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米国で感染拡大、もはや鳥だけの問題ではない「鳥インフル」問題
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Why virologists are getting increasingly nervous about bird flu

米国で感染拡大、もはや鳥だけの問題ではない「鳥インフル」問題

鳥インフルエンザの牛への感染は確実に広がっており、そのことを示す証拠がいくつも見つかっている。専門家は実態がさらに深刻である可能性を指摘し、対応の遅れを懸念。ウイルスの進化と新たな感染経路の出現で、世界的なパンデミックのリスクが高まっている。 by Jessica Hamzelou2024.09.22

この記事の3つのポイント
  1. 米国の乳牛で鳥インフルエンザが蔓延し深刻な状況である
  2. ウイルスは牛から家禽や他の動物へ感染を繰り返している
  3. ウイルスの変異で人へ感染するリスクが高まっている
summarized by Claude 3

米国では乳牛の間で鳥インフルエンザが蔓延しており、その規模は想像よりもはるかに深刻である可能性が高い。さらに、3月以降、米国では14人の感染者が報告されている。いずれも憂慮すべき展開であるとウイルス学者たちは指摘し、ウイルスに対する米国の対応の甘さが、世界全体を再びパンデミックの危機にさらすことになると懸念している。

ここ数年で広がっている鳥インフルエンザの型(H5N1型)は、何百万羽もの鳥と何万頭もの海生・陸生哺乳動物が死ぬ原因となってきた。しかし、3月に初めて報告された乳牛への感染により、人への感染が現実に一歩近づいてきた。それ以来、事態は悪化の一途をたどっている。ウイルスは牛から家禽へ何度も感染しているようだ。「もしそのウイルスが乳牛の中で生き残れば、酪農家は永遠に家禽の問題を抱えることになるでしょう」と、英国サリー州ウォキングにあるパーブライト研究所(Pirbright Institute)のウイルス学者トーマス・ピーコック博士は言う。

さらに悪いことに、現在牛の間で広がっている鳥インフルエンザのこの型は、渡り鳥の間で再び広がる可能性がある。すでに広がっている可能性もある。もしそうであれば、これらの渡り鳥がウイルスを世界中に広めることになると予測できる。

「今、私たちが十分な対策を講じていないことは本当に困った事態です」と、ジョージア州アトランタのエモリー大学医学部のウイルス学者、シーマ・ラクダワラ准教授は言う。「私は通常、パンデミックに対する恐怖心は控えめな方ですが、このウイルスが牛に感染したことは本当に憂慮すべき事態です」。

鳥だけのインフルエンザではない

鳥インフルエンザという名称は、鳥の間で安定的に感染拡大することから付けられた。ここ数年、鳥の個体数を激減させているH5N1型は、1990年代後半に初めて発見された。しかし、2020年には、H5N1型が欧州で「大規模に」流行し始めたと、ピーコック博士は言う。渡り鳥のカモやガチョウ、その他の水鳥によって、このウイルスは世界中に広がった。ウイルスは数カ月から数年かけて、アメリカ大陸、アフリカ、アジアに広まり、今年に入ってついに南極大陸で検出された

多くのカモやガチョウはウイルスに感染しても生き延びることができるようだが、他の鳥類ははるかに脆弱だ。たとえば、H5N1型はニワトリにとっては特に致命的で、頭部が腫れ、呼吸困難に陥り、激しい下痢を起こす。また、なぜそうなるのかは不明だが、ツノメドリやウミバトなどの海鳥も特にウイルスに感染しやすいようだ。ここ数年、鳥インフルエンザの鳥でのアウトブレイクが過去最悪の規模で発生している。何百万羽もの家禽が死に、野生の鳥も、数は不明だが、少なくとも数万羽が死んでいる。「海に落ちて二度と姿を見せなかった鳥がどれほどいるのか、私たちはにはまったくわかりません」とピーコック博士は言う。

さらに憂慮すべきことに、感染した鳥を狩ったり、死骸をあさったりする動物もウイルスに感染している。感染した哺乳類には、クマ、キツネ、スカンク、カワウソ、イルカ、クジラ、アシカなど、多数が含まれる。これらの動物の中には、ウイルスを同種の他の個体に感染させられるものもいるようだ。2022年には、チリで始まったアシカでのH5N1型のアウトブレイクがアルゼンチンに広がり、最終的にはウルグアイとブラジルにも広がった。少なくとも3万頭が死んだ。アシカはアルゼンチンの近くのゾウアザラシにもウイルスを広めた可能性があり、ウイルスにより約1万7000頭が死んだ。

