西田亮也:宇宙から地上へ、「土作り革命」で農業の未来を拓く起業家
トーイング(TOWING)の最高技術責任者(CTO)西田亮也は、未利用バイオマスを活用した高機能バイオ炭「宙炭(そらたん)」を実用化した。農業のあり方を大きく変え、温室効果ガス削減に寄与する技術は、宇宙農業も実現し得るものだ。 by Yasuhiro Hatabe2024.09.11
「高機能ソイル」技術を用いて農家の作物栽培を支援する、名古屋大学発のスタートアップ「TOWING(トーイング)」の最高技術責任者(CTO)、西田亮也は2022年、「Innovators Under 35 Japan (35歳未満のイノベーター)」の1人に選ばれた。
トーイング創業のきっかけになったのは2019年、兄の西田宏平が率いるチームが内閣府主催の宇宙ビジネスコンテスト「S-Booster」に参加したことだった。月や火星の砂を加工した多孔質担体に、地球の土壌微生物群を定着させることで人工的に土壌を創出し、宇宙での持続可能な農業を可能とするビジネスプランを発表、スポンサー賞を受賞した。このビジネスプランの実現に向けて2020年2月に設立されたのがトーイングだ。宇宙スタートアップとしての出発だった。
宇宙スタートアップから地上の農業を支援する会社へ
子どもの頃から宇宙に強い関心を抱き、いずれ宇宙に携わる仕事がしたいと思っていた西田は、兄に誘われる形でトーイングの創業メンバーに加わった。「自分が育った滋賀県信楽町はかなりの田舎で、祖父が米農家をしていたり、祖母も家庭菜園で野菜を栽培していたりして、農業に馴染みがあったことも大きい」と西田は話す。
宇宙での農業を可能にする技術が地上の農業にも転用できることは、創業前からメンバーの間では話題に上がっていた。ただ、具体的にトーイングの事業に加わったのは創業後のことである。
「IU35の受賞後、会社としてのMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)をあらためて策定しました。特に、『サステナブルな次世代農業を起点とする超循環社会を実現する』というミッションが定まったことで、自分たちが目指す方向や役割が明確になったと思います」と西田は話す。
「高機能ソイル」の利点を漏れなく生かす事業展開
トーイングの事業に欠かせない中核技術が、「高機能ソイル技術」だ。宇宙では月や火星の砂を活用するが、地球では各地の未利用バイオマスを炭化させたバイオ炭に対して土壌微生物群を付加し、植物の生育に必要な硝酸生成能を付与するもので、これに有機肥料を混ぜ合わせることで、自然土壌と同じように植物の栽培ができるようになる。
堆肥を使った従来の「土作り」が3〜5年かかるのに対して、トーイングの高機能ソイル技術を使えば1カ月ほどで良質な土壌を作ることができる。これはもともと、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構が開発してきた技術と、西田らが名古屋大学と共同研究で築いた技術をベースに、トーイング独自のバイオ炭の前処理、微生物培養などの技術を融合させて実用化したものだ。
現在トーイングは、この高機能ソイル技術を使ったソリューションを「土作り」「アップサイクル」「GHG(温室効果ガス)削減」という3つに整理して展開している。
1つ目の「土作り」では、高機能バイオ炭「宙炭(そらたん)」を製品化して販売。宙炭を用いた営農指導サービスも展開する。2つ目の「アップサイクル」では、バイオ炭を「何から作るか」に焦点を当てる。未利用とされているバイオマスにはもみがらなどの植物残渣、家畜の糞、下水汚泥などさまざまなものがあるが、それぞれどのように使えば農業資材にアップサイクルできるのかを調査・評価する。有用なものはバイオ炭として量産に向けてプラントの設計から建設、地域への運用移行までを実施する。
そして3つ目が、「GHG削減ソリューション」だ。J-クレジットの認証を受け、カーボンクレジットを販売している。これができるのは、本来なら廃棄・焼却される未利用バイオマスを材料としてバイオ炭を作るため、焼却によって排出されていたはずのCO2を削減できるからだ。また、炭化する際に炭素を固定することでも、CO2の削減に貢献している。
「加えて、宙炭など当社の資材を使って育てられた農作物を『サスベジ(商標出願中)』ブランドの野菜として認定しています」。これにより、生産者は「食べることでCO2削減に貢献できる野菜」という価値を訴求して販売できる。西田は「ここまでしている農業資材メーカーはなかなかないはず」と独自性を強調する。
「人」が持続可能であることが大事
活動を続ける上で大事にしている考え方を西田にたずねた。それは、会社として定めた3つのバリュー、「Be Honest(誠実でいよう)」「For Next(思考を止めずに、走り続けよう)」「Move First(常に相手を思いやろう)」に反映されているという。
最近では、このバリュー(価値観)に共感して入社する人も増えているそうだ。現在は正社員とパートタイムのスタッフを合わせて約60名の組織に成長した。
「土壌や畑が持続可能であることも大事ですが、私たちは“人”、つまり農家の生産者の方たちが持続可能であること、農業を続けられることを最も大事にしています。そうでなければ、社会がサステナブルになりえませんから」と西田は話す。
トーイングの製品やソリューションを利用する産地の数は、約400にまで広がった。「47都道府県まであと数県というところ。かなり広い地域で使っていただけるようになりました」。
国内、海外、そして宇宙へ──土地ごとに循環型社会をつくる
高機能ソイルを作るための基礎的な技術を確立して以降、どのように作れば農作物の栽培・生育により効果的な土ができるのか、西田らは試行錯誤を重ねてきた。
温室効果ガスをより多く削減する、土壌の病害抑止性を高めるといったいくつかの指標を持ちながら、ソイルヘルス(土壌の健康)をより高めるために、何を由来とするバイオ炭を使い、どの微生物を組み合わせて添加することでどのような効果を発揮するのか、研究を通じて膨大なデータを蓄積してきた。
「今までは、どのような土地でもある程度の効果が出る汎用的なものを作る方向性でしたが、これからは、その土地に合わせて個別に最適なものを作っていくフェーズに移行しつつあります」。
現在は、地域ごとに小さな循環型の社会を作っていく考えのもと、日本各地に、地域の特性に合わせたバイオ炭や高機能ソイルを生産するプラント建設の準備を進めている。
2024年春には米カリフォルニア州にもラボを開設した。日本と異なる気候・土壌の土地でも、高機能ソイルの効果の再現性を高めて行くことが目的だ。すでに3件の栽培実証を実施し、成果が出ているという。
「多様な微生物を扱っていますが、検疫があるため現状では日本で培養している微生物をそのまま外国に持っていくことができません。そのため、現地で調達できる材料で、いかに同じ機能を再現できるかが課題の1つです」。
創業時に掲げた宇宙への夢もあきらめていない。大手ゼネコンの大林組と共同で研究している宇宙農業プロジェクトが着実に進行中だ。目に見えない小さな微生物を使い、宇宙と地球の両方に持続可能な超循環社会を実現するという西田たちの大きな物語は、まだ始まったばかりだ。
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この連載ではInnovators Under 35 Japan選出者の「その後」の活動を紹介します。バックナンバーはこちら。
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- 畑邊 康浩 [Yasuhiro Hatabe]日本版 寄稿者
- フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。