水素は「掘る」時代に? 地下水素は地球を救うか
化石燃料に代わるエネルギー源として水素に期待する声は大きい。しかし、水素を生成するコストを考えると経済的な選択とは言えない。ところが、近年の研究で地中に膨大な量の水素が埋蔵されていることが分かった。しかも、化石燃料採掘で培った技術やノウハウを利用して採掘できるという。 by Casey Crownhart2025.01.31
- この記事の3つのポイント
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- 水素は化学産業や環境負荷の少ない燃料として期待されている
- 地下に膨大な量の水素が存在する可能性が分かり、鉱床の探索が進められている
- 水素の採掘には未解決の問題が多いが可能性のある分野である
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
まるで19世紀の話のように聞こえるかもしれないが、現代の最先端エネルギー分野の1つでは、地中深くを掘削し、燃料として利用できる物質を探し求める動きがある。ただし、化石燃料を求めていた19世紀とは異なり、現在の競争は天然の水素鉱床を発見することに向けられている。
水素はすでに化学産業において重要な原料となっている。さらに、航空業界や大洋横断の海運、製鉄業など、多くの分野で環境負荷の少ない燃料として活用できる可能性がある。現在、水素は主に人工的に生産されているが、地下に膨大な埋蔵量が存在する可能性を示す証拠がいくつか見つかっている。
私は最近、地中資源について多く考えさせられた。というのも、新興企業アディス・エナジー(Addis Energy)に関する記事を執筆していたからだ。同社は地下の岩石や環境条件を活用し、もう1つの重要な化学物質であるアンモニアを生産しようとしている。研究室での技術革新が進む時代に、物理的に地下を掘削して資源を探すというのは、ある種の時代逆行のようにも感じられる。しかし、地下資源に目を向けることは、エネルギー需要を満たしながら気候変動への対応にも貢献できる可能性を秘めている。
石油や天然ガスの採掘現場で水素が偶然見つかることはほとんどない。何十年もの間、地下に大量の水素が蓄積されることはないというのが通説だった。水素分子は非常に小さいため、たとえ地下で生成されたとしても、最終的には地表へと漏れ出してしまうと考えられていたのだ。
しかし、過去数十年の間に、廃坑や新しい井戸で水素が偶然発見された例がいくつかある。たとえば、井戸から無色のガスが噴き出したり、炎が金色に燃えたりする現象が報告されている。そして、水素を狙って探すようになってからは、実際に見つかるケースが増えてきた。
後に分かったことだが、水素は石油や天然ガスを含む岩石とはまったく異なる種類の岩石に蓄積されることが多い。通常、化石燃料の探査では、有機物を多く含む頁岩(シェール)のような柔らかい岩石を対象にする。しかし、水素はカンラン石のような鉄分を多く含む岩石の中に最も多く存在しているようだ。水素は、地下の高温高圧環境で起こる化学反応によって、水が分解されることで生成される(また、水素の地下生成には放射線分解(radiolysis)と呼ばれる別のメカニズムも関与している可能性がある。これは、放射性元素が発する放射線によって水が分解される現象である)。
一部の研究によると、地下に埋蔵されている水素の総量は1兆トン規模と推定されている。これは、仮に水素の使用量を大幅に増やしたとしても、数世紀にわたって需要を満たすのに十分な量である。
ここ数年で、地下の水素資源を探索し、活用しようとする企業が世界中で続々と誕生している。特にオーストラリア南部では、水素の生成に適した条件が整っているようで、多くの企業が進出している。また、スタートアップ企業のコロマ(Koloma)は、地質学的な水素探査を加速させるため、3億5000万ドル以上の資金を調達している。
この産業には、未解決の問題が非常に多い。たとえば、実際にどれほどの水素が利用可能なのか、そして経済的に採掘可能な量はどの程度なのかといった点が未だ明確になっていない。現時点では、水素を探し出す最適な方法すら確立されていないのが実情だ。研究者や企業は、石油・ガス産業の技術やツールを活用しているが、それよりも優れた手法が存在する可能性もある。
さらに、気候変動への影響についても未知の部分が多い。水素自体は地球温暖化を引き起こさないかもしれないが、他の温室効果ガスの寿命を延ばすことで間接的に気候変動に寄与する可能性がある。また、水素はしばしばメタンとともに存在する。メタンは極めて強力な温室効果ガスであり、水素の採掘過程で多量のメタンが漏れ出すようなことがあれば、環境に深刻な影響を及ぼす可能性がある。