これは感染した動物たちにとってだけでなく、人間にとっても悪いニュースだ。もはやこれは単なる鳥インフルエンザではない。ウイルスが他の哺乳類にも感染するとなると、人間に感染する可能性が一歩近づく。人間が多くの時間触れ合う動物にウイルスが広まると、その可能性はさらに高まる。

これが、乳牛でのウイルスの感染拡大が悩ましい理由のひとつである。牛の間で感染が拡大しているウイルスの型は、渡り鳥の間で伝播していたものとはわずかに異なっていると、ラクダワラ准教授は言う。このウイルスでの変異によって、牛の間で感染が拡大しやすくなっている可能性が高い。

牛群内での搾乳機の共有を通じて、ウイルスの感染が拡大していることを示唆するエビデンスがある。感染した牛乳が機器を汚染し、別の牛の乳房へのウイルスの感染を可能にしている。また、ウイルスは恐らく、複数の農場で働く人々や他の動物、あるいはもしかすると空気中の飛沫を介し、群れの間でも広がっている。

感染した牛の牛乳は、ヨーグルトのように濃くなっているように見えることがあり、農家はそれを排水溝に流しがちだ。これは最終的に農場で灌漑されることになる、とラクダワラ准教授は言う。「ウイルスが不活性化されない限り、環境中では感染性を保ち続けるだけです」。他の動物もこのようにしてウイルスに晒される可能性がある。

隠れた感染

米国ではこれまでに、14の州で合計208の牛の群れの感染が報告されている。州によっては、牛の感染例が1、2例しか報告されていないところもある。しかし、検査を多く実施している州でウイルスが急速に牛の群に広がっていることを考えると、全容が明らかになっている可能性は極めて低いとピーコック博士は言う。コロラド州では、低温殺菌牛乳を販売する州の認可を受けた酪農場は、毎週牛乳サンプルを提出して検査を受けることが義務付けられているが、64の群れが感染したことが報告されている。同じ義務がない隣接するワイオミング州では、感染した群れの報告は1件だけとなっている。

人間の感染者数についても、正確な数字は把握できていないと、ラクダワラ准教授は言う。米国疾病予防管理センター(CDC)の公式な数字では、2024年4月以降の感染者は14人となっているが、検査は日常的に実施されているわけではない。また、現在のところ感染者の症状はかなり軽度であるため、感染者の多くを把握できていない可能性が高い。

「出てくるデータに大きなギャップがあるため、非常にフラストレーションを感じています」と、ピーコック博士は言う。「多くの外部の観察者が、このアウトブレイクが特に深刻に受け止められていないと考えていると言って問題ないと思います」。

また、ウイルスはすでに牛から野生の鳥や家禽に戻っているとラクダワラ准教授は言う。「鳥や牛の間でウイルスがさらに広がる懸念は確かにあります。しかし、ヤギのような他の反芻動物にも広がる可能性もあります」。

米国の牛群から鳥インフルエンザ・ウイルスを排除するのは、すでに手遅れかもしれない。ウイルスが蔓延し続けると、個体群内で安定化する可能性がある。これは、世界中の豚インフルエンザで起こったことであり、大惨事につながる可能性もある。ウイルスは人間や牛と接触する他の動物に対して常にリスクをもたらすだけでなく、時が経つにつれて進化する可能性もある。この進化がどのような形になるかは予測できないが、その結果、人々の中で感染が広がりやすくなったり、致命的な感染を引き起こしたりするウイルスの型になる可能性もある。

現時点では、ウイルスが変異したことは明らかだが、このようなより危険な変異はまだ起こっていないと、ヒューストンにあるベイラー医科大学(Baylor College of Medicine)のバイオインフォマティクス科学者、マイケル・ティサ助教授は言う。とはいえ、ティサ助教授とその同僚らは、テキサス州の10都市の下水でウイルスを調査しており、そのうちのすべてでH5N1型を発見している

ティサ助教授らの研究チームは、発見したウイルスがどこから来たのか、たとえば、鳥からなのか、牛乳からなのか、感染した人からなのか、把握できていない。しかし、渡り鳥や家禽の間で感染が拡大した2022年と2023年に研究チームは下水でウイルスの兆候を見つけることはなかった。「2024年は、状況は異なっています」と、ティサ助教授は言う。「多くの兆候が見られます」。

ウイルスが哺乳類、特に牛の間で進化し、広がっているというエビデンスもあり、ウイルス学者たちは警戒を強めている。「このウイルスは、現時点ではヒトでのパンデミックを引き起こしていません。これは良いことです」と、ティサ助教授は言う。「しかし、パンデミックを起こす可能性のあるウイルスです」。

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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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