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公衆衛生にもトランプ・ショック、米WHO脱退の影響は?
Majdi Fathi/NurPhoto via AP
This is what might happen if the US withdraws from the WHO

公衆衛生にもトランプ・ショック、米WHO脱退の影響は?

米国のドナルド・トランプ新大統領はWHO(世界保健機関)からの脱退を表明し、大統領令に署名した。WHOは最大の資金拠出国を失うことになり、世界の公衆衛生に大きく影響しそうだ。 by Jessica Hamzelou2025.01.25

この記事の3つのポイント
  1. トランプ新大統領が米国のWHO脱退を進める大統領令に署名
  2. 拠出金停止でパンデミック協定などWHOの活動への深刻な影響が予測される
  3. 米国は評判を損ない、情報共有の妨げなどの不利益を被ることになるだろう
summarized by Claude 3

1月20日、米国のドナルド・トランプ新大統領は、就任初日に米国を世界保健機関(WHO)から脱退させる大統領令に署名した。文書を受け取った際、大統領は「おぉ、これは重要な決定だな」と口にした

米国はWHOへの最大の出資国であり、同国の脱退による損失は、国際的な健康指針の策定、疾病発生の調査、加盟国間の情報共有のハブとしての役割を担うWHOに大きな影響を与えるだろう。

しかし、米国もまたその影響を受けることになるだろう。「これは非常に悲劇的で残念な出来事であり、長期的には米国にとって不利益をもたらすだけかもしれません」。ジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院の疫学者、ウィリアム・モス教授はこう話す。

少し不公平?

トランプ大統領は、米国がWHOに拠出している金額に異議を唱えているようだ。大統領は、米国は中国の4倍の人口を持つ同国よりもはるかに多くの資金を拠出していると指摘し、「私には少し不公平に思えます」と、大統領令に署名する準備を進めながら語った。

確かに、米国はWHOにとって圧倒的に最大の資金提供国である。2022年から2023年の2年間で、米国は12億8000万ドルを拠出した。比較すると、2番目に多額の資金を拠出しているドイツは、同じ期間に8億5600万ドルを提供している。現在、米国はWHOの総予算の14.5%を負担している。

しかし、WHOが米国に10億ドルの請求書を送っているわけではない。すべての加盟国には分担金の支払いが義務付けられており、その額は各国の国内総生産(GDP)に基づいて算出される。このルールに従えば、米国の分担金は1億3000万ドル、中国は8760万ドルとなっている。米国がWHOに拠出している資金の大半は自主的なものだ。近年、米国政府の数十億ドル規模の国際保健(グローバルヘルス)予算の一環として、WHOへ資金を出している(これとは別に、ビル&メリンダ・ゲイツ財団は2022年から2023年にかけて8億3000万ドルを拠出している)。

米国の脱退による資金不足を補うために、他の加盟国が拠出金を増額する可能性もある。しかし、誰が拠出金を増やすのか、そして拠出金の構造が変化した場合にどのような影響が出るのかは明確ではない。

ロンドン大学衛生熱帯医学大学院で欧州の公衆衛生を研究しているマーティン・マッキー教授は、欧州の加盟国が拠出金を大幅に増やす可能性は低いと考えている。一方、アラブ諸国、中国、インド、ブラジル、南アフリカは、拠出金を増やす可能性が比較的高いと考えられる。しかし、それがどのような結果をもたらすのかは不透明であり、これらの国々が拠出金を増やすことで、国際保健政策の決定により大きな影響力を持つようになるかどうかも不明である。

大きな影響

WHOの資金は、ポリオ撲滅プログラム、衛生上の緊急事態への迅速な対応、ワクチンや医薬品の普及促進、パンデミック予防戦略の開発など、さまざまな国際保健の取り組みに充てられている。米国の資金援助が失われることで、これらのプロジェクトの一部に深刻な影響を及ぼす可能性が高い。

どのプログラムが資金を失うのか、また、それがいつ影響を受けるのかは明らかになっていない。米国は脱退に際して12カ月前に通知することが義務付けられているが、自主的な拠出金はそれ以前に停止される可能性がある。

ここ数年、WHO加盟国は将来のパンデミックに備えた協力体制を強化することを目的にパンデミック協定の交渉を進めてきた。この協定は2025年に最終決定される予定だ。しかし、マッキー教授は、米国の脱退によりこの議論が混乱するだろうと指摘する。「どのような合意がどの程度の効果をもたらすのか、その内容がどうなるのかについて、不透明感が増すでしょう」と述べている。

WHOワクチン諮問委員会のメンバーでもあるモス教授は、米国が協定の署名国とならなければ、その影響力は大幅に低下すると指摘する。米国が署名しない場合、他国が恩恵を受ける情報共有の基準を遵守する義務がなくなり、他の加盟国からの重要な衛生情報を入手できなくなる可能性がある。さらに、国際社会は米国の持つ資源や専門知識を失うことにもなりかねない。「米国のような主要国が参加しないことは、パンデミック対策協定の価値を大きく損なうことになります」とモス教授は述べる。

マッキー教授は、資金援助の打ち切りがポリオ撲滅の取り組みに影響を与えるだけでなく、コンゴ民主共和国、ウガンダ、ブルンジで毎週数百件の感染が報告されているエムポックス(サル痘)の抑制管理にも影響を及ぼすと考えている。「このウイルスは感染拡大の可能性があり、米国も例外ではありません」と指摘する。

モス教授は、ワクチンで予防可能な疾患の流行リスクを懸念している。トランプ大統領が保健福祉省(HHS)の長官に指名したロバート・F・ケネディ・ジュニアは著名な反ワクチン活動家であり、モス教授は米国のワクチン政策が変化する可能性を危惧している。WHOの感染症対策能力の低下と相まって、米国での病気の流行を引き起こす「ダブルパンチ」になりかねないと警鐘を鳴らす。「米国では、はしか(麻疹)の大規模な流行が起こる可能性が高まっています」と述べている。

同時に、米国は新たな公衆衛生上の脅威にも直面している。それは、家禽や酪農場での鳥インフルエンザの流行である。米国疾病予防管理センター(CDC)によると、H5N1ウイルスは全米51州の家禽農場で発生が確認され、16州の928の乳牛群からも検出されている。さらに、米国内で67人の感染者が報告され、1人が死亡している。現時点では、ヒトからヒトへの感染を示す明確な科学的証拠はないが、米国を含む各国はすでに流行の可能性に備え始めている。

しかし、こうした備えが効果を発揮するには、現場で何が起こっているのかを徹底的に、かつ明確に理解することが前提となる。WHOは情報共有において重要な役割を果たしており、各国は感染拡大の初期兆候をWHOに報告し、それをWHOが加盟国間で共有する。この情報は、各国が感染拡大を抑えるための戦略を立てるのに役立つだけでなく、ウイルスの遺伝子配列を共有することでワクチン開発にも貢献する。加盟国は米国で何が起こっているのかを知る必要があり、米国もまた世界の動向を把握する必要がある。「この2つの情報共有の経路は、どちらも妨げられるでしょう」とモス教授は警告する。

これだけでも十分な打撃となるが、米国は世界的な公衆衛生のリーダーとしての評判の面でも損失を被ることになる。「世界に対して『我々は皆さんの健康など気にしていない』というメッセージを発信することは、米国にとって不利な印象を与えるでしょう」とマッキー教授は指摘する。「これは典型的な『双方にとって不利益となる状況』です」とも付け加えた。

「国際保健を損なうことになるでしょう。そしていずれその影響は米国にも跳ね返ってくるのです」。

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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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