絶滅寸前のアメリカグリ、
バイオ企業が再生目指す
「遺伝子組換えの森」
米国の森林を代表する巨木として知られるアメリカグリは、約100年前に侵入した真菌の胴枯病で40億本が消滅した。米バイオスタートアップのアメリカン・カスタネアは遺伝子組換えで病気に耐性を持つ新品種を開発し、絶滅危機の樹木の再生を目指している。 by Anya Kamenetz2024.10.31
- この記事の3つのポイント
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- アメリカグリを絶滅から救うため、遺伝子組換えによる復活を目指す動きがある
- 病気に強い遺伝子組換え種を大量に植樹し、森林再生や気候変動対策に役立てる構想
- 慎重な意見もあるが、人為的な生態系管理は避けられない現実かもしれない
天国の一部のように美しい空の下、なだらかな起伏のある緑の丘が、60万平方メートルにわたり遠くまで広がっている。樹木愛好家、自然保護活動家、研究生物学者、バイオテック起業家、ロングソックスに柔らかな生地の帽子をかぶったベンチャーキャピタリストなど、10人ほどの人々が、7月下旬の完璧な天候の日に車を走らせ、米国ニューヨーク州の田舎にあるこの場所にやって来た。
私たちがここに来たのは、バイオテックのスタートアップ企業、アメリカン・カスタネア(American Castanea)の種子農場で育つ、2500本以上の遺伝子組換えクリの苗を見るためである。膝ほどの高さしかないそれらの若苗は、おそらく初めて生態系復元のための手段として連邦規制当局の承認が検討されている、遺伝子組換え樹木のサンプルである。アメリカン・カスタネアの創業者たち、そして今日ここにいる他のすべての者たちは全員、このアメリカグリ(カスタネア・デンタタ)が機能的絶滅から蘇った最初の樹木種になり、まくいけば、後に続く樹木種があることを願っている。
千年にもわたって生き続けるアメリカグリの木は、かつて米国東部の一部の森林で林冠の支配的な割合を占めていおり、多くの米国先住民部族が食料としてこのクリに頼っていた。しかし1950年までには、おそらく日本のクリが持ち込んだと思われる真菌による胴枯病で、そのほとんどが枯れてしまった。「懸命な努力と素晴らしいアイデア、そして数十年にわたるイノベーションを経て、当社には現在、復元を可能にするように設計された樹木と科学プラットフォームがあります」と、アメリカン・カスタネアの共同創業者であるマイケル・ブルームCEO(最高経営責任者)は、日差しの下で目を細めている人々に語った。
つい昨年まで、アメリカグリを蘇らせるための35年にわたる取り組みは中止に追い込まれるかもしれないと思われた。しかし現在、連邦規制当局の承認が間もなく下りる見込みだ。そして、民間投資家と連邦政府から数百万ドルの新たな資金も提供される。ある環境保護非営利団体は、準備が整い、承認が下りればすぐに、年間最大100万本のアメリカグリを植樹することを、アメリカン・カスタネアと協議中だ。
このような試みは過去に例がない。しかし、自称「クリ狂い」たちは、胴枯病に耐性を持つ遺伝子組換えアメリカグリの大規模な再導入がモデルとなり、環境保護主義者たちがそれを参考にして一般的な樹木を再展開できると考えている。それが森林の復元や食料生産の転換につながり、気候変動や生物多様性の損失と闘うことになる。
「樹木には難しい時期です」。遺伝子組換えクリの規制承認申請を支援してきた自然保護団体、ネイチャー・コンサーバンシー(Nature Conservancy)の森林害虫・病原菌プログラム担当理事であるリー・グリーンウッドは言う。 「しかし、本当に興味深い将来性と希望があります」。
40億本の木が枯れた
「カリスマ的巨大動物」とは、パンダやシロナガスクジラなど、不釣り合いなほど多くの人々に愛され、そのためにリソースが投入される動物種を指す科学用語である。消滅寸前のアメリカグリは、ロッキー山脈以東で最もカリスマ的樹木かもしれない。その歴史的重要性、成長の速さ、実と木材両方の高い生産性から、生物学者、自然保護活動家、そして新しく参入した農家たちの間で他に類を見ないほどの関心を集めている。
