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鈴木泰成:「エンジニアリング」の力で量子コン実用化を支える研究者
鈴木泰成(NTTコンピュータ&データサイエンス研究所)/提供写真
Trajectory of U35 Innovators: Yasunari Suzuki

鈴木泰成:「エンジニアリング」の力で量子コン実用化を支える研究者

ソフトウェアエンジニアの立場から量子コンピューターの研究開発に携わるNTTコンピュータ&データサイエンス研究所の鈴木泰成は、量子コンピューターの実現でもたらされる価値を具体的に示そうとしている。 by Yasuhiro Hatabe2024.12.17

NTTコンピュータ&データサイエンス研究所の鈴木泰成は、古典コンピューター上で利用できる量子回路シミュレーター「Qulacs(キューラクス)」の開発を主導し、オープンソース・ソフトウェアとして公開したことで、2022年に「Innovators Under 35 Japan(35歳未満のイノベーター)」の1人に選ばれた。しかし、Qulacsは鈴木の数ある研究成果の一端に過ぎない。

鈴木は、自身の研究活動を「物理学の範疇で最も速い計算機(コンピューター)とはどのようなものなのかを調べ、それを作る仕事」だと説明する。

量子コンピューターは、「量子コンピューター」というハードウェアだけがあっても使うことはできないし、そもそも量子コンピューターの開発には古典コンピューターを使う必要がある。鈴木は、量子コンピューター本体そのものではなく、量子コンピューターを実際に作り、使えるようにするために必要となるソフトウェアを開発している。

鈴木の取り組みは、量子コンピュータのデバイス制御から、開発に必要なシミュレーター、コンパイラーの開発など幅広い(出所:NTT R&D)

ソフトウェアエンジニアの立場で量子コンピューターの実現を目指す

2023年、国産量子コンピューターのクラウドサービスが立て続けにローンチされた。3月に理化学研究所、10月に富士通、そして12月には大阪大学によるサービスが始まっている。サービスとしてはそれぞれ別だが、量子コンピューター開発の基盤技術の構築は各社で連携して取り組んでおり、鈴木が所属するNTTはソフトウェア全般を担当する形で3つのサービス全てに関与している。

複数の研究が並行して進む中で、鈴木が現在最も時間を割いているのが、内閣府によるムーンショット型研究開発のプロジェクトだ。ムーンショット型開発制度は、革新的な技術開発を創出するため、大胆な発想に基づく大型研究プログラムを推進する内閣府の取り組みだ。

さまざまなテーマで10の「ムーンショット目標」が設定されており、そのうちの1つが「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」という目標となっている。鈴木は、真に実用的な量子コンピューターが実現したときに必要となる計算機のアーキテクチャの設計や、コンパイラーなどの研究開発を担っている。

「僕は量子コンピューターの理論の世界ではかなりエンジニアリング寄りの取り組みをしていて、いわゆるソフトウェアエンジニアのような立場として関わっているつもりです。ですので、多くの技術や物事の動向をキャッチできるようできるだけ広くアンテナを張っています。また、例えば開発上で大きな問題があったときは、それを解決するためにどういう手段があり得るのか、物事を分解して方向性を示すこと。さらに、手を動かして泥臭く解決していくこと。それが自分の役目だと考えています」。

ゲームプログラマーになりたかった少年時代

少年時代の鈴木はテレビゲームが好きで、将来の夢はゲームプログラマーだった。中学・高校ではパソコン部に所属して仲間と共にプログラミングを学んだ。自信を付けた鈴木は、その強みを生かしながら別の分野で自分にしかできないことをしようと、2010年に東京大学工学部物理工学科へ進学する。

量子コンピューターとの出会いは、大学3年生のときに受けた「量子計算」の授業だった。鈴木は、「自分が思っていたコンピューターとは違う」と思ったそうだ。当時の量子コンピューター研究はまだ非常に低レイヤーな部分が中心で、ソフトウェアの研究は主流ではなかった。だが、ソフトウェアの技術を生かせる研究分野を探していた鈴木には、むしろ量子コンピューターにこそ、その道があるのではないかと思えた。

「ソフトウェアやコンピューターの専門家が少なく、従来のコンピューターの考え方があまり浸透していない、ある意味で未成熟な分野。自分が先駆者として新しい視点を持ち込めるチャンスだと考えました」。

