サルも「名前」を使っていた——機械学習が明かす動物言語の謎
小型のサルの一種であるマーモセットが、互いに鳴き声でやり取りする際に個々の「名前」を使っている可能性が明らかになった。人間の言語がどのように発達したのかを理解する手掛かりになるかもしれない。 by Antonio Regalado2024.09.03
- この記事の3つのポイント
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- マーモセットは仲間を固有の音声でラベル付けしている
- 言語の起源解明の手がかりになる可能性がある
- AIを使って動物のコミュニケーションの解読を目指す動きもある
動物は名前を持っているのだろうか。詩人のT・S・エリオットは、ネコには3つの名前があるのだと言った。飼い主が呼ぶ名前(ジョージなど)、2つ目に高貴な名前(クァクソーやコリコパットなど)、そして最後に、ネコ同士のみが知る「人間がどれだけ研究しても絶対にわからない、奥深く不可解な」名前だ。
だが今、音声レコーダーとパターン認識ソフトウェアを手に入れた研究者たちが、そんな動物の名前の秘密について意外な発見を生み出しつつある。少なくともマーモセットという小型のサルに関しては。
イスラエルのヘブライ大学のチームが8月29日にサイエンス誌で発表した研究によると、マーモセットがある固有の音を使って仲間のサルを「音声でラベル付け」していることがわかったという。
これまで、固有の音を使って他の個体を呼ぶことが知られているのは、人間、イルカ、ゾウ、そしておそらくオウムだけだった。
マーモセットは、「フィーコール」と呼ばれる高音の鳴き声やさえずりで連絡を取り合う、きわめて社交的な動物だ。イスラエルの研究チームによると、サルのいくつかのペアを互いに近い場所に配置して録音すると、会話の相手に固有の音声ラベルに合わせてサルが鳴き声を調整していることがわかったという。
研究プロジェクトのリーダーである神経科学者のデヴィッド・オマー助教授は、「人間の名前と似ています」と説明する。「マーモセットの鳴き声には典型的な時間構造があり、マーモセットがそれを微調整して個体をコード化していることを今回の論文で報告しました」。
その名前は人間の耳では認識できないが、オマー助教授のチームは統計的機械学習手法「ランダム・フォレスト」を通して音をクラスタリング、分類、分析し、識別に成功した。
サルのコードを解読し、秘密の名前を認識したことを証明するため、チームがスピーカーを使ってマーモセットに録音を聞かせたところ、録音に自身のラベル、つまり名前が含まれていると、マーモセットが反応を示す頻度が高まることがわかった。
この種の研究は、人間の言語の起源を解明する手がかりになる可能性がある。言語は、おそらく人間の種の進化における最強のイノベーションであり、同じ手の他の指と向き合わせられる親指と並ぶだろう。これまで、人間の言語は人間固有のもので、動物には会話をするための脳も発声器官もないのだと考えられてきた。
ところが、それに当てはまらないエビデンスが次々と出てきている。今こうして少なくとも4つの遠縁種で名前の使用が確認されたのだからなおさらだ。「これは言語の進化が特異な事象ではなかったことを示す非常に強力なエビデンスです」と、オマー助教授は言う。
同様の研究手法を、現在コーネル大学に在籍する博士研究員のミッキー・パルドが今年、報告している。パルド博士はケニアで14カ月にわたってゾウの鳴き声を録音した。ゾウはラッパのような音を出して警告を発するが、実際にはゾウの鳴き声のほとんどは低くて鈍いグルグルという音で、人間の耳には一部しか聞こえない。
パルド博士も、ゾウが音声ラベルを使っているというエビデンスを発見した。そして、ゾウがあるゾウに話しかけているときの音を再生すると、相手だったゾウの注意を確実に引くことができると述べている。しかしそのことをもって「話をする動物」になったと言えるのだろうか。
必ずしもそうではない、とパルド博士は言う。真の言語とは、過去に起こったできごとについて話し合ったり、複雑な思考をつなぎ合わせたりする能力のことだとパルド博士は考えている。次は、ゾウがどの水飲み場に行くかを決めるときに特定の音を使っているかどうか、つまり、場所の名前を利用しているかどうかを突き止めたいという。
動物の鳴き声に、想定以上の多くの意味が込められている可能性を探る研究が他にも進行している。マッコウクジラの歌を研究しているグループ、プロジェクト・セティ(Project CETI)は今年、その歌唱が過去の調査による認識よりもはるかに複雑であることに気づいた。その発見によれば、理論上、マッコウクジラはある種の文法を使っている可能性があるという。ただし、実際に具体的な話をしているかどうかは不明だ。
別の取り組みであるアース・スピーシーズ・プロジェクト(Earth Species Project)は、「人工知能(AI)を使って人間以外のコミュニケーションを解読する」ことを目指している。動物の鳴き声に関するデータをより多く収集し、モデルに取り込めるように研究者の支援を始めたところだ。
イスラエルのオマー助教授らのチームは、最新のAIでも試してみる予定だと述べている。同チームのマーモセットは研究施設で飼育されていて、オマー助教授はすでにマーモセットの生活空間にマイクを設置し、1日24時間にわたってマーモセットが口に出したことをすべて録音しているという。
オマー助教授は、マーモセットたちの会話を用いて大規模言語モデルを訓練することで、理論上は、サルが何らかの呼びかけを続けるのを終わらせたり、適切な返答だと予測される音声を生成したりするのに使えるかもしれないと述べる。だが、霊長類の言語モデルは実際に意味をなす言葉を生み出すのだろうか。それともただ意味をなさないことを吐き出すだけだろうか。
確実な答えを知っているのはマーモセットだけだ。
「マーモセットたちがニーチェについて語るのではないかといった妄想はしていません」とオマー助教授は言う。「人間のようにきわめて複雑だとは思いませんが、人間の言語がどのように発達したのかを理解する手がかりになるのではと期待しています」。
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- アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
- MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。