世界初の子宮移植から10年、残された医学的・倫理的課題

Who should get a uterus transplant? Experts aren't sure. 世界初の子宮移植から10年、残された医学的・倫理的課題

世界で初めて移植された子宮から生まれた男児が今年、10歳になった。この10年で世界135例の子宮移植が実施され、50人以上が誕生している。しかし、手術の複雑さや合併症リスク、費用負担、さらに「誰に提供するべきか」という倫理的な問いなど、解決すべき課題は多い。 by Jessica Hamzelou2024.12.06

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

スウェーデンで今年、ある男の子が10歳の誕生日を迎えた。生殖科学者や医師たちもこの日を祝った。この小さな男の子の誕生は特別だった。移植された子宮から生まれた、世界初の人間だったからだ。

この男の子は、生まれつき子宮がない35歳の母親が、家族ぐるみで親しくしている61歳の友人から子宮の提供を受けて、2014年に誕生した。当時、この実験的な医療処置を受けた女性はわずか11人しかおらず、彼女はその中の1人だった。

それから10年が経ち、世界中で135件以上の子宮移植が実施され、50人以上の健康な赤ちゃんが生まれている。この手術は、家族にとって重要な意味を持つ。レシピエント(臓器受容者)たちは、他の方法では妊娠を経験することができなかったからだ。

しかし、まだ実験的と見なされているこの手術には、法的・倫理的な疑問が伴う。誰に子宮移植を提供するべきなのか。トランスジェンダーの女性に提供される可能性はあるのか。もし提供されるとしたら、その費用は誰が負担するべきなのだろうか。

これらの問題は、ゲノミクスと不妊に関する情報を一般に提供することを目的とする英国の慈善団体「プログレス・エデュケーショナル・トラスト(Progress Educational Trust)」が最近開催したオンライン・イベントで提起された。講演者の中には、初めて移植を成功させたスウェーデンのヨーテボリ大学の研究チームを率いる、マッツ・ブレンストロム教授もいた。

ブレンストロム教授にとって、子宮移植の物語は1998年に始まる。オーストラリアを旅行中、ブレンストロム教授はアンジェラという名前の27歳の女性に出会った。彼女は妊娠を切望していたが、機能する子宮を持っていなかった。アンジェラは、自分の母親が子宮を提供してくれるかもしれないと、ブレンストロム教授に提案した。「それまでその可能性に思い至らなかった自分に驚きました」とブレンストロム教授は振り返る。

ブレンストロム教授によれば、およそ500人に1人の女性が、「絶対的子宮因子不妊症(Absolute Uterine Factor Infertility, AUFI)」と呼ばれる子宮が機能していない症状を抱え、不妊を経験しているという。子宮移植はそのような女性たちに対し、妊娠の選択肢を提供できる可能性がある。

アンジェラとの出会いをきっかけに、マウスを使った研究プロジェクトがスタートし、やがてブタやヒツジ、ヒヒへと研究対象が広がっていった。2012年、ブレンストロム教授の研究チームは小規模な臨床試験の一環として、女性への子宮移植を開始した。この臨床試験におけるドナー(臓器提供者)は全員生存者であり、多くはレシピエントの母親や叔母だった。

手術は予想していた以上に複雑なものになったと、ブレンストロム教授は話した。ドナーから子宮を摘出する手術には3時間から4時間かかると予想されていたが、実際には8時間から11時間かかった。

その最初の臨床試験で、ブレンストロム教授の研究チームは9人の女性に子宮を移植した。女性たちはそれぞれ事前に体外受精(IVF)によって胚を作製し、保存していた。最初に出産した女性は、手術の6カ月前までの1年間にわたってIVFを受けていた。この子宮移植手術は、ドナーから子宮を摘出するのに10時間以上、レシピエントへの移植に5時間近くかかった。

