1980年代から90年代にかけて深層学習に関する先駆的な研究をし、現在世界中で最も強力な人工知能(AI)モデルすべての基礎となる業績を残したコンピューター科学者、ジェフリー・ヒントン(トロント大学教授)が、スウェーデン王立科学アカデミーから2024年のノーベル物理学賞を授与された。
発表の数分後、スウェーデン王立科学アカデミーと電話で話したヒントン教授は、驚きを隠せない様子だった。「まさか、こんなことになるとは思いもよりませんでした。とても驚いています」。
ヒントン教授は、データを保存し再構築できるパターン・マッチング型のニューラル・ネットワークを発明したコンピューター科学者のジョン・ホップフィールド(プリンストン大学教授)と共同で受賞した。ヒントン教授は、ホップフィールド・ネットワークとして知られるこの技術を基に、ニューラルネットワークに学習させることを可能にするバックプロパゲーション(逆伝播)というアルゴリズムを開発した。
ホップフィールド教授とヒントン教授は物理学、特に統計的手法などの手法を借りてそれぞれのアプローチを開発した。ノーベル委員会の言葉を借りれば、2人は「人工ニューラルネットワークによる機械学習を可能にする基礎的な発見と発明」が評価された。
ただ、2023年5月、MITテクノロジーレビューが、ヒントン教授が自身の生み出した技術を恐れるようになった、というニュースを報じて以来、76歳の科学者であるヒントン教授は、破滅論者の代表的人物としてよく知られるようになった。破滅論とは、近い将来のAIが人類の絶滅を含む破滅的な結果をもたらす現実的なリスクがあるという考えである。
破滅論自体は新しいものではなかったが、2018年にコンピューター科学の最高峰の賞であるチューリング賞を受賞したヒントン教授の発言は注目を浴びた。かつて多くのコンピューター科学者が懐疑的な見方を示してきた立場に、新たな信憑性をもたらしたからだ。
なぜヒントン教授は発言したのか。昨年、ロンドンにあるヒントン教授の自宅を訪れた際、ヒントン教授は新しい大規模言語モデルの能力に畏敬の念を抱いていると語っていた。オープンAI(OpenAI)の最新の主力モデルであるGPT-4が数週間前にリリースされたばかりだった。ヒントン教授が目にしたものは、深層学習を基盤とする技術が、急速に人間より賢くなるだろうという確信を抱かせるものだった。そして、そうなった時にAIがどのような動機を持つかを心配していた。
「今後人間よりも知能の高いツールが登場するかどうかという議論について、私は突如、自分の見解を切り替えました」。ヒントン教授は当時、私にこう語った。「現在AIは非常にそれに近い状態で、将来は私たちよりもずっと知能が高くなると思います。私たちはどうすれば生き残れるでしょうか」。
ヒントン教授の見解は数カ月にわたるメディアの話題を引き起こし、破滅論者たちが想像していた実存的リスク(経済崩壊から大量殺戮ロボットまで)を主流の懸念事項に押し上げた。何百人もの一流の科学者や技術リーダーたちが、AIの潜在的な破滅的欠点を警告する公開書簡に署名した。AI開発のモラトリアムが提案され、政治家は最悪の事態を防ぐためにできる限りのことをすると有権者に約束した。
こうした話題を呼んだにもかかわらず、多くの人々はヒントン教授の見解を空想的だと考えている。2018年にヒントン教授と共にチューリング賞を受賞したヤン・ルカン(メタAI主任科学者)は、破滅論を「とんでもなく馬鹿げている」と一蹴している。
今回の受賞は、日常生活の一部となったテクノロジーの基礎的な業績を称えるものである。同時に、ヒントン教授の煽情的な意見にもさらに強い光を当てることになるだろう。
ジェフリー・ヒントン教授のノーベル物理学賞受賞を記念して、過去に掲載したMITテクノロジーレビューのインタビュー記事を期間限定で無料公開します。ぜひご覧ください。