KADOKAWA Technology Review
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海に浮かぶ巨大施設、
中国が進める
スマート海洋牧場の野望
CFOTO/Future Publishing via Getty Images
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China wants to restore the sea with high-tech marine ranches

海に浮かぶ巨大施設、
中国が進める
スマート海洋牧場の野望

観光とハイテク養殖を融合させた中国の巨大施設には、海洋資源の枯渇に直面する中国の危機感と未来への賭けが込められている。AIやロボットを駆使した次世代の養殖に、年間300億匹の稚魚放流計画。中国の野心的な取り組みを成功するか。 by Matthew Ponsford2025.01.09

中国北東部沿岸の港湾都市である煙台から、フェリーでそう遠くない場所にある「耕海1号」は、1万2000トンの鋼鉄で作られた油井風の円形プラットフォームである。ホテル兼エンターテインメント施設として宣伝されている。到着した観光客はドックに降り立ち、階段を登ってこの奇妙な海上施設に入る。クルーズ船とハイテク研究所を融合させたようなこの施設は、約800メートルの水上通路を中心に配置されている。施設のもっとも高い地点に位置するのは、中国国営通信社いわく「耕海1号というネックレスの『輝くダイヤモンド』」という、マンガに出てくるヒトデのようなデザインの7階建てビジターセンターだ。

フロリダ出身のユーチューバーのジャック・クランプは、2023年5月にオープンした耕海1号のビジターセンターをいち早く訪れた、2万人の観光客のうちの一人となった。『I’m in China with Jack(アイム・イン・チャイナ・ウィズ・ジャック)』という自身の番組の中で、クランプは玩具チェーンのフィッシャープライスのように黄色とターコイズでかわいらしく飾りつけられたウォーターパークを歩き回り、屋内では中国の深海潜水艇「蛟竜」の船体を見つけて大喜びした。実際には、この海域の水深は約10メートルしかなく、潜水艇は展示用の模型にすぎない。「蛟竜」での深海探検は、本物の冒険ではなく没入型のデジタル体験であったが、それでも潜水艇の底部はテーマパークのアトラクションのように激しく揺れ、クランプの足元で動いていた。

クランプが耕海1号の海上高級ホテルでくつろぐ姿を見ていると、なぜこんな観光スポットを渤海海峡から約1.6キロの海上に建設したのか、不思議に思わずにはいられない。その答えは、耕海のビジターセンターから水上通路を突き抜けた先にある、より小規模で実務的な雰囲気を漂わせるプラットフォームにある。そこではクランプがゴカイを餌にした釣り糸の投げ方を教わり、見事なタイを釣り上げることができた。

耕海は一般的な観光地ではない。ここでは毎年20万匹の「高品質な海洋魚」が育てられていると、国営造船企業である山東海洋集団の子会社、耕海科技有限公司の副事業部長ジン・ハイフェンが最近のチャイナ・デイリーのインタビューで語っている。クランプのような趣味の釣り人が釣り上げるのは、魚たちのほんの一部にすぎない。大部分は「海洋牧場」と呼ばれるプロセスの一環として海に放流される。

2015年以来、中国は耕海1号を含む169の「国家実験牧場」および多数の小規模施設を建設してきた。これには6700万立方メートルの人工魚礁の設置と、マンハッタン島と同等の面積への海草の植付が含まれ、少なくとも1670億匹の幼魚や貝類・甲殻類の幼生が海に放流された。

中国政府は、この取り組みを中国国内および世界中で進む漁場崩壊への緊急かつ必要不可欠な対策とみなしている。中国沿岸の漁獲量は過去10年足らずで18%減少している。水産資源の減少を背景に、海洋牧場は海洋生態系を復元しながら漁獲量を回復させるという、魅力的なウィンウィンのシナリオを提示している。

