2012年、北米を中心に出会い系アプリ「ティンダー」(Tinder)がインターネットに新しい流行の嵐を起こした。ティンダーは、近隣にいるデート相手候補の写真をユーザーに見せる。ユーザーは写真を気に入れば右にスワイプ、気に入らなければ左にスワイプする。2人のユーザーが互いを気に入れば、アプリに組み込まれたメッセージングサービスで2人が連絡を取れる。
ティンダーはデートアプリの基本ルールを変革した。以前、大半のデートサービスは共通の関心事や年齢、将来設計といった広範な条件からデート相手を見つけていた。一方、ティンダーで大事なのは第一印象だけだ。
人間が相手を選ぶ方法を何十年も研究してきた人類学者にとっては面白いテーマだ。考慮に入れる要因があまりにも多くこの分野の研究は難しい。だが、第一印象だけに頼るティンダーは現実よりはるかに単純な環境なので研究対象として興味をそそられる。しかも、ティンダーのデート相手探し戦略を研究した人はいない。
ロンドン大学クイーンメアリー校のガレス・タイソン研究員のチームは、ティンダーの相手探し戦略を世界で初めて研究し、配偶者探しの研究は苦労が多いという人類学者の常識を覆そうとしている。まず、タイソン研究員が明らかにしたティンダーの異なるユーザーグループ間のきわだった差異は、直観に反する現象だ。また、この研究は、特に男性が成功確率をなるべく高めたいときのヒントも示している。
ただし、研究チームはティンダーの生データにはアクセスできない。そこで情報を収集するための別の方法を編み出した。研究チームは普通のユーザーを模倣するように設計された14個の異なるティンダーアカウントを作成した。ニューヨーク在住の白人男性で、ストック写真1枚のみのアカウントが3つ、2枚以上の写真のあるボランティアの白人男性アカウントを2つ作成。対照群として、写真のない男性のアカウントを1つ、アカウントが無効になっていると表示される写真付きの男性のアカウントも1つ作成した。同様に、白人女性のアカウントも7つ作成した。
人種を白人の男女のみにしたのは、実験の変数の数を減らすためだ。場所に起因する変動要因を減らすため、ロンドンでも偽のアカウントを作成した。ただし、ボランティアが住んでいる町の住民がボランティアに気付くないように、ボランティアのアカウントはニューヨークで作成した。(ただし、なぜニューヨークでボランティアを募集しなかったのか、なぜロンドンにアカウントを設定したのかは明確でない)
また、すべてのアカウントで、平凡な外見の人の写真を使った。
「我々の研究は、美貌や魅力のような属性の測定を意図していないことを強調しているのです」(研究チーム)
次に研究チームは、各プロファイルのマッチ相手を検索し、年齢、性別、経歴など、マッチ相手の詳細情報を記録し、それらすべてのマッチ相手を気に入るアルゴリズムを作成した。この方法で合計約23万人の男性のプロファイルと約25万人の女性のプロファイルを調査した。各プロファイルが獲得したお気に入りの数を数えることにより、研究チームは好意的に応答した他のユーザーの割合を調べられた。
データを分析した結果、性別による興味深い差異が明らかになった。まず、男性と女性では、ティンダーで潜在的な相手と関わるとき、まったく異なる戦略を使う。男性は見た女性の大半を気に入る傾向があるが、気に入った女性からマッチを獲得する率は0.6%にすぎない。
女性はそれと逆の戦略を取る。女性は男性に比べてえり好みがはるかに激しいが、マッチ率は10パーセントと、男性よりずっと高い。
興味深いのは、研究チームのプロフィールが男性のものか女性のものかに関わらず、マッチの大部分が男性だったことだ。
「我々のデータセットにおける男女の比率はおよそ半々ですが、平均して研究チームの男性プロフィールが獲得するすべてのマッチの86%は他の男性です」(研究チーム)
これは、男性同性愛者がティンダーで重要な役割を果たしていることを示している。研究者は「同性愛の男性は異性愛者の女性より相手を気に入ることにはるかに積極的です」と説明している。
同様に不思議なのは、アカウントが無効と表示される研究チームの1つの男性プロファイルが獲得したマッチは、すべて女性からだったことだ。その理由は明らかではない。
男性と女性がマッチを獲得する方法も異なる。男性は時間をかけてゆっくりマッチを獲得する傾向があるが、女性はマッチをすばやく獲得し、最初の1時間で200以上のマッチを獲得した。研究チームは合計8248の男性のマッチを獲得したが、女性のマッチはわずか532だった。
もう1つの男性と女性の違いは、マッチを獲得した後の行動だ。女性は男性より相手とずっと深く関わる傾向があり、マッチ相手にメッセージを送る可能性が高い。
「全体を見ると、女性のマッチの21%がメッセージを送るのに対して、男性のマッチがメッセージを送る率はわずか7%です」(研究チーム)
また、女性はメッセージにより多くの時間をかける。男性からのメッセージのほぼ3分の2はマッチが成立してから5分以内に送信されるが、女性からのメッセージのうちマッチの成立後5分以内に送信される割合は18%にすぎない。また、男性のメッセージは平均してわずか12文字と短い。これはおそらく「やあ、こんにちは」のようなメッセージだろう。対して、女性のメッセージの長さは平均で122文字だった。
特に男性のプロフィールでは、写真の数も違いを生む。「男性のプロフィール写真が1枚の場合は、4時間後に成立したマッチがわずか44だったのに対して、写真が3枚になるとマッチの数が238に増えました」と研究チームは述べている。
経歴にも効果がある。「経歴がない男性のストック写真付きプロフィールは平均して16個のマッチを女性から獲得しました。経歴を加えると、約4倍の69にまで増えました」(研究チーム)という。
調査結果は、ティンダーで獲得するマッチの数を大幅に増やすために男性ができる2つの簡単なことを示している。1つはプロフィールに経歴を含めること、もう1つは写真の数を増やすことだ。
最後に、研究チームはティンダーを頻繁に使っているユーザーにアンケートを送り、ティンダーを使用する動機と採用している戦略について尋ねた。面白いのは、男性が、サービスで表示される女性の大部分をお気に入りにする要因の1つに低いマッチング率を挙げていることだ。
これは、より極端な戦略の採用を男性と女性に強いる行動の悪循環が存在することを意味している。「我々の研究結果は、男性がマッチの獲得を期待してえり好みしない方針を強いられるのに対して、女性は自分が気に入ったプロフィールはマッチに結び付く可能性が高いことがわかっているので、安心してえり好みの度合いを強める『フィードバックループ』の存在を示します」と研究チームはいう。
フィードバックループの行き着く先の1つは、男性が結局は見た女性すべてを気に入ることになるのに対して、女性はだれかを気に入れば必ずマッチが保証されることだ。その場合、ティンダーは実質的に崩壊する。
もっともあり得る結末は、進化的により安定した戦略が出現することだ。もしかするとその戦略はもう出現しているかもしれない。ティンダーだけが自社のデータからその結末を知るが、ティンダーは何も語らない。
いずれにしても、これは興味深い研究だ。