水素の輸送にも課題がある。水素は密度が低いため、貯蔵や輸送が容易ではない。特に、水素が最終的な消費者から遠く離れた場所に埋蔵されている場合、輸送コストが大きな問題となり、採掘プロジェクト全体の経済性が損なわれる可能性がある。
それでも、この分野は非常に興味深いなものだ。研究者たちはこの現象をより深く理解するための研究を進めている。中には、地下に水を注入し、通常は水素を生成しない岩石を刺激することで、水素の生産量を増やそうとしている研究者もいる。
石油・ガス産業の手法を応用し、人類の気候変動対策に貢献するエネルギー源を開発しようとする試みには、何とも興味深いものがある。地下の水素を採掘することは、エネルギー需要を満たすための戦略的な一手となるかもしれない。化石燃料を掘り続けてきた150年の間に蓄積された知識や技術を活用できるのだから。
結局のところ、問題なのは「掘ること」ではなく、「排出」なのだ。
MITテクノロジーレビューの関連記事
2023年にサイエンス誌に掲載されたこの記事は、いわゆる 「ゴールド水素」の世界を深く掘り下げたすばらしい内容だ。その歴史と地質学に関する詳細は、ここで読むことができる。
商業的な取り組み、特にコロマについては、カナリー・メディアの記事がおすすめだ。
また、地質学的アンモニアとアディス・エナジーに関するすべての詳細は、この最新記事をご覧いただきたい。
その他の注目トピック
- ドナルド・トランプ大統領が1月20日に正式に就任し、大量の大統領令に立て続けに署名した。気候関連の重要な動きをいくつか紹介しよう。
- トランプ大統領は、パリ協定から再び離脱する意向を表明した。1年間の待機期間の後、世界最大の経済大国が、この主要な国際気候条約から正式に離脱することになる。(ニューヨーク・タイムズ)
- トランプ大統領はまた、連邦海域での洋上風力発電プロジェクトのリース販売を一時停止する命令にも署名した。すでに連邦政府の許可を得ているプロジェクトを、当局がどれくらい遅らせることができるかは不明だ。(AP通信)
- 別の大統領令には、『米国のエネルギーを解き放つ』というタイトルが付けられ、気候とエネルギーに関するさまざまな動きを示している。
→ある条項では、「EV義務化」を廃止している。米国政府はEVに関していかなる義務も設けていないが、この条項はEVの導入を支援する政策や資金提供を後退させようとする、政権の意図を示すものである。ほぼ間違いなく、法廷闘争が起こるだろう。(ワイアード)
→別の条項では、気候とエネルギーのための数百億ドルの支出を一時停止している。この支出は、バイデン政権による2つの画期的な法律である「超党派インフラ法」と「インフレ抑制法」で、議会が指示したものである。専門家によれば、こちらも高い確率で法的な争いに発展することが予想できるという。(カナリー・メディア)
気候変動関連の最近の話題
- 中国の自動車メーカーBYDは、2024年にテスラよりも多くのEVを製造した。このデータは、全世界的に安価なEVへの移行が続いていることと、EV市場において中国の支配的な立場が続いていることを示している。(ワシントン・ポスト)
- サウスカロライナ州にある2基の原子炉が、再び命を授かるチャンスを得るかもしれない。VCサマー原子力発電所は2017年に建設が中止されたが、このプロジェクトには90億ドルが投入されていた。現在、この敷地の所有者は売却を望んでいる。(ウォール・ストリート・ジャーナル)
→ 原子力の今後の動向に関する記事で取り上げた通り、既存の原子炉に対する需要はこれまで以上に高まっている。(MITテクノロジーレビュー) - カリフォルニア州では、電気トラック用の充電ステーションが、送電網への接続を何年も待つのではなく、独自に電力を調達することが徐々に増えている。このような太陽光発電や風力発電による小規模送電網は、より広範な電力需要への対処に役立つ可能性がある。(カナリー・メディア)
- 南カリフォルニアの山火事は、頻発する火事に適応してきた野生動物にさえも試練を与えている。火事の頻度と激しさが増すにつれ、生物学者たちはマウンテン・ライオンなどの動物の心配をしている。(インサイド・クライメート・ニュース)
- カリフォルニアの山火事で発生した灰は、鉛やヒ素などの物質を含有しており、毒性を持っている可能性があると、専門家たちが警告している。(AP通信)
- 新たな分析によると、英国の脱炭素化目標達成を支援するために、木材を燃やして発電する必要はないという。バイオマスは賛否が分かれるグリーン電源であり、大気汚染を助長し森林に害を与えるという批判の声もある。(ガーディアン)
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。