子どもを守って半世紀、ワクチン政策はトランプ2.0でどう動く?

Why childhood vaccines are a public health success story 子どもを守って半世紀、ワクチン政策はトランプ2.0でどう動く?

世界の予防接種プログラムが50周年を迎えた。乳幼児死亡率を40%低下させ、1.5億人以上の命を救ってきた小児ワクチン接種は、現代の公衆衛生における最大の成功例の一つと言える。 by Jessica Hamzelou2024.12.26

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

12月20日、私はMMRワクチン(麻しん・ムンプス=おたふくかぜ・風しんの3種混合ワクチン)の追加接種を受ける4歳の娘をしっかり抱きしめている。このワクチン接種は、髄膜炎や失明、聴覚消失につながりかねない3つの厄介な感染症から娘を守ってくれるはずだ。接種の機会を提供されて、幸運だと感じている。

2024年、大がかりな世界的小児ワクチン接種プログラムは50周年を迎えた。拡大予防接種計画(EPI:Expanded Programme on Immunization)は、命を救うワクチンを地球上のすべての子どもに提供することを目的として、1974年に世界保健機関(WHO)が開始したものだ。

EPIの開始以来、ワクチンは1億5400万人の死を防いできたと推定されている。この数字には、5歳未満の子ども1億4600万人が含まれる。ワクチン接種の取り組みは、乳児死亡率を40%低下させ、世界の人口の健康寿命が100億年分の延びたと推定される。

小児期ワクチン接種は成功の物語である。しかし、ワクチンをめぐる懸念は根強く残っている。特に、2025年1月から米国の保健機関を指導するためにドナルド・トランプ次期大統領が選んだ人物たちの間で、その懸念が強いようだ。この記事では、彼らの主張と、小児期ワクチン接種に関するエビデンス(科学的根拠)がどのようなものかを見ていこう。

WHOは、世界中の保健機関とともに、乳幼児への一連のワクチン接種を推奨している。結核に対してある程度の効果を発揮するBCGワクチンなど、一部のワクチンは出生時から接種が推奨されている。その他、百日咳、ジフテリア、破傷風などのワクチンは1度の接種ですむことが多く、生後8週間で接種が始まる。他のワクチン接種や追加接種がそれらに続く。

そうしたワクチン接種の考えは、赤ちゃんをできるだけ早い時期から守ることだと、英国のロンドン大学衛生熱帯医学大学院(London School of Hygiene & Tropical Medicine)と日本の長崎大学に所属するカジャ・アッバス准教授は言う。

ワクチン接種の全体的なスケジュールは、どの感染症が最大のリスクをもたらすのかによって決定され、国によって異なる。米国では、米国疾病予防管理センター(CDC)が推奨スケジュールを決定する。さらに、各州でワクチン接種を義務付けたり、さまざまな免除を認めたりすることができる。

一部の科学者は、トランプ次期大統領がホワイトハウス(大統領府)へ復帰する2025年1月に、これらの規則がどのように変更されるのかを懸念している。同次期大統領はすでに、国の保健機関のトップとなる人物を含む、政府高官の人選を終えている。これらの人物が職務に就くには、上院の承認が必要になる。しかし、同次期大統領は、ワクチン懐疑派で周囲を固めるつもりのようだ。

手始めに、トランプ次期大統領は保健福祉省の長官にロバート・F・ケネディ・ジュニアを指名した。ワクチン反対派として以前から有名なケネディには、ワクチンに関する誤った情報を広めてきた実績がある。

2005年、ケネディはオンライン・メディアのサロン(Salon)とローリング・ストーン(Rolling Stone)誌に、かつて米国でワクチンとして使用されていた抗真菌性保存料「チメロサール」が(2001年までに段階的に廃止)、子どもたちの神経障害と関連があるという誤った内容の記事を発表した(記事は、最終的には2011年に削除された。当時のサロンの編集主幹を務めていたジョーン・ウォルシュは「ワクチンと自閉症の関連性を否定するエビデンスが増え続けていたにもかかわず、もっと早く対応すべきだったと後悔しています」 と書いている)。

それでも、ケネディの勢いは衰えていない。2015年には、チメロサールと自閉症を結びつける映画の上映会で、小児期ワクチン接種についてとんでもない発言をした。「子どもたちはワクチン接種を受け、その夜には39度4分の熱を出して眠りにつき、3カ月後には脳がなくなっていました」 とケネディが述べたことをサクラメント・ビー紙が報じている。 「我々の国に対する大虐殺が起こっています」。

次期トランプ政権で、ケネディと共に保健関連の要職者選出に携わっているアーロン・シリ弁護士は、複数のワクチンの配布一時停止と、ポリオ・ワクチンの承認を完全に撤回する請願を政府に提出している。また、トランプ次期大統領がCDC長官に指名したデーブ・ウェルドンにも、ワクチンを懐疑的に見ていた過去がある。ウェルドンは、チメロサールと自閉症の関連についての誤った主張を擁護してきた

このような議論は新しいものではない。特に、MMRワクチンは何十年もの間、議論、論争、陰謀論の対象となっている。さかのぼること1998年、英国人医師のアンドリュー・ウェイクフィールドは、MMRワクチンと子どもの自閉症との関連を示唆する論文を発表した。

