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大統領選の争点にもなった
米住宅危機の深層
建設業界の生産性に課題
Stephanie Arnett/MIT Technology Review | Adobe Stock, Envato, rawpixel, Public Domain
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The surprising barrier that keeps the US from building all the housing it needs

大統領選の争点にもなった
米住宅危機の深層
建設業界の生産性に課題

若年層を中心に、住宅価格の高騰が米国民の最大の関心事となっている。パンデミック以降、住宅価格は47%も上昇。背景には深刻な供給不足があるが、その原因の一つが建設業界の低い生産性だ。他の業界が自動化で生産性を向上させる中、建設業界の生産性は過去50年間、低下の一途をたどっている。 by David Rotman2024.11.19

この記事の3つのポイント
  1. 米国で住宅価格が高騰し、若い世代の最大の懸念事項になっている
  2. 住宅価格高騰の主因は供給不足だが、背景には建設業界の非効率性
  3. 他の業界に比べて遅れているデジタル化と自動化が生産性向上の鍵となる
summarized by Claude 3

人工妊娠中絶や移民、さらに気候変動をはるかに上回って、30歳未満の米国有権者が最も懸念している問題が、「住宅アフォーダビリティ(手ごろさ)」である。家賃の高騰、極めて高い住宅販売価格が、最大の懸念事項であると認識しているのは若い有権者だけではない。記憶にある限りでは初めて、住宅コストが大統領選挙において大きな争点となる可能性があった。

その理由を理解するのは難しいことではない。パンデミックの始まりから2024年初頭までに、米国の住宅価格は47%も上昇した。米国の大部分では、中流階級の所得の人たちであっても、住宅の購入がもはや不可能となっている。多くの人たちにとって、それは「家を持つこと」を中心に築かれたアメリカン・ドリームの終焉を意味する。同じ期間に、家賃は26%上昇している。

カマラ・ハリス副大統領は、住宅建設を増やすという野心的な計画を提示している。そして、「深刻な住宅不足がコストを押し上げている要因の一部」と9月にラスベガスで述べた。「そのため、煩雑な手続きをやめ、民間部門と協力して300万戸の新しい住宅を建設します」。同副大統領の公約には、住宅建設の支援を目的とした400億ドル規模のイノベーション基金が含まれている。

一方、ドナルド・トランプ次期大統領も規制の削減を訴えているが、主として強調しているのは、住宅不足の対処とははるかにかけ離れた方法だ。その方法とは、トランプ時期大統領が「国内にあふれかえっている」という移民たちが「住宅を必要とするのが価格高騰の原因」と主張し、移民たちを大量強制送還することで対処しようというものだ(一般的に、移民が住宅コストに与える局所的な影響を示す研究はいくつかあるが、その影響は比較的小さく、ここ数年の移民の数が米国の住宅価格と家賃の上昇の主たる説明になるという、信憑性の高い経済シナリオはない)。

トランプ次期大統領とハリス副大統領が提示した相反する見解は、住宅価格の引き下げ方法だけでなく、建設の重要性に対する認識にも影響を及ぼす。さらに、住宅危機への注目は、建設業界全体をめぐる広範な問題も明らかにしている。米国の建設業界はテクノロジーの導入に消極的であり、過去50年で生産性を低下させてきた現実がある。

現在の住宅コスト上昇の理由は、供給不足である。多くの経済学者たちには明白なことだ。つまり、十分な住宅やアパートが建てられておらず、その状態が長年にわたって続いていることだ。数え方にもよるが、米国では約120万戸から550万戸以上の一戸建て住宅が不足している。

許認可手続きの遅れや厳格なゾーニング規則は、より迅速により多くの住宅を建設する上での大きな障害となっている。さらに全米で影響力を持つNIMBY(自分の住む地域には迷惑施設を作らせないと主張する活動)活動家の政治力や熟練労働者の不足など、広く認識されている問題もある。だが、米国の建設業界を悩ませる、あまり話題にならない別の問題も存在する。それは、建設の効率が非常に低いこと、そしてどういうわけかその効率が悪化しているように見えることだ。

これらの影響により住宅建設が高額になり、価格の上昇につながっているのだ。マサチューセッツ工科大学(MIT)で都市経済学と不動産学を専門とするアルバート・サイズ教授は、いま建設が盛んに進んでいる南西部と西部を含む国内ほとんどの地域で、新築住宅の価格の3分の2以上を建設費が占めていると計算している。同教授によると、土地が非常に高額なカリフォルニア州やニューイングランドのような場所でも、新築住宅の価格の40~60%は建設費が占めているという。

問題の一部は、「どこの建設現場に行っても、30年前と同じ工法が使われているのを目にする」という点だと教授は話す。

生産性の問題は、住宅部門だけでなく建設業界全体で見られる。再生可能エネルギーと送電網の拡大を夢見るクリーン・エネルギーの支持者から、データセンターの増設を競うテック企業に至るまで、誰もが「もっと多くの設備・施設を迅速に建設する必要がある」という点に同意しているようだ。しかし、実際には何を建設するにしてもコストが高く、時間がかかるのだ。

何十年もの間、米国の建設企業は業務の効率を向上させられる方法をほとんど無視してきた。建設業界は、経済の他の分野に変革をもたらしてきたデータ・サイエンスや自動化といったことを避けてきた。マッキンゼー・グローバル・インスティテュート(McKinsey Global Institute)の推計によると、建設業界は世界経済の大きな割合を占めるにもかかわらず、主要分野の中で最もデジタル化が遅れている分野であり、デジタル化に近づいてさえもいない。

現実には、たとえ際限なく続く許認可の遅れを改善し、煩雑な手続きを廃止したとしても、依然として悲しい現実に直面することになるだろう。建設業界は何かを建設することに関して、それほど効率的ではないという事実だ。

恐ろしい真実

少なくとも経済学者の見解では、生産性は産業の長期的な進歩を測る最良の指標である。技術的には、生産性とは労働者がどれだけの量を生産できるかという指標である。企業がより効率的な手法と新しいテクノロジーを採用するにつれて、生産性は向上し、企業は物(この場合は住宅や建物)をより速く、より安く作れるようになる。だが、建設業界では衝撃的なことが起こっている。過去数十年間で生産性が停滞し、さらには後退しているように見えるのだ。

シカゴ大学の著名な2人の経済学者は、最近発表した『The Strange and Awful Path of Productivity in the US Construction Sector(米国建設業界における生産性の奇妙で厳しい道のり)』という論文で、米国建 …

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