誇大広告だらけのエクソソーム治療、科学者が期待する真の利用法
美容クリニックで「万能薬」として数千ドルで売られるエクソソーム治療。しかし科学的根拠は乏しく、その効果や安全性は未解明だ。一方で研究者たちは、がんの早期発見や薬物送達への応用など、新たな可能性を見出しつつある。 by Jessica Hamzelou2024.11.26
- この記事の3つのポイント
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- エクソソームは細胞から放出される小さな粒子で未解明な点も多い
- エクソソームは病気の診断や治療に役立つ可能性があると期待されている
- エクソソームを利用した薬物送達や再生医療への応用が研究されている
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
ここ1カ月ほど、私はエクソソームについての長文記事を書いていた。読者の中には、エクソソームの広告を見たことがある人もいるかもしれない。エクソソームは、新たな美容治療として、若返りの泉として、さらにはあらゆる病気の万能薬として宣伝されている。
細胞生物学者であれば誰でも、エクソソームの正体を教えてくれるだろう。エクソソームとは、細胞から放出される小さな塊で、タンパク質やその他の物質を含んでいる。しかし、エクソソームの構成成分や機能については、まだ完全には解明されていない。にもかかわらず、一部のメディカルスパや美容クリニックは、エクソソーム「治療」に数千ドルを請求し、その効果を謳っている。エクソソーム治療を受けたある患者は、私にこう言った。「医学的効果を謳う誇大広告がなされているような気がします」。
一方で、エクソソームの働きをより正確に理解することを目指した、非常に興味深い科学的研究が進行中である。科学者たちは、この小さな粒子がどのように細胞間のコミュニケーションに役立っているのかだけでなく、病気の診断や治療にどのように利用できるのかも探っている。例えばある企業は、エクソソームを使って希少な神経系疾患を抱える患者の脳に薬を届ける技術を開発しようとしている。
このようなエクソソームの応用が実際に臨床で使用されるようになるには、まだ時間がかかるかもしれない。しかし、応用が実現すれば、それは少なくとも科学的根拠に基づいたものになるだろう。
エクソソームとは細胞外小胞の一種である。簡単に言えば、細胞から芽生える小さな袋状の構造を意味し、かつては細胞のゴミを運び出すものと考えられていた。しかし現在では、エクソソームは細胞や組織間で重要なシグナルを伝達している可能性があると科学者たちは考えている。
それらのシグナルの具体的な中身は、まだ完全には解明されていない。 たとえば、がん細胞から放出されるエクソソームの中身は、健康な細胞のエクソソームとは異なる可能性がある。
この特性により、エクソソームは将来的に病気の診断に役立つ可能性があると多くの科学者は期待している。理論的には、血液サンプルからエクソソームを分離し、その中身を分析することで、その人の細胞の状態を知ることができるかもしれない。エクソソームは、細胞がどの程度ストレスを受けているのか、あるいは死に近づいているのかを示す手がかりとなる可能性があり、腫瘍の存在を示すこともあり得る。
米国テキサス州ヒューストンにあるMDアンダーソンがんセンターのがん生物学者ラグ・カルリ教授は、この可能性を探っている研究者の一人である。「私は、エクソソームが、細胞がどのような状況にあるかを示す法科学的な指紋を提供する可能性が高いと信じています」とカルリ教授は話す。
しかし、これらのシグナルを解明するのは容易ではない。例えば、がん細胞由来のエクソソームは、周囲の細胞にシグナルを送り、周囲の細胞を「支配」し、がんの成長を助けるように誘導するかもしれない。また、腫瘍周囲の細胞は、免疫系に腫瘍を攻撃するよう促すSOSシグナルを発するかもしれない。「エクソソームが、がんの進行や転移に関与していることは間違いありません。(その役割が)正確に何であるかは、現在活発に研究されている分野です」(カルリ教授)。
エクソソームは、薬物送達にも役立つ可能性がある。結局のところ、エクソソームは本質的に、細胞間を行き来するタンパク質やその他の物質を内包する小さな袋である。中に薬を入れて、体内の特定の部位をターゲットにするのに使えるかもしれない。
エクソソームは人間の体内で作られるため、免疫システムに「異物」と見なされて拒絶される可能性は低い。また、エクソソームの外層は保護膜の役割を果たし、薬が目的地に到達するまで分解されるのを防ぐことができる。「エクソソームは薬物送達手段として非常に魅力的です」。英国ケンブリッジ大学でエクソソームを研究しているジェームズ・エドガー博士はこう説明する。
英国オックスフォードにあるエボックス・セラピューティクス(Evox Therapeutics)のデーブ・カーターは、エクソソームを利用した薬物送達の研究を進めている。カーターの研究チームは、細胞を操作して、希少な神経系疾患の治療に役立つ可能性のある化合物を生成させようとしている。そのようにして生成された化合物は、エクソソームに内包された状態で細胞外に放出される。
カーターらは、研究対象としているエクソソームのほぼすべてを変更をできる。エクソソームの中身を変えたり、タンパク質やウイルス、さらには遺伝子編集治療薬を内包させたりすることもできる。エクソソームの表面にあるタンパク質を微調整して、特定の細胞や組織を標的にすることもできる。エクソソームが動物の体内を循環する時間をコントロールすることもできる。
「私はいつもレゴで遊ぶのが好きでした。エクソソームを操作しているとき、レゴで遊んでいるような気分になります」。
また、一部の研究者は、エクソソームそのものに治療的価値があると考えている。特に、幹細胞由来のエクソソームが再生能力を持つ可能性に期待が寄せられている。
米国ニューヨークのコロンビア大学のケ・チェンは、心臓や肺の治療にエクソソームを利用するアイデアに興味を持っている。いくつかの予備的研究では、心臓や幹細胞由来のエクソソームが、マウスやブタなどの動物が心臓発作などによる心臓の損傷から回復するのを助ける可能性が示されている。
数多くのエクソソームの臨床試験が進行中であることは確かだ。臨床試験のデータベースで「exosomes」を検索すると、400件以上の結果が得られた。ただ、いずれも初期段階の試験であり、その質にもばらつきがある。
とはいえ、エクソソームの研究は興味深い時期にあるといえる。「エクソソームは成長分野です。今後5年間で、興味深い科学的知見がたくさん得られると思います」とチェン教授は話す。「私はそのような非常に楽観的な見通しを持っています」。
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。