そうして鈴木は、量子コンピューターの世界へ進むことになる。博士課程に入った2014年の秋には、グーグルがカリフォルニア大学サンタバーバラ校のジョン・マルティニス教授の研究チームと共同で量子コンピューターの開発を始めると発表。それまで基礎研究の域にとどまっていた量子コンピューターを実現しようとするムーブメントが起こり、鈴木が強みとするソフトウェア技術が必要とされるフェーズに入った。

解決すべきはエンジニアリングの問題

鈴木は、多くの人が集まらないとエンジニアリングは「いい仕事」にならないと考えている。

「量子コンピューターの研究に関わる人たちが、全く同じ哲学やポリシーを持っているわけではありません。量子コンピューターを“おもしろい”と思っていても、何を重視し、何をおもしろいと感じているかは人それぞれ。その違いを尊重し合いながら、マスターピースと思えるものを目指していけるよう心がけています」。

そのために、「いろいろな分野の考え方を吸収したい」と鈴木は話す。プログラミング言語を作る人、計算機のアーキテクチャを設計している人、回路を作っている人——。さまざまな人がいて、それぞれがどのような哲学で仕事をしているのか、視点や発想、考え方に触れることで、新しい視点や解決策を見出すことができるのだという。「自分と異なる分野の知見は、スキル以上に実践的な価値があり、具体的な課題解決に生かすことができます」。

量子コンピューターは理論上、特定の計算において従来のコンピューターよりも優れた性能を発揮できることは証明されている。にもかかわらず、量子コンピューターがまだ存在していない理由は、「理論の問題ではなく純粋にエンジニアリングの問題で、技術的な取り組みに賢さが足りないから」というのが鈴木の持論だ。

「我々がもっと賢い取り組み方を体系化できれば量子コンピューターは実現可能だし、それによって社会はより豊かになるはず。それがまだできない今の状態は、もったいないと思う。そうした状況認識が、自分の研究へのモチベーションになっています」。

人材の「層の厚さ」が求められている

量子コンピューターの実現に向けて、「研究開発に携わる人やコミュニティがまだまだ足りていない」と鈴木は言う。参入障壁が低く、開発者の裾野が広い古典コンピューターに比べると、実際の量子コンピューターに触れて何かをするためのハードルは圧倒的に高い。

「参加する研究者・開発者が増えないと、できることやアイデアが限られてしまう。そこを広げることが間違いなく課題になる。その意味でも、国産量子コンピューターのクラウドサービスが立ち上がった意義は大きいと考えています」。

量子コンピューターはまだ商用化されていない。そのため、大学の研究職での以外のキャリアパスがイメージしにくいことも、新たな人材を呼び込む妨げになっている。

解決策は、「ムーンショット目標の1つにもなっているように、国から期待がかかっているうちに、実際に量子コンピューターをマネタイズしていく仕組みを業界としてしっかり作っていくこと」だと鈴木は言う。

具体的なゴールを描く

コンピューターは何かの目的に使われて初めて「速い」といった価値を持つ。そのため、開発の最終的なゴールはユーザーや産業にどのような価値や機能を提供するか、ということから切り離すことはできない。したがって、どの産業がどのような用途で量子コンピューターを使うのか、そのためにどの程度の量子ビットが必要で、どれくらいの速度でどの計算できれば有用になるのか、といった具体的な技術要件があってしかるべきだが、それがまだ明確になっていない。

「現実的に実装する上では、アーキテクチャやコンパイラー、命令セットなどを想定した評価の体系が必要です。それがない状態では、各要素を研究者がバラバラに突き詰めることになり、ゴールにたどり着きません。だから、産業を変える、社会をより豊かにするという抽象的な目標を、具体的な技術的目標へと落とし込むことがこの先、5年間の課題になるでしょう。そのために現在、ベンチマークのためのソフトウェアやプロファイラーの開発などの取り組みを通じて、基礎研究と並行しながら、産業利用可能な量子コンピューターの開発に向けた共通の指標と体制を構築しようとしています」。

この連載ではInnovators Under 35 Japan選出者の「その後」の活動を紹介します。バックナンバーはこちら

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