小中学生が「MITの伝統」も体験したSTEAMワークショップ

Putting the Fun into STEAM: MIT Association of Japan Hosts Workshops for Teens 小中学生が「MITの伝統」も体験したSTEAMワークショップ

MIT初の日本人留学生が卒業して今年で150年。同大学の卒業生らで構成する日本MIT会は、記念イベントとして全国5カ所でSTEAMワークショップを開催した。 by Chitra Yamada2024.09.25

慶応3年(1867年)、わずか13歳だった本間英一郎は、福岡藩主の命により遠く米国へと旅立った。長い航海の末にボストンに到着し、数年間の学びを経て、1870年から1874年にかけてマサチューセッツ工科大学(MIT)で土木工学を学び、理学士号を取得。帰国後は日本の鉄道の発展に大きく貢献した。

それから150年が経った現在、多くの日本人がMITの卒業生として活躍している。同窓会組織である「日本MIT会」の会員数は1900人を超え、米国に次ぐ規模となっている。

未来を担う子どもたちへ:全国5カ所でのSTEAMワークショップ

日本MIT会は、卒業生同士の交流だけでなく、社会に開かれた組織として一般向けの講演会などのイベントを定期的に開催している。2024年は本間英一郎氏のMIT卒業150周年を記念し、本間氏にゆかりのある場所を含む全国5カ所でSTEAM(Science, Technology, Engineering, Arts and Mathematics)ワークショップを開催。MITの学生インターンを日本に派遣するMIT-Japan Programと共同で実施された。

参加対象は各会場とも小学5〜6年生と中学1年生。8月4日に東京工業大学で開かれた回に限り、ジェンダーギャップ解消を目的として女子のみを対象とした。当日は、MITメディアラボ元助教のスプツニ子!氏の基調講演をはじめ、MIT卒業生らによる講演とDNA抽出実験、STEAMフェア、Egg Drop実験など、充実したプログラムとなった。

STEAM を将来の選択肢のひとつに

日本MIT会会長のロメインさわか氏は、開催の意図について「若い世代にSTEAMの魅力を知っていただきたい」と述べ、「できる限り女子にもSTEAMが魅力的だと体験して ほしい」として、東工大会場を女子のみとした理由を説明した。

日本MIT会会長のロメインさわか氏/写真:山田ちとら

MIT-Japan Programの代表、クリスティーン・ピルカベージ氏は、STEAMの中でも創造性を生み出すArt(アート、またはクリエイティビティ)の重要性を強調した。MIT-Japan Programは1981年にMITで設立され、MITの学生と日本の大学、企業、研究機関などをつなぎ、学生の知識向上や社会問題の解決に貢献することを目的としている。

当日ファシリテーターを務めたMIT Japan ProgramのメンバーとMITの卒業生/写真:山田ちとら

東京工業大学学長の益一哉氏は、MITと東工大の共通点と相違点を説明した。両校ともトップクラスの理工系学生が集まる一方で、女子学生の比率には大きな開きがある。東工大の新入学生のうち女子が占める割合は15%にとどまるが、MITでは48%から50%が女子学生だという。

しかし、MITも1970年代は女子学生が5%しかいなかった。その後、意識的に女子やマイノリティの人数を増やし、多様な人種やジェンダーの学生が共に学べる環境を構築してきた。

東工大でも女子枠を設けるなど、多様性の確保に向けた取り組みを進めている。2024年10月1日には東京医科歯科大学と統合し、新たに「東京科学大学」として生まれ変わる予定だ。理工系だけでなく医学、医療、看護の研究分野を包括し、多様な学生を受け入れる枠組みを作る。今回の参加者が大学に進学する頃には、「Science Tokyo」という略称で知られるようになっているだろう、と益氏は述べた。

スプツニ子!氏が語った理系女子の邁進

基調講演に立ったスプツニ子!氏は、自身がSTEAMに携わるようになった経緯を語った。日本人の父と英国人の母を持つ氏は、幼少期から数学とコンピューター・プログラミングに親しんでいた。英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンに進学後、さらに英国王立芸術学院(RCA)で学び、その後MITメディアラボで助教として4年間学生を指導した経験を持つ。

スプツニ子!氏/写真:山田ちとら

スプツニ子!氏は、「スペキュラティブデザイン」という概念を用いて、未来の可能性を問いかける作品を創作している。例えば、ゲノム編集を施し、赤く光り、 愛情ホルモンを含む糸をはく 蚕を作り出す『運命の赤い糸をはく蚕 – タマキの恋』という作品だ。「伝説の運命の赤い糸を科学の力で生み出し、 新しい神話を作ることができるのか ないか、というのがこの作品での試みです。 赤く光るサンゴの遺伝子を蚕に入れて、かつ愛情ホルモンであるオキシトシンを作る遺伝子を蚕の中に入れることで、世界で初めて愛情ホルモンが入った赤く光る「運命の赤い糸」を作りました」(スプツニ子!氏)

また氏は「テクノロジーやサイエンスには多様な視点が入るべき」と主張し、日本に根強く残るジェンダーバイアスの解消を訴えた。また、保護者向けの特別講演では、理系を志す人材の多様性が重要である理由を説明。「医学の分野にはこれまで女性の研究者が少なかったため、PMSやつわりのように、女性とって大事な健康課題はあまり研究されてこなかった」と具体例を挙げ、テクノロジーやサイエンスが社会を形作る以上、多様な視点が不可欠だと強調した。

正解のない実験

ワークショップの核心は、午前中のDNA抽出実験と午後の物理実験(Egg Drop)だった。DNA抽出実験では、参加者がペアを組み、与えられた4つの工程を最適な順序で組み立てる必要があった。この実験には、クイズ形式や失敗から学ぶ機会の提供、「正解がない」という設定など、いくつかの工夫が凝らされていた。

4枚のカードが配られ、最適な手順を考える。どの手順でも可能だが、ちなみに推奨される手順は、「液とフルーツを準備する」「細胞膜を壊してDNAを取り出す」「DNA液をきれいにする」 「DNAを集める」だという/写真:山田ちとら
写真:山田ちとら

司会を務めた日本MIT会ディレクターの岩島洋吉氏は、エンジニアにとって重要なのは「学ぶこと」だと説明。自ら課題を定義し、想像力を駆使してアプローチを考え、実践し、結果を見て改善し、周囲と共有するというプロセスの重要性を強調した。

午後のEgg Drop実験では、MITの伝統的イベントを再現。参加者は10グループに分かれ、制限時間内に卵を守る装置を設計・制作した。与えられた材料は紙皿、紙コップ、ひも、テープ、紙などの身近なものばかり。各グループの創意工夫を凝らした装置は、2階の高さから落下実験が行われた。

写真:山田ちとら
写真:山田ちとら

参加者からは、「決められた工程ではなく、みんなで試行錯誤できるのがとても楽しかった」「化学と物理の体験を通して、仮説を考えるところにはアートな感覚があった」といった感想が寄せられた。保護者からも、「女性も理系分野に臆することなく進んでいける環境が整いつつあることを知り、視野が広がった」という声があった。

閉会後の東工大キャンパスツアーでは、参加した児童の一人が「東工大に進学したい」と話すなど、ワークショップは次世代の理系人材育成につながるよい機会となったようだ。数年後には新たな志をもった参加者が、Science TokyoやMITの門を叩くことを期待したい。