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脳内の思考を映像化、「話す前に分かる」驚きのテクノロジー
Precision Neuroscience
Watch a video showing what happens in our brains when we think

脳内の思考を映像化、「話す前に分かる」驚きのテクノロジー

米国ニューヨークに拠点を置くスタートアップ企業が、人間が考えているときの脳の動きを映像化することに成功した。電極で思考を読み取れるようになれば、言葉を交わさずともコミュニケーションできるようになるかもしれない。 by Jessica Hamzelou2024.08.22

この記事の3つのポイント
  1. 脳の電気活動を記録し映像化することで思考を可視化することに成功
  2. 脳表面に配置した極小の電極アレイで脳を傷つけずに計測可能
  3. 脳インプラントは疾患治療やコミュニケーション支援に役立つ可能性がある
summarized by Claude 3

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

思考とはどんなものだろう? 思考とは、脳の中にある数十億のニューロンの一部が信号を交換した結果と考えることができる。何種類もの化学物質も関係しているが、その本質は電気的活動だ。それならば、活動を計測し、後で見ることもできる。

まさにこうした取り組みを進めている企業の共同創業者兼最高科学責任者(CSO)であるベン・ラポポートを最近、取材する機会を得た。ラポポートが創業した「プレシジョン・ニューロサイエンス(Precision Neuroscience)」はニューヨークのマンハッタンに本社を置き、脳とコンピューターを結ぶインターフェイスの開発に取り組んでいる。ラポポートCSOの願いは、いずれ麻痺患者がこのインターフェイスを利用してコンピューターを操作し、「デスクワークができる」ようになることだ。

ラポポートCSOが共同研究者とともに開発した、薄く柔軟な電極は、ごく小さな切開で頭蓋内に滑り込ませることができる。頭蓋内に挿入したあとは、脳の表面にとどまり、脳内で発火するニューロンの信号を拾う。これまでに17人を対象に頭蓋内電極を装着してきた。これによりラポポートCSOは、脳が思考を形成する様子を捉えることに成功した。さらにはこの様子を映像化した。記事を読み進め、実際の映像をご自身の目で確かめてほしい。

脳電極にはそこそこ長い歴史があり、パーキンソン病や一部のてんかんの重症例では、しばしば治療目的で脳電極を使う。このような場合、疾患に関連する部位に届くように電極を脳の奥深くに差し込むものだ。

脳とコンピューターを結ぶインターフェイスが登場したのは最近だ。ここ数十年、神経科学者と工学者は、脳活動を記録し、脳データを使って思考だけでコンピューターや義肢を操作するテクノロジーの開発において、大きな進歩を遂げた。

このテクノロジーはまだ一般に普及しているものではなく、初期版は実験室でしか使えない。ラポポートCSOのような研究者たちは、さらに高い効果が得られ、わずかな侵襲で装着できる、より実用的な装置の開発に取り組んでいる。彼の研究チームは、1024個の極小の電極を、厚さわずか20ミクロンのリボンのような形をした銀のフィルムに配置した極小の機器を開発した。20ミクロンは、ヒトのまつげの太さのおよそ3分の1の寸法だ。

これらの電極はほぼすべて、脳活動を検出するように設計したものだ。装置自体は、ペースメーカーのように胸部の皮下に埋め込まれた充電可能なバッテリーから給電する設計になっている。そしてこの部分から、ワイヤレスで、体外のコンピューターにデータを送信できる。

ラポポートCSOによれば、脳組織に刺す従来の針状の電極と異なり、今回の電極は「脳をまったく傷つけない」という。脳組織に差し込むのではなく、この電極は薄く柔軟なフィルム上に並んでいて、頭蓋骨に開けたすき間から滑り込ませ、脳の表面に配置する。

そしてこの場所で、人が何かを考えているときの脳活動を記録するのだ。ラポポートCSOのチームは、電極アレイを治療のために脳手術を受ける男性の頭蓋内に挿入したこともあった。この手術は覚醒下手術だった。つまり、男性は覚醒状態で手術を受けたのだ。脳の重要な機能に関わる部分を損傷していないか外科医が確認するためだ。そしてこの間ずっと、電極が彼のニューロンから電気的信号を拾い続けた。

「要するに、これが思考の最中の脳です」と、ラポポートCSOは説明する。「今あなたが見ているのは、思考が物理的に発現したものなのです」。

この映像(記者がGIFに変換)は、男性が数を数えているときの脳内の電気的活動のパターンを捉えたものだ。1つ1つのドットは、電極が男性の脳の発話に関係する部位から検出した電圧を表している。赤とオレンジは電圧が高いことを、青と紫は電圧が低いことを意味する。この動画は20分の1の速度でスロー再生している。「思考は目にも止まらぬ速さで起こる」ためだと、ラポポートCSOは言う。

この手法によって、神経科学者たちは人が話しているとき、そして話そうと思っているときに、脳内で何が起こっているかを見せることができる。「ある単語を発する前に、その単語を口にしようとしていることを検出できるのです」と、ラポポートCSOは語る。これは画期的だ。研究者たちは、テクノロジーによってこのような信号を解釈することで、個人の間のコミュニケーションを助けられるのではないかと夢見ている。

現段階では、ラポポートCSOのチームは電極のテストを、脳手術を受ける予定の患者が自発的に参加する形に限って進めている。電極の装着、検証、取り外しは、手術の時間内にすべて済ませている。プレシジョン・ニューロサイエンスは5月、人間の脳内に一度に配置した電極数の記録を更新したと発表した。新記録は実に4096個にもなる。

ラポポートCSOは、米国食品医薬局(FDA)が近々この装置を承認すると期待している。「これにより、わたしたちが医療に期待する新しい基準が見えてくるでしょう」と言う。

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プレシジョン・ニューロサイエンスは、脳とコンピュータを結ぶインターフェイスの新分野を牽引する数少ない企業の1社だ。ジャーナリストのカサンドラ・ウィルヤードがこの分野のキー・プレーヤーを紹介している

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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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