IVF誕生から40年、次のイノベーションに必要なこととは?

Donating embryos for research is surprisingly complex IVF誕生から40年、次のイノベーションに必要なこととは?

1978年に世界初の体外受精児が誕生して以来、IVFは多くの赤ちゃんの誕生に使われてきた。しかし、新たな治療法の開発に欠かせない研究用の胚の提供が急減しており、革新への障壁となっている。 by Jessica Hamzelou2024.12.10

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

IVF(体外受精)をテーマにした新しい映画『JOY:奇跡が生まれたとき』がネットフリックスで公開されている。私が最近話したある胎生学者は「この(生殖医学の)分野の人間ならみんな観ていますよ」と言っていた。大きな反対に直面しながらも、ロバート・エドワーズ、ジーン・パーディ、パトリック・ステップトーが粘り強い努力によって実現させたIVFの誕生を描く、すばらしい作品だ。

チームは1960年代から70年代にかけて重要な研究の多くを実施した。そして、最初の「試験管ベビー」(当時はこう呼ばれていた)であるルイーズ・ブラウンが1978年に誕生した。この節目から40年ほどの間に、IVFによって800万人以上の赤ちゃんが誕生したことは驚くべきことである。現在ではIVFで生まれた赤ちゃんは1200万人以上と推定され、生殖技術の利用は米国における出産の2%以上を占めている

IVFは胚研究のサクセス・ストーリーだ。しかし今日、研究に使えるはずの貴重な胚が無駄になっていると、ロンドン中心部で先週開かれた会議に集まった研究者は話した。

この会議は、ゲノミクスと不妊に関する情報を一般に提供することを目的とする英国の慈善団体「プログレス・エデュケーショナル・トラスト(Progress Educational Trust)」が主催したものだ。この会議は、1984年に英国政府に提出された「ウォーノック報告書」の40周年を記念するものだった。ウォーノック報告書は「ヒト受精と胚研究に関する諮問委員会」が作成したもので、胚の「特別な」地位を法律で認めた最初の例とされている。英国においてこの黎明期のテクノロジーに対する規制の確立に貢献した報告書だ。

この報告書はまた、研究室内での胚の成長を2週間までに制限する「14日ルール」を定めた。世界中で採用されているこのルールは、科学者が胚を「原始線条」と呼ばれる構造を発達させる段階まで成長させることを防ぐためのものだ。これは、組織や臓器の発達が始まり、胚が双子を形成するために分裂することができなくなる段階である。

研究室で研究される胚は通常IVFのために作られたものだが、その胚を作った細胞の持ち主にはもはや必要なくなったものだ。彼らはすでに家庭を築くことができたのものかもしれないし、状況が変わったために胚を使用できない可能性もある。また、胚に遺伝子異常があり、妊娠しても生存できる可能性が低い場合もある。

これらの胚は、ヒトが出生前にどのように発達するかをより詳しく知るため、たとえば二分脊椎や心臓欠陥のような発生異常や先天性疾患の潜在的な治療法を発見するために使用できる。胚の研究は、ヒトの生物学上の基礎的な手がかりを明らかにし、妊娠や流産についての洞察を提供するのに役立つのだ。

英国で生殖技術を規制する「ヒト受精・発生学委員会(HFEA)」が実施した調査によると、患者の大多数は胚を廃棄するくらいなら研究用に提供することを希望していると、コベントリー生殖医学センター(Coventry Centre for Reproductive Medicine)のジェラルディン・ハートショーン所長は聴衆に語った。

にもかかわらず、英国で研究用に提供される胚の数は、2004年の1万7925個から2019年には675個へとここ数十年で急減している。これは、同期間に実施されたIVFのサイクル数が着実に増加していることを考えると、驚くべき減少だ。

胚が研究室に提供されない理由はいくつかあるとハートショーン所長は語る。問題の一部は、IVFサイクルのほとんどが、学術研究機関と連携していないクリニックで実施されていることだ。

現状では、胚はそれが作られたクリニックで保管されることが多い。そのような胚を研究機関に提供することは難しいかもしれない。クリニックのスタッフには、特定の研究プロジェクトに胚を提供するために法律で定められている事務手続きを管理する時間的、体力的、精神的余裕はないのだとハートショーン所長は言う。研究用に胚を提供する中心となる大規模な胚バンクを設立する方が理にかなっているともハートショーン所長は述べている。

特に問題なのは事務処理だ。英国は生殖技術の規制に対して厳格なアプローチをとっており、世界中の胎生学者はそれを「世界をリードしている」と評する傾向にあるが、一方で煩雑で官僚的な事務作業が存在しているとハートショーン所長は語る。「患者から『あなたの研究プロジェクトに私の胚や卵子を提供したいのですが』と連絡をもらっても、必要な事務手続きを済ませるのに1年はかかります。たいていは断らざるを得ません」。

おそらく、バランスを取る必要があるのだろう。胚に関する研究は、非常に価値のあるものになる可能性を秘めている。映画『JOY:奇跡が生まれたとき』が思い起こさせるように、胚に関する研究は医療行為を変革し、人生を変え得るものだ。

「研究がなければ進歩もなく、変化もないでしょう」とハートショーン所長は言う。「絶対にIVFや生殖科学の未来をそんな風にすべきではないと私は思います」。

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