようです」と、イェリック教授は言う。

研究チームは、足場が生体内に入ると、植え付けた細胞が組織化し、歯のような構造体を形成し始めることを発見した。「小さいですが、その形態は自然に形成される歯とまったく同じでした」と、イェリック教授は述べる。

それ以来、イェリック教授とそのチームは、研究室でヒトの歯を培養することに取り組んできた。最新の研究では、寄付されたヒトの歯の細胞を使用した。また、より「自然な」足場を作るため、研究チームはミニブタの歯から細胞を取り除いた。

次に、イェリック教授は以前の方法を応用し、ブタの歯の断片から作った足場の中で、ブタとヒトの歯の細胞を混ぜて培養した。培養皿で数週間成長させた後、その歯の断片を6匹のミニブタの顎に移植した。

2カ月後、研究チームは移植した歯の状態を確認するために取り出した。すると、それらは健康な成人の永久歯と同じように成長し始めており、セメント質や象牙質といった硬い層まで形成されていた。「とても歯らしい構造になっています」と、イェリック教授は言う。この研究成果は、昨年12月に学術誌『ステム・セルズ・トランスレーショナル・メディシン(Stem Cells Translational Medicine)』に掲載されている。

「(このように)生体工学によって作られた歯は、チタン製インプラントにはない、自然な歯の主要な特性を持っています」と、フランサ助教授は述べる。

実験室で培養した機能的な生きた歯が、歯茎や顎と一体化できるようになれば、歯科治療における大きな前進となる。今回の発見は、その実現に向けた重要な一歩だと、フランサ助教授は評価する。「(イェリック教授とチャン助教授は)自然界が歯を作るために細胞をプログラムする仕組みを解読し始めています」と、彼女は言う。「本当に驚くべきことです」。

「まだ完全に形成された美しい歯ではありません」と、イェリック教授は認める。「しかし、私たちは楽観的です。いつか、歯の置き換えを必要とする人々に移植できる、機能的な生物学的代替歯を作れるようになると信じています」。

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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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