この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
ドナルド・トランプ大統領が正式に就任してからまだ2週間だが、新政権は矢継ぎ早に大統領令を発令している。
その一部は、気候変動や気候テックに大きな影響を与える可能性がある。例えば、トランプ大統領が最初に署名した大統領令のひとつは、気候変動問題に関する国際的な枠組みである「パリ協定」からの離脱の意向を示したものだ。
パリ協定からの離脱への道筋は明確だが、大統領令の影響がすべて明らかになっているわけではない。どこまでが対象となるのか、どの措置が覆される可能性があるのか、そして大まかに次に何が起こるのかについて、さまざまな憶測が飛び交っている。以下で、そのような議論の中で重要なものを一部紹介する。
全米各州は電気自動車に関する独自規制を定めることができるのか?
トランプ大統領が電気自動車(EV)のファンではないことは明らかだ。大統領就任初日に出された大統領令のひとつは、「電気自動車(EV)義務化 」の廃止を約束するものだった。
バイデン政権下の米国政府は、実際にはEVを義務化することはなかった。トランプ大統領は、ドライバーがEVを購入する際の補助金や、公共充電器の建設を支援する補助金など、国家的な支援プログラムを廃止しようとしている。しかし、これはほんの始まりに過ぎない。なぜなら、この大統領令はEVに関して独自規制を定めている州も狙っているからだ。
米環境保護庁(EPA)は、自動車排出ガス基準を通してEVに関する規制をいくつか定めているが昨年、カリフォルニア州を対象に連邦規制の適用を免除し、同州がより厳しい規制を定めることを認めた。同州は現在、2035年までに同州で販売されるすべての自動車をゼロエミッション車にすることを義務付けている。その後すぐに十数州がこれに追随し、今後10年以内にゼロエミッション車に移行するという目標を掲げた。この規制は、EVの需要がすぐに、しかも大量に発生するという自動車メーカーへの知らせとなった。
トランプ大統領は、連邦規制の適用免除と、カリフォルニア州がEVに関する独自の目標を設定する権利を狙っているようだ。おそらくこの件をめぐって法廷闘争が繰り広げられるだろうが、専門家でもどのように決着するか分からないという。
風力発電プロジェクトはどうなるのか?
風力エネルギーは、トランプ大統領が選挙運動中、そして大統領就任後最初の数日間に最も明確な標的としていたもののひとつだった。ある覚書で、新政権はすべての洋上および陸上風力発電プロジェクトに対する連邦政府の許可、貸与、融資を一時停止する意向を示した。
この影響が及ぶのは、連邦政府が所有する土地や海域でのプロジェクトだけではない。通常、ほぼすべての風力発電プロジェクトは、連邦政府の許可を必要とするため、広範囲に影響が及ぶ可能性がある。
この大統領令が一時的なものであったり、法廷で認められなかったりしたとしても、すでに不安定な状況にあるこの分野への投資を冷え込ませるには十分かもしれない。昨年私が報じたように、米国ではすでにコスト高騰とスケジュールの遅れによって洋上風力発電プロジェクトは軌道から外れていた。記事の掲載以来、投資は減少している。政治的反発が強まっている現在、事態はさらに不安定になる可能性がある。
大きな疑問のひとつは、これによって既存のプロジェクト、例えばバイデン政権が退陣前に承認したアイダホ州の「ラヴァ・リッジ風力発電プロジェクト」などが、どれだけ遅れるかということだ。ある情報筋がワシントンポスト紙に語ったところによると、新政権はすでに交付された貸与や許可の取り消しを試みようとするかもしれないが、「そうするには権限が不十分かもしれない」とのことだ。
資金は?
