「ファクトチェック廃止」ザッカーバーグ発言のファクトチェック
メタ(Meta)のザッカーバーグCEOがファクトチェック廃止を表明したことが注目されている。政府やメディアからの圧力による措置だったと主張するが、第2次トランプ政権に取り入ろうとする試み以上のものではないように思える。 by Mat Honan2025.01.21
- この記事の3つのポイント
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- メタのザッカーバーグCEOがファクトチェックの終了を発表した
- ヘイトスピーチに関するポリシーも緩和され社会の分断を助長する恐れがある
- 外部からの圧力でファクトチェックを始めたと主張しているが事実と異なる
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
メタ(Meta)のCEOであるマーク・ザッカーバーグは1月7日、「More Speech and Fewer Mistakes(より多くの言論、より少ない誤りを)」と題したブログ記事と動画を公開した。ザッカーバーグCEOはこれまで、自身が認めた過ちとして、ケンブリッジ・アナリティカ(Cambridge Analytica)のデータスキャンダル、米ウィスコンシン州で民兵がフェイスブック上で武装集結を呼びかけ、それが2件の殺人事件へとつながったこと、ミャンマーでのジェノサイドを助長したことなどを挙げている。そんな彼が今回発表したのは、メタが米国でのファクトチェックを終了し、言論に対する「制限」を撤廃し、ユーザーのニュースフィードに、より個別にカスタマイズされた政治コンテンツを表示するという方針転換であった。
「私は、人々に発言力を与えるためにソーシャルメディアの構築を始めました」。そう語るザッカーバーグCEOの腕には、90万ドルの腕時計が輝いていた。
ファクトチェックの終了ばかりが注目されているが、ヘイトスピーチに関するポリシーの変更も見逃せない。これにより、トランスジェンダーの人々を「それ(it)」と呼ぶこと、女性を「所有物」とみなすこと、同性愛を「精神疾患」と主張することが許容されることになる(メタ社内のLGBTQ従業員の反応は、当然ながら予想通りのものだった)。さらに、「より個別化された政治コンテンツ」の提供により、社会の分断が再び助長されることは明白である。
ザッカーバーグCEOの今回の発表は、これまで私が目にしてきた中でも最も皮肉な歴史修正主義の試みのひとつだと言える。多くの人が指摘しているように、これは第2次トランプ政権に取り入ろうとする試み以上のものではないように思える。それを示すかのように、発表の場として選ばれたのはドナルド・トランプ大統領のお気に入りの「フォックス・アンド・フレンド(Fox & Friends)」だった。
この発表の具体的な政治的影響については、今まさに多くの人が議論しているので、ここでは深入りしない。しかし、私が特に強く感じたのは、ザッカーバーグCEOがフェイスブックのファクトチェックとコンテンツモデレーションの歴史を、あたかも政府やメディアからの圧力によってやむを得ず実施してきたかのように語ったことの欺瞞性である。実際には、これらの決定はすべて彼自身が下したものであり、メタの組織構造自体が彼のほぼ完全な支配下にある。彼は決定権を持ち、それをこれまで一貫してそれを行使してきたのだ。
それにもかかわらず、ザッカーバーグCEOは発表で、自らが推進したポリシーを他者のせいにしようとした。「政府や旧来のメディアは、ますます検閲を推し進めようとしている」と述べた。
さらにこう続ける。「2016年にトランプ氏が初めて当選した後、旧来のメディアは誤情報が民主主義の脅威であると執拗に報じ続けました。我々は、真実の決定者にならないよう配慮しつつ、誠実にその懸念に対応しようとしました。しかし、ファクトチェッカーたちは政治的に偏りすぎており、特に米国では信頼を築くどころかむしろ破壊してしまいました」。
メタのファクトチェック・システムを擁護するつもりはないし、そもそもそれが特に有効だったとも思わないが、政府や「旧来のメディア」の圧力で導入されたという主張については、検証する価値がある。
まず、米国政府はこれまでメタに対して、誤情報に関して意味のある制裁を下したことは一度もない。これは断言できる。これまで罰金や和解はあったが、メタほどの規模の企業にとって、それは単なる蚊を払う程度のものでしかなかった。確かに、FTC(米連邦取引委員会)による反トラスト法(日本の独占禁止法に相当)に基づく訴訟は進行中だが、これは検閲やファクトチェックとは無関係である。
次に、メディアとの関係について考えてみよう。実際の権力構造はどのようになっているのか。メタの現在の時価総額は1兆5400億ドルであり、ウォルト・ディズニー・カンパニー(ABCニュースを所有)、コムキャスト(NBC)、パラマウント(CBS)、ワーナー・ブラザース(CNN)、ニューヨーク・タイムズ・カンパニー、フォックス・コーポレーション(Fox News)の時価総額をすべて合計してもメタには及ばない。実際、ザッカーバーグCEO個人の推定資産は、これらのいずれの企業の市場価値よりも高い。