このレシピエントは、移植から43日後に生理が再開した。手術から1年後、医師は保存していた胚の1つを子宮に移した。3週間後、妊娠検査で妊娠が確認された。

妊娠31週目、このレシピエントは妊娠中に発症することがある深刻な疾患の1つ、子癇前症を発症して入院。16時間後に帝王切開で出産した。彼女は3日後に退院できたが、赤ちゃんは病院の新生児集中治療室で16日間を過ごした。

こうした困難があったものの、この子宮移植は成功と見なされている。他の子宮レシピエントも妊娠合併症を経験しており、手術による合併症を起こした例もある。また、移植を受けたレシピエント全員が、副作用の可能性がある免疫抑制剤の服用を継続する必要があった。

子宮は、永久に使うことを目的に移植されるものでもない。レシピエントは、たいてい1人か2人の子どもを生み、家族を作り終えると、子宮の摘出手術を受ける。この摘出手術もまた、大規模な外科的処置である。

こうした要素すべてを考慮すると、子宮移植は軽々しく考えるべきではない。子を持つことを希望する場合でも、親になる方法はいくつか存在する。子宮移植を不妊治療として追求することで、女性の価値を生殖可能性の観点から定義する考え方が強化されることを懸念する倫理学者もいる。英国カーディフ大学の法学者、ナターシャ・ハモンド=ブラウニング上級講師は、このイベントで次のように述べた。「養子縁組や代理出産、あるいはすでに生まれていて養育が必要な子どもたちの支援を優先するべきかどうか、議論があります」。

また、「妊娠する権利」が存在するのかどうか、存在するとすれば誰にその権利があるのかもよく考える必要があると、ハモンド=ブラウニング上級講師は言う。そしてそのような懸念は、「リプロダクティブ・オートノミー(生殖に関する自己決定権)」、つまり自らの生殖行動を決定し、それをコントロールする権利があるという概念とのバランスをとる必要がある。

子宮がないだけでなく、骨盤の解剖学的構造も異なるトランス女性たちにとって、子宮移植が選択肢となる可能性はあるのだろうか? これも未解決の疑問だ。私は講演者たちに、そのような手術がいつか実現可能になるか質問したが、少なくとも近い将来における楽観的な見解を示す人はほとんどいなかった。

「個人的な意見ですが、トランスジェンダーのコミュニティは、近い将来に責任ある子宮移植が実施されるようになるという、誤った希望を与えられてきたように思います」。英国初の子宮移植を共同で主導したインペリアル・カレッジ・ロンドンのJ・リチャード・スミス教授はこう答えた。スミス教授の研究チームが臨床試験の一環として提供している子宮移植は、「人工膣」を必要としたシスジェンダー女性でさえ対象になっていない。その理由として、彼女たちの膣のマイクロバイオーム(微生物叢)が変化しており、それが流産のリスクを高めている可能性があるからだとスミス教授は述べた。

「この研究結果をトランスジェンダーのコミュニティに適用するには、その前にやらなければならないことが膨大にあります」(スミス教授)。ブレンストロム教授もスミス教授の意見に同意したが、さらに多くの研究が進めば、いずれは手術が受けられるようになると思うと付け加えた。

さらに、法的・倫理的な問題についても、簡単には答えが出ない。ハモンド=ブラウニング上級講師は、臨床研究チームはまず、この手術の目的を明確に定める必要があると指摘した。たとえば、生殖が目的なのか、それともジェンダーの再調整なのか? そしてその目的は、誰が、どのような理由で子宮の提供を受けるべきなのかという決定に、どのような影響を及ぼす可能性があるのか? それも検討しなければならない。

ヒトの子宮移植がこれまでに135件しか実施されていないことを考えれば、最適な移植方法について学ぶべきことはまだ多く残されている(ちなみに、腎臓移植は2023年に米国だけで2万5000件実施されている)。死亡したドナーから提供された子宮と、生きているドナーから提供された子宮の違いや、若く健康な女性における合併症を最小限に抑える方法については、まだ解明が進められている最中だ。冒頭の男の子が10年前に生まれて以来、同様の方法で生まれた子どもはまだ50人ほどしかいないのだ。この分野は、始まったばかりである。

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