トランプ政権はインフレ抑制法(IRA)と超党派インフラ法に基づいて合法的に確保されている資金の分配を一時停止するよう求める大統領令も発表した。これには、気候変動研究やインフラ整備のための数千億ドルも含まれている。
先週、ホワイトハウスが出した覚書で、連邦政府からの補助金や融資の大部分を一時停止する方針が示された。これは気候変動対策への支出にとどまらず、メディケイド(低所得者を対象とした医療扶助制度)のようなプログラムにも影響する可能性がある。この件が最初に報じられて以来、混乱が続いている。具体的にどんなことが影響を受けるのか、一時停止はいつまで続くのかについて、一致した意見はないようだ。1月28日夕方の時点で、連邦裁判所はこの命令を差し止める判断を下した。
いずれにせよ、連邦政府の支出を保留、減速、停止させようとするこうした動きは、今後大きな争点となるだろう。気候テックへの影響については、新政権が議会ですでに割り当てられた予算をどこまで阻止できるのか、また阻止するつもりかが最大の問題だと思われる。政治的な影響が出る可能性もある。インフレ抑制法の資金の大半は、共和党寄りの州に流れている。
11月の大統領選挙投票日直後に書いたように、トランプ大統領の復帰は、米国の気候政策の急転換を意味し、私たちはそれが急速に進んでいるのを目にしている。
MITテクノロジーレビューの関連記事
EVは今年、ほぼ堅調な成長を遂げるだろうが、本誌のジェームス・テンプル編集者が最近の記事で取り上げたように、米国での今後の展開はまだ分からない。
インフレ抑制法では、気候変動対策に数千億ドルの予算を確保した。2年経った現在、この法制度がどのような変化をもたらしたかを紹介しよう。
ディープシークの衝撃
中国のスタートアップ企業ディープシーク(DeepSeek)が人工知能(AI)分野に殴り込みをかけた。同社は「DeepSeek-R1」と呼ぶ新しい大規模言語モデルを発表した。このモデルはオープンAI(OpenAI)の「ChatGPT(チャットGPT)」で利用できる大規模言語モデル「o1」の性能を上回ると同社は主張している。このモデルは驚くほど効率が高いとされ、AI革命を推進するためには膨大な計算資源と電力が必要だという考えを覆すものだ。
詳しくは、本誌のチェン・ツァイウェイ記者による同社とそのモデルに関する記事と、 ジェームス・オドネル記者によるAI産業と各社によるエネルギーに関する主張の意味を考察した記事をご覧いただきたい。
気候変動関連の最近の話題
- クリーン・エネルギーの急増により、中国の二酸化炭素排出量は2024年に前年並みに落ち着いた。これで同国の排出量がピークに達し、減少に転じるかどうかは、クリーン・エネルギー供給量増加とエネルギー需要の増加の、どちらが大きくなるかによるだろう。(カーボン・ブリーフ)
- ちょっとした朗報だ。ヒートポンプの人気が上昇を続けている。米国では昨年、ヒートポンプの売上高がガス暖房器具の売上高をかつてないほどの大差で上回った。(カナリー・メディア)
→ ヒートポンプとその仕組みについて知っておくべきことをすべてまとめた記事。(MITテクノロジーレビュー) - ケンタッキー州の山の上にある古い採鉱場に、洪水から避難してきた人々がとどまっている。数十年前、この採鉱場は安価な資源の採掘源だったが、地域の生態系を荒廃させた。今、人々はそこに移り住んでいる。(ニューヨーク・タイムズ)
- オーストラリアのある企業が、AIを使った重要鉱物の探鉱事業のために2000万ドルを調達した。その企業の名はアースAI(Earth AI)といい、すでにかなりの規模のパラジウム、金、モリブデンの鉱床を発見している。(ヒートマップ・ニュース)
- 一部の研究は、主要な海流システムが減速していると示唆しているが、この件において、「まだ」パニックになる必要はないと主張する新たな研究結果が発表された。この研究では、「大西洋南北熱塩循環(AMOC:Atlantic Meridional Overturning Circulation)」が過去60年間、長期的な弱体化の傾向を示していないことが分かった。(ワシントン・ポスト)
→ 海流を観測・理解する試みが進むに連れ、海流がかつて考えられていたよりも得体の知れない、予測不可能なものであることが分かってきた。(MITテクノロジーレビュー) - 浮体式太陽光発電パネルは、米国で主要なエネルギー源となる可能性がある。新たな報告書によると、連邦政府が所有する貯水池に、合計1500テラワット時近くの電力を発電する浮体式太陽光パネルを設置できる可能性があるという。これは毎年1億世帯に電力を供給するのに十分な量である。(カナリー・メディア)
- ロサンゼルスの山火事の原因はまだ謎に包まれているが、AIがその手がかりを探っている。火災の原因をより深く理解することが、将来の山火事を食い止めるための重要な鍵となるかもしれない。(グリスト)