さらに、メタの利用者規模は、「旧来のメディア」企業とは比較にならないほど巨大だ。メタによれば、同社のアクティブユーザー数は1日あたり約32億9000万人に達する。毎日である。しかも、メタは過去にも今回の発表のように、ユーザーが「旧来のメディア」からどのような情報を受け取るかを自由に調整できることを示してきた。
その結果、メディア企業は長年にわたってメタの意向に従い、わずかでもその膨大なユーザー層にリーチしようと躍起になってきた。「動画への転向(Pivot to video)」を覚えているだろうか? あるいは「インスタント記事(Instant Articles)」は? メディア企業は、この10年以上、フェイスブックのアルゴリズムの変化に振り回され、方針を調整し続けてきた。だが、その努力もメタが方針を変えれば一瞬で無に帰した。旧来のメディアがメタに対して影響力を持っているという考えは、まったくのナンセンスである。
では、メタが現在の状況に至った経緯を振り返ってみよう。
かつて、ツイッターはフェイスブックのビジネスにとって実際の脅威であった。2012年の大統領選挙ではツイッターが中心的な役割を果たし、フェイスブックはほとんど顧みられなかった。このことを受け、ザッカーバーグCEOとメタはニュース・コンテンツの獲得に本格的に乗り出した。フェイスブックは「シェアボタン」を導入し、Web上のあらゆるコンテンツを簡単にニュースフィードに投稿できるようにした。2014年には、ザッカーバーグCEO自身が「世界中の人々にとって完璧な個別化された新聞を目指す」と公言するに至った。
しかし、これには副作用があった。2015年までに、フェイスブックはフェイクニュースの氾濫という深刻な問題を抱えるようになった。そして、それが問題であることをメタ自身も十分に認識していた。2016年の大統領選挙の頃には、マケドニアの若者たちがフェイスブックのトラフィックとグーグル・アドセンスの収益モデルを利用し、トランプ支持派向けの虚偽ニュースを量産するという、一種の「アービトラージ戦略」を展開していた。この問題は2016年の選挙後にフェイスブックの大きなスキャンダルへと発展し、その年の12月、メタはファクトチェッカーとの提携を開始すると発表した。
翌年、ザッカーバーグCEOは「誤情報の問題は軽視するにはあまりにも重要すぎる」と述べた。だが、どうやら今となってはそうでもないらしい。
ザッカーバーグCEOは、この不都合な歴史をすべて無視した。しかし、はっきりさせておこう。誰も彼にファクトチェッカーを雇うよう強制したわけではない。そもそも、そんな圧力をかけられる立場にある者などいなかった。もし本当に外部からの圧力による決定だったのなら、彼は今ごろ90万ドルの腕時計をつけたまま、オフィスのデスクの後ろからファクトチェッカーを解雇することなどできなかったはずだ。結局のところ、彼が自ら下した決定を、今になって責任転嫁しようとしているだけなのだ。
だが問題は、世間の誰もがすでにザッカーバーグCEOの本質を見抜いていることだ。このあからさまなご機嫌取りは、どう見ても成功しそうにない。
共和党はすでに彼を嫌っている。上院議員のリンジー・グラムは、「彼の手は血に染まっている」と非難した。ジョシュ・ホーリー上院議員は、フェイスブックのプラットフォーム上で被害を受けた子どもたちの家族に対し、彼に公の場で謝罪させた。テッド・クルーズ上院議員は、過去何度もザッカーバーグCEOを厳しく追及してきた。そして、トランプ大統領は彼を刑務所に入れるとまで公言した。
民主党からの支持も得られていない。エリザベス・ウォーレン、バーニー・サンダース、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス(AOC)といった議員たちも、彼を厳しく批判してきた。そして一般市民の間でも、ザッカーバーグの人気は低い。トランプ大統領よりも不人気だし、ジョー・バイデン前大統領よりも嫌われている。さらに、イーロン・マスクとの比較でも負けている。
結局のところ、今回の発表は、受け入れられるはずのない層への迎合に過ぎないように思える。
MAGA(Make America Great Again)層の支持を得ることには失敗するだろうが、これまでの方針を無視し、過去の経緯を完全に棚に上げるその姿勢は、まさに彼のキャラクターにふさわしい。
最後に、2017年のザッカーバーグCEOが何をしていたか、次の画像で思い出してみよう。
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- マット・ホーナン [Mat Honan]米国版 編集長
- MITテクノロジーレビューのグローバル編集長。前職のバズフィード・ニュースでは責任編集者を務め、テクノロジー取材班を立ち上げた。同チームはジョージ・ポルク賞、リビングストン賞、ピューリッツァー賞を受賞している。バズフィード以前は、ワイアード誌のコラムニスト/上級ライターとして、20年以上にわたってテック業界を取材してきた。