胴枯病で枝枯れした木は、たまに再発芽することがある。アメリカン・チェストナット・コーポレーターズ財団(American Chestnut Cooperators’ Foundation)などのボランティア団体は、胴枯病に対する自然な抵抗力が少しずつ高まることを期待して、野生の樹木を採集して交配させる努力を数十年にわたり続けてきた。一方、ニューヨーク州立大学環境科学森林学部(ESF:Environmental Science and Forestry)は、別の団体アメリカン・チェスナット財団(TACF:American Chestnut Foundation)の支援を受けて、研究所とシラキュース郊外にある約18万平方メートルの森林で遺伝子工学を利用した研究をしている。
ESFの生物学者ビル・パウエル博士らの研究チームが1989年にクリの胚細胞の研究を始めたとき、培養プロセスを最適化して研究を実用的なものにするだけで10年かかった。その後、この小さな研究室の研究チームは、胴枯病の真菌が作り出す毒素のシュウ酸を不活性化する小麦遺伝子を胚に挿入した。このように樹木の遺伝子を組み換えた結果を集めるのには、時間がかかる。各世代の樹木で数年にわたり成長を待たないと、最も有用なデータが得られないからだ。しかし、最終的に研究チームは有望な種系統を作り出した。この種系統は、アメリカン・チェスナット財団を通じてこの研究に資金を提供したニューヨーク建設界の大物、ハーブ・ダーリングにちなみ、「ダーリング58(Darling-58)」と名付けられた。ダーリング58は完璧ではなく、結果は木や場所によってばらつきがあった。しかし最終的には、感染速度が遅く、キャンカー(胴枯病によってできる球根状の腫瘍)が小さいということがデータで示された。
2020年、ダーリング58は、おそらく連邦規制当局に承認を求める初めての遺伝子組換え森林樹木となり、自然界への導入の安全性を判断するため、米国農務省動植物衛生検査局、米環境保護庁(EPA)、および米国食品医薬品局(FDA)に提出された。
アメリカン・カスタネアも現在、ESFから得た非独占的商業ライセンスに基づき、ニューヨーク州でこの遺伝子組換えされた種系統のクリを植樹し、繁殖させている。ESFは、承認申請中のそれらの木を販売したいと考えている。そしてさらに前進を続け、遺伝子組換えによってより優れたクリの木を作り出し、まずは愛好家に、次に農家、そして最終的には自然保護活動家に販売して、材木や森林再生、もしかすると二酸化炭素回収のためにも役立ててもらうことを望んでいる。
この取り組みを支援するため、アメリカン・カスタネアは特に優れた特性を持つ野生標本を探している。2024年初頭、同社はある自然保護活動家が30年間愛情を込めて育ててきた果樹園を購入した。風の強い丘の上にあるその場所には、十数州のクリの自然生息地から迷子の子猫のように集められてきた、数百本の木が植えられている。
そのほとんどの木は、見た目が悪く、胴枯病で弱っている。膨らんだキャンカーがあったり、枝が「しおれて」葉が黄色や茶色に変色していたりする。大きな根系から季節ごとに顔を出す緑の新芽は、ただ倒れて枯れてしまう。「少し悲しくなります」と、アメリカン・カスタネアの共同創業者兼会長、アンドリュー・セラジンは言う。しかし、数本は約1.2メートルの高さまで伸び、キャンカーもわずかしかない。それらの標本はすべてサンプリングされ、現在、分析されている。今後、アメリカン・カスタネアがクリの遺伝子データベースを可能な限り完全なものにするための、基礎となるだろう。
そこからは、次のような計画を立てている。まず、生命情報科学と人工知能(AI)技術を応用して、遺伝的特徴を特定の形質と関連付ける。また、大麻産業で開発された、苗木生産、クローニング、高照度光室での成長加速などの技術を取り入れる。それらの技術のいずれも、この規模で森林樹に適用された例はまだない。さらに、胴枯病に強く、森林再生、木の実生産、木材などさまざまな用途に最適化された、多様で改良された新しい種系統のクリをいくつか開発する。そして、これまでにない規模で苗木を生産する。望んでいるのは、病気耐性を持つ種系統の木が野生で繁殖するまでにかかる時間を短縮し、復元のスピードを加速させることで …
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