それ以来、この研究の誤りは何度も何度も暴かれている。また、ウェイクフィールド医師が子どもに対し、非倫理的に侵襲的かつ不必要な処置を施していたことが分かっている。同医師の論文は発表から12年後に撤回された。英国の医事審議会は、深刻な職業上の不正行為でウェイクフィールド医師を有罪とした。彼は医師名簿から抹消され、以後は英国で医療行為ができなくなった(それでも彼は虚偽の情報を広め続け、次期CDC長官のウェルドンが出演した2016年の映画『MMRワクチン告発(原題:Vaxxed)』を監督した)。

そのようなわけで、ウェイクフィールドの「研究」が依然として世論に影響を与えていることは注目に値する。最近のピュー研究所(Pew Research)の調査によると、米国の成人10人中4人が「すべてのワクチンが必要とは限らない」と懸念しており、ほとんどの米国人はワクチンのメリットがリスクを上回ると考えている一方で、依然として副反応を心配している人もいる。特に共和党員の間では、この数年間で見方が変化しているようだ。2019年には、82%の人々が学校でのワクチン接種を支持していたが、2023年には70%に低下した。

問題は、「集団免疫」を獲得するために、70%以上の子どもにワクチン接種が必要なことだ。その水準に達しなければコミュニティを守ることができない。WHOによると、麻しん(はしか)のような非常に伝染力が強い感染症の場合、人口の95%がワクチン接種を受ける必要がある。「もし(接種率が)80%まで低下すると、アウトブレイク(集団発生)が予想されます」 とアッバス准教授は話す。

そして、まさにそれが起きている。2023年、定期的な保健サービスで麻しんワクチンの初回接種を受けた子どもの割合は、わずか83%だった。3500万人近くの子どもたちは、麻しんに対して部分的、あるいはまったく守られていないと考えられている。 過去5年の間に、麻しんの大流行は103カ国で起こっている。

シリ弁護士が承認の取消しを求めたポリオ・ワクチンも、子どもを守る上で重要な役割を果たしている。ポリオは麻痺を引き起こしかねない壊滅的な感染症だ。「1930年代、40年代、50年代の米国人は、ポリオを非常に恐れていました」とメリーランド州ボルチモアにあるジョンズ・ホプキンズ・ブルームバーグ公衆衛生大学院(Johns Hopkins Bloomberg School of Public Health)のウィリアム ・モス教授(疫学)は述べている。「(最初の)ワクチンの試験結果が米国で発表されたとき、人々は路上で踊ったものでした」。

ポリオ・ワクチンが米国で認可されたのは1955年だった。1994年までに、ポリオは北米と南米では撲滅されたと考えられている。現在では、このウイルスの野生型が2カ国を除くすべての国で根絶されている

しかし、ポリオ・ワクチンの話は単純ではない。ポリオ・ワクチンには2つの種類がある。「不活化」型のウイルスを含む注射タイプと、「生」ウイルスを含む経口タイプである。この生きたウイルスは便で排泄されることがあり、衛生状態の悪い場所ではそこから拡散する可能性がある。また、遺伝子が変化し、麻痺を引き起こす可能性を持つウイルスの形態に変異することもある。ごくまれなことだが、それは実際に起こり得る。そして現代では、野生型ポリオよりもワクチン由来のポリオの症例が多くなっている。

2000年以降、約30億人の子どもに100億回分を超える経口ポリオ・ワクチンが投与されている。そうした取り組みにより、1300万人以上のポリオへの罹患が予防されたと推定されている。しかし、ワクチン由来のポリオの症例は約760件発生している。

そのような症例は、富裕国がすでに実施しているように、注射型ワクチンへ切り替えることで予防できる。ただし、リソースの乏しい国や、遠隔地の農村部や戦争地帯の子どもにワクチン接種を実施する必要がある国にとって容易なことではない。

MMRワクチンでさえ、完全にリスクゼロというわけではない。人によっては軽度の副反応を経験し、まれではあるが、重度のアレルギー反応を発生する可能性もある。そして、MMRワクチンもポリオ・ワクチンも病気を100%防ぐことはできない。そんなワクチンは存在しない。「(人口の)100%にワクチンを接種しても、ポリオに対する集団免疫を獲得できることはないでしょう」とアッバス准教授は言う。 こうした限界を認めることは重要である。

少しのリスクはあるものの、同時に何百万という命が救われていることに比べるとはるかに小さいものだ。「(人々は)病気のリスクを過小評価し、ワクチンのリスクを過大評価することが多いのです」とモス教授は話す。

ある意味、ワクチンの成功は仇となっているのだ。「幸いなことに、現代の親たちの多くが、ワクチンで予防可能な病が引き起こす悲劇を見たことがありません。麻しん脳炎、先天性風しん症候群、ポリオで障害をもった患者などです」。子どもの健康リスクに関して研究している非営利団体「キッドリスク(Kid Risk)」のキンバリー・トンプソン代表は言う。「一部の人々がワクチンに関する恐怖心を煽るメッセージを広めることで利益を得ており、さらにソーシャルメディアがそのメッセージを強化しているため、不安が続いてしまうのも無理はありません」。

トンプソン代表は、「とはいえ、ほとんどの米国人はワクチンの利点を認識し、子どもに予防接種を受けさせる選択をしています」と付け加える。 それは、私も共感できる考え方だ。

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