「海の収穫」を意味する耕海は、ジンが「海中の生態学的オアシス」と呼ぶ場所に、デベロッパーによって建設された。円形通路の中心には人工海洋生息地が設けられ、エビや海藻、魚が生息している。その中には、ぎょろりとした目を持つクロソイや、インコのくちばしのような口を持つイシガキダイも含まれる。

この施設は中国の野心的計画を体現する次世代モデルであり、中国は同様のパイロットプロジェクトを2025年までに200カ所で展開するとしている。ここは5G接続が可能な、AI搭載の「生態」牧場だ。潜水ロボットが水中パトロールを担い、「インテリジェント養殖いけす」は環境データをほぼリアルタイムで収集して、自動の餌やりなど最適化された養殖管理を実現する。

中国最高峰の科学研究機関である中国科学院が発表した記事の中で、ある水産学の権威が、テクノロジーが主導する魅力的な未来像を描いている。その未来像では、食料生産と自然保護が手を取り合う。沿岸部を囲む生態牧場では海草の野原とサンゴ礁が再生し、自律駆動ロボットが成熟した魚介類を持続可能な方法で収穫する。

しかし、中国の研究者たちは、今こそ急速に進む海洋牧場の展開から得られた教訓を検証する時期だと語る。中国は、今後さらに数十億ドルを同様のプロジェクトに投資する前に、まず基本的な前提を実証しなければならない。

海洋牧場とは何か?

発展途上国はこれまで、開発のために水産資源を乱獲するか、将来世代のために生態系を保護するかというトレードオフに直面してきたと、中国東部の厦門大学のカオ・リン教授は話す。自然生態系が再生可能なレベルを超えて漁獲がされた場合、国家は通常、禁漁期間を設けるなどの方法で漁場の回復を図ってきた。海洋牧場は、漁業規制に代わる、海の恵みを積極的に増加させるやり方だ。これこそ、「環境、経済、社会の開発目標に本物のシナジーを起こす」方法だとカオ教授は述べる。

水産養殖を営む一家に生まれ、ミシガン大学とスタンフォード大学で研究キャリアを積んだカオ教授によれば、海洋牧場は現在、中国で「ホットな話題」になっている。しかし、「海洋牧場」という言葉があまりに流行語化したため、その意味が不明瞭になることが多い。たとえば、耕海1号のようなフラッグシップ施設(科学研究所、大規模水産養殖施設、レクリエーション釣り施設、洋上発電所を融合させた施設)のほかにも、巨大な水産養殖いけすを備えた遠洋浮体式集合型風力発電所や、10万トン級の移動式海洋牧場(事実上の「水産養殖空母」)など、多様な施設を指す場合がある。また、中国南部の熱帯沿岸地域にある蝶の形をした蜈支洲島のように、島全体が海洋牧場区域として指定されているケースもある。

海洋牧場を理解するには、この事業のルーツにさかのぼるのがいいだろう。1970年代前半、米国カリフォルニア、オレゴン、ワシントン、アラスカの各州で、サケ類の資源回復を目的とした施設の建設を認める法律が成立した。かつて産卵場だった河川が、水質汚染と水力発電ダム建設によって荒廃したためだ。基本的な発想は2つだ。飼育下で魚を養殖して、太平洋の安全な漁場に導入する。1974年に米国初の海洋牧場がカリフォルニア州とオレゴン州の沖合に建設されて以来、業者たちは人工生息地、主にコンクリート製の人工魚礁を造成してきた。海洋牧場推進派は、これらが商業的価値のある魚種と、絶滅の危機にある海洋生物の両方を育成し回復させる場となることを期待した。

海洋牧場がその潜在能力を十分に発揮することはほとんどなかった。1970年代に米国で開業した11の海洋牧場のうち8カ所は1990年までに閉鎖されたとされている。民間投資家たちは収益化に苦労した。一方、ノルウェーなどの欧州諸国はタラなど商業価値のある魚種の放流に多額の投資をしたが、大部分が野生で生き残れず、最終的に取り組みは断念された。海洋牧場の数で世界最多を誇る日本は …

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