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スターゲートは過剰投資か? ディプシーク・ショックで広がる波紋
Andrew Harnik/Getty Images
AI's energy obsession gets a reality check

スターゲートは過剰投資か? ディプシーク・ショックで広がる波紋

中国のスタートアップ企業ディープシークが発表した大規模言語モデル「DeepSeek-R1」が、米国のAI業界に衝撃を与えた。ソフトバンクらが主導する5000億ドル規模のAIデータセンター投資計画の必要性が、改めて問われている。 by James O'Donnell2025.01.31

この記事の3つのポイント
  1. 5000億ドルを投じて米国にAIデータセンターを設立する計画が始動
  2. ほぼ同タイミングで中国のスタートアップが高性能なLLMを公開
  3. 米国のAI戦略に疑問、一部の大手テック企業にとって深刻な脅威となる可能性
summarized by Claude 3

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

トランプ新政権が発足してわずか1週間だが、AI分野ではすでに知恵比べが始まっている。この対立は、2つの重要なニュースをきっかけに勃発した。1つは、「スターゲート(Stargate)」プロジェクトの発表で、これはアポロ計画を超える5000億ドルを投じて新たなAIデータセンターを設立するというものだ。もう1つは、中国から高性能な大規模言語モデルが公開されたことだ。この2つのニュースは、環境負荷の大きいデータセンターの増設競争が本当に必要なのかという、AI業界が直面する重要な問題を浮き彫りにしている。

1つ目のニュースについて改めて説明しよう。オープンAI(OpenAI)、オラクル(Oracle)、ソフトバンク、およびアブダビを拠点とする投資ファンドMGXは、より高度なAIを開発するために、最大5000億ドルを投じて米国各地に巨大なデータセンターを建設する計画を進めている。このプロジェクトの準備は2024年にすでに進められていた。この年、オープンAIはロビー活動への支出を7倍に増やし(これは先日報じた)、AI企業はディープフェイクや偽情報の問題を制御する政策よりも、データセンターの運用に必要な電力の確保を優先する政策を強く求めるようになった。

それでもトランプ大統領は、就任2日目にこの計画を発表した際、テック業界の経営者たちから称賛を受けた。「これは現代において最も重要なプロジェクトになるでしょう」と、オープンAIのCEOであるサム・アルトマンは発表イベントで述べ、「大統領閣下なしには、これは実現できなかったでしょう」と付け加えた。

このプロジェクトには驚くべき金額が費やされる。その規模は、インフレ調整後の額で見ると、米国の高速道路網を30年以上かけて建設した費用とほぼ同等だ。しかし、スターゲートがもたらす公益については意見が分かれている。環境保護団体は、このプロジェクトが地域の送電網に負担をかけ、電気料金をさらに押し上げる可能性があると指摘している。その影響を受けるのは、AIモデルの訓練や展開に膨大なエネルギーを必要としない一般市民である。さらに、これまでの研究によると、データセンターが建設される地域は、全国平均と比べて石炭などの高炭素排出エネルギー源への依存度がはるかに高い傾向がある。スターゲートが再生可能エネルギーをどの程度活用するのかは、依然として不透明だ。

スターゲートを激しく批判する人物として、イーロン・マスクがいる。マスクの所有する企業はこのプロジェクトに関与していない。そのためか、彼はオープンAIとソフトバンクが本当に必要な資金を確保できるのか疑問を投げかけ、世論に不信感を植え付けようとしている。この主張に対し、アルトマンはXで反論した。また、ポリティコ(Politico)によれば、マスクが公然とトランプ大統領の計画を批判したことは、トランプ周辺の関係者の不興を買ったという。ただし、彼らが直接マスクに不満を伝えたかどうかは不明である。

トランプ新大統領の就任当日、中国のスタートアップ企業が大規模言語モデルを公開した。このニュースを受けて、シリコンバレーの多くの有力者たちは競争の激化に対する懸念を強めた(この絶妙なタイミングが偶然とは考えにくい)。

このモデル「DeepSeek-R1」は、推論(reasoning)に特化したモデルである。この種のモデルは、数学的計算、論理思考、パターン認識、意思決定において高い能力を発揮するよう設計されている。R1を開発した中国のスタートアップ企業ディープシーク(DeepSeek)は、オープンAIの推論モデル「o1」と同等の問題解決能力を持ちながら、より効率的に動作することを証明した。さらに、DeepSeekはオープンAIのo1のような秘密厳守の極秘プロジェクトではなく、誰でもアクセスできるオープンな形で公開されている。

