9月30日、英国は同国で稼働していた最後の石炭火力発電所を停止させ、エネルギーシステムの歴史に一つの区切りを付けた。かつて送電網の主力電源の座を占めていた石炭は、より汚染の少ないエネルギー源に着実に置き換えられてきた。
石炭は今日の送電網で使用される燃料の中で、最も二酸化炭素排出量が多い。石炭から他の化石燃料に切り替えるだけでも気候汚染を削減する効果がある。一部の国はすでにこの燃料転換を本格的に開始しており、先進国7カ国(G7)は2035年までに二酸化炭素回収設備を持たない石炭火力発電所を段階的に廃止することで合意している。しかし、世界の他の地域ではいまだに石炭の利用が盛んであり、特に電力需要が急速に伸びている大国でその傾向が顕著である。
2度の石炭削減の物語
9月30日の深夜に停止予定の発電所はラトクリフ・オン・ソアー(Ratcliffe-on-Soar)と呼ばれ、英国における石炭の最後の砦である。この国では石炭に深い歴史があり、100年以上にわたって石炭に頼ってきた。1990年までは、国内発電量の大部分を石炭が占めていた。
それ以来、英国では石炭削減の大きな波が2度訪れた。最初の波は1990年代に起き、電力供給量全体に占める石炭の割合が約65%から約35%に減少した。この時期には全国で多くの炭鉱が閉鎖された。石炭は、より入手が容易で経済的にも石炭を上回る天然ガスに置き換えられたと、世界資源研究所(World Resources Institute)のジョエル・イェーガー上級研究員は述べている。
そして約10年前、石炭廃止の第二波が到来した。今回は政策が引き金となった。当時英国が加盟していた欧州連合(EU)が炭素に価格を設定し、英国は2013年にさらに高い炭素価格を導入した。この政策により、石炭はますます経済的な選択肢とは言えなくなったとイェーガー上級研究員は言う。また、2010年代には再生可能エネルギー(主に風力とバイオエネルギー)が急速に普及し、残っていたほとんどの石炭火力発電所を置き換える形となった。
石炭を最も早く段階的に廃止した国の中で、英国の変革は特に顕著だったとイェーガー上級研究員は述べている。英国は送電網から石炭を完全に排除することに成功したからだ。変革が急速に進んだ他の国としては、2021年末に石炭火力発電所を完全に廃止したポルトガルや、2014年には電力の半分以上を石炭に依存していたが、2023年には10%以下にまで削減したギリシャが挙げられる。また、デンマークも石炭使用量を急速に減らしており、他国と異なり、天然ガスではなくほぼ完全に再生可能エネルギーへ置き換える形で転換を遂げている。
自然な転換
米国は石炭から最も早く脱却した国の中で最大の国であると、イェーガー上級研究員は述べている。米国では、英国のような急速な転換ではなく、より着実な変化が起きてきた。かつて電力の50%以上を石炭に依存していたが、過去40年間でその割合は20%にまで減少した。
この変化の背景には、米国内で天然ガスが急速に普及したことがある。2000年代半ばに始まった水圧破砕法(フラッキング)によって、天然ガスの国内供給が容易になり、価格も低下したとイェーガー上級研究員は説明する。さらに近年では、石炭火力発電所の汚染基準が徐々に厳しくなり、発電所設備の老朽化も進んでいることから、運営コストが上昇し、廃止される発電所が増えているという。
最近では、風力や太陽光などの再生可能エネルギーが送電網に加わるようになった。再生可能エネルギーのコストは税額控除によって低下し、多くの老朽化した石炭火力発電所の閉鎖を後押ししている。米国は、2035年までに二酸化炭素排出を伴わない石炭火力発電所を完全にゼロにすることで合意したG7参加国の1つである。
ドイツもこの10年間で石炭使用量をほぼ半減させており、その大部分を天然ガスではなく再生可能エネルギーに置き換えている。一方で、ドイツは原子力発電所の閉鎖も進めており、2023年4月には国内最後の原子力発電所が稼働を停止した。批評家の中には、この原子力発電所の廃止が石炭からの脱却を遅らせたと主張する者もいる。
石炭が依然として主流である地域
欧州や北米など多くの国々で石炭離れが進んでいる一方で、石炭を依然として活発に利用している国も存在する。全世界のエネルギー需要は増加の一途をたどっており、石炭は依然として世界最大のエネルギー源となっている。電力需要の約35%が石炭によって賄われているのが現実だ。
この傾向が最も顕著に現れているのは中国である。これまでに挙げられた国々(英国、ドイツ、米国、ギリシャ、デンマーク)では、2005年以降、電力需要が安定または減少傾向にあるが、中国では送電網が劇的に拡大している。
中国の電力需要は、1985年には約400テラワット時だったが、2005年には2500テラワット時に達し、2023年には9500テラワット時にまで増加している。中国はこの膨大な需要に対応するため、発電所の建設を急ピッチで進めており、新設される発電所の多くが石炭火力発電所である。
今年、世界中で新たに稼働を開始した石炭火力発電所の約3分の2は中国に立地している。しかし、中国では風力や太陽光といった再生可能エネルギーも急速に増加している。その結果、石炭の使用量が急増しているにもかかわらず、国内送電網に占める石炭の割合はここ数年間でわずかに減少している。
インドでも電力需要が急速に増加しており、2023年時点で石炭は同国の発電量の約75%を占めている。
良いニュースは、石炭ブームがさらに進行して状況がもっと悪化する可能性があったものの、ある程度抑制されていることだと、イェーガー上級研究員は言う。2015年(主要国がパリ協定に署名し、産業革命以前の気温上昇を約1.5℃に抑える目標を設定した年)には、世界中で1500ギガワット近い石炭発電能力が計画段階にあった。2023年の時点で、そのうち約半数が中止または保留となり、約30%が稼働を開始、残りは建設中である。
石炭火力発電所を閉鎖することは、送電網からの二酸化炭素排出量を迅速に削減する素晴らしい方法である。問題は、石炭の使用量が依然として増加を続けている多くの国々では、英国のような国々よりも石炭からの脱却が困難だということだ。
中国とインドの石炭火力発電所は比較的新しく、今から段階的に廃止することは経済的な損失が大きい。また、両国ともに国内の石炭産業が活気づいており、石炭からの脱却が国民経済に悪影響を及ぼす可能性がある。
現在、中国とインドは多量の二酸化炭素を排出しており、その量は増加傾向にあるが、歴史的に見て気候変動に最大の影響を与えた国ではない。1850年以降の世界の温室効果ガス排出量の合計のうち、欧州と米国が約40%を占めており、これらの国々が気候危機を最も進行させてきたと言える。
英国、ドイツ、米国のように石炭から脱却できた裕福な国々は、同じように脱却を目指す国々を財政支援や技術共有、その他の方法を通じて支援する必要があるだろうとイェーガー上級研究員は話す。
英国で最後の石炭火力発電所が閉鎖されたことから得られる教訓があるとすれば、それは「化石燃料からの急速な移行は可能だ」ということだと、イェーガー上級研究員は付け加えた。