DeepSeek-R1は、米国がAI競争で中国を打ち負かすことを最優先課題としている最中に公開された。米国のこの目標は、2022年に制定された半導体・科学法(CHIPS法)を推進する原動力となり、オープンAIをはじめとするテック企業の戦略にも影響を与えた。例えば、オープンAIは国家安全保障関連の業務へのモデル提供を受け入れ、防衛テック企業アンドゥリル(Anduril)と提携し、軍のドローン迎撃を支援している。また、米国政府は中国向けの半導体輸出規制を強化し、エヌビディア(Nvidia)が販売できるチップの種類を制限している。

ディープシークの成功は、こうした米国の取り組みがAI業界の経営者たちの期待ほどには効果を上げていない可能性を示している。ただし、半導体の輸出規制の影響が顕在化するには数年を要するため、R1のようなモデルの開発を阻止する効果がこの政策に期待されていたわけではないことも留意すべきだろう。

それでも、R1は一部の大手テック企業にとって深刻な脅威となる。無料でR1が利用できるのであれば、高額なオープンAIのモデルを使う理由はあるのだろうか? ジ・インフォメーション(The Information)によると、オープンソースの大規模言語モデルを開発する企業の間でも、特にメタ(Meta)はこの新たな競争相手の登場に危機感を抱いているという。メタは、ディープシークがどのようにしてこれほど高い効率を達成したのかを分析するために、複数の「作戦司令室」を設置した。スターゲートの発表から数日後、メタは設備投資を70%増額し、AIインフラの拡充を進めると発表した。

これらの出来事は、スターゲート・プロジェクトにどのような影響を与えるのか? まず、オープンAIとその提携企業がデータセンターに5000億ドルもの巨額を投じようとしている理由を考えてみよう。彼らは、AIがチャットボットや動画生成にとどまらず、新たなAIエージェントを含め、人類史上最も収益性の高いツールになると確信している。そして、その目標を実現するためには、大規模データセンターに搭載される最先端の半導体へのアクセスが不可欠だと考えている。

しかし、ディープシークはこの戦略に疑問を投げかけた。このモデルは、最先端の未発表チップを使用して訓練されたわけではなく、米国企業の大規模モデルのように膨大な計算資源やエネルギーを必要としなかった。開発者たちは、効率を追求し、賢明な設計判断を下したのだ。

もしディープシークのアプローチが広く採用されれば、スターゲートのようなプロジェクトの必要性が薄れるかもしれない。AI企業がR1の分析を通じて、既存の計算資源をより効率的に活用する手法を学べば、新たなデータセンター建設だけが成功の鍵ではなくなるかもしれない。データセンターが排出する可能性のある大量の温室効果ガス、冷却に使われることで失われる大量の水、地域の電力網への負担といった問題の影響を受ける多くの人々にとって、歓迎すべきことだろう。

現時点では、ディープシークがAI業界のアプローチを大きく変えた兆しは見られない。オープンAIの研究者であるノーム・ブラウンはXでこう述べている。「計算能力がさらに向上すれば、より一層高性能なモデルになることは間違いないと確信しています。」

もしブラウンの論理が正しいとすれば、最も強力な計算能力を持つ企業が最終的に勝者となる。そして、その計算能力を確保することこそが、AI業界の最大手企業にとって5000億ドルもの投資に値する重要な課題なのだろう。しかし、覚えておこう。プロジェクトの開始を発表することは、このプロジェクトの中で一番簡単な部分である。


ロボットの今後の展開、どう動く?

AIはどのように学習するのか、どの程度うまく機能するのか、どこに配備すべきなのか。AIに関する大きな疑問の多くは、今やロボット工学にも当てはまる。これから1年で、倉庫や工場でテストされる人型ロボット、シミュレーションで実現する仮想世界で学習するロボット、そして軍が自律型ドローンや無人潜水艦などの導入台数を急増させるところが見られるようになるだろう。

半導体設計企業エヌビディアで大きな影響力を持つCEO、ジェンセン・ファンは先月、AIにおける次の進歩とは、物理的な世界でAIにある種の「身体」を与えることであると述べた。これは、先端ロボット工学の形で実現されることになるだろう。ロボット工学は、たいてい期限までに実現しない未来的な空手形に満ちているという注意書き付きではあるが、AIの手法とロボットの新たな進歩の融合は、この分野が急速に変化していることを示している。詳しくはこの記事を読んでほしい

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ジェームス・オドネル [James O'Donnell]米国版 AI/ハードウェア担当記者
自律自動車や外科用ロボット、チャットボットなどのテクノロジーがもたらす可能性とリスクについて主に取材。MITテクノロジーレビュー入社以前は、PBSの報道番組『フロントライン(FRONTLINE)』の調査報道担当記者。ワシントンポスト、プロパブリカ(ProPublica)、WNYCなどのメディアにも寄稿・出演している。
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