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小規模は作らない サイクオンタム、100万量子ビット施設建設へ
PsiQuantum
PsiQuantum plans to build the biggest quantum computing facility in the US

小規模は作らない サイクオンタム、100万量子ビット施設建設へ

サイクオンタムは今後10年以内に、シカゴに最大100万キュービットの光量子コンピューターを構築する計画を発表した。超伝導方式よりもコストが低くなり、スケールアップも容易になるという。 by Sarah Ward2024.07.31

この記事の3つのポイント
  1. サイクオンタムは米国最大の量子コンピューティング施設を建設する
  2. 同社は100万量子ビットの量子コンピューターの設置を目指している
  3. 同社のコンピューターは光子でキュービットを作り従来より高温で動作可能という
summarized by Claude 3

量子コンピューティング企業のサイクオンタム(PsiQuantum)は7月25日、米イリノイ州と提携し、米国最大の量子コンピューティング施設を建設すると発表した。

カリフォルニア州に本社を構える同社は、今後10年以内に最大100万量子ビット(キュービット)の量子コンピューターをこの施設に設置することを目指しているという。現在の最大規模の量子コンピューターは1000キュービット程度だ。

量子コンピューターは、創薬から暗号まで、さまざまなタスクを記録的なスピードでこなすことが期待されている。各社はさまざまなアプローチでシステムを構築し、その規模を拡大するべく奮闘している。たとえば、グーグルやIBMは、超伝導材料でキュービットを作っている。アイオンQ(IonQ)は、電磁場を利用してイオンを捕捉することでキュービットを生成している。サイクオンタムは、光子でキュービットを作る。

フォトニック(光子)量子コンピューティングの大きな利点は、超伝導システムより高い温度で動作できることだ。「光子は熱を感じませんし、電磁干渉も受けません」と、サイクオンタムの共同創業者で最高科学責任者(CSO)のピート・シャドボルトは言う。シャドボルトCSOによれば、光子のこのような性質により、ラボでのテストが容易になり、コストも低くなるという。

冷却要件も低減されるため、量子コンピューティングのエネルギー効率が向上し、スケールアップも容易になるはずだ。もっとも、サイクオンタムのコンピューターは、光子の位置を特定してエラーを訂正するのに超伝導検出器が必要になるため、室温では動作させられない。しかし、これらのセンサーを動作させるには数ケルビン、具体的には-267℃を少し下回る程度まで冷却しさえすればよい。これは非常に低い温度ではあるものの、さらに低い温度の極低温冷却が必要な超伝導システムに比べれば、まだ実現しやすい。

サイクオンタムは、(1100キュービット強を使用するIBMの「コンドル(Condor)」のような)小規模な量子コンピューターは作らない。その代わりに、同社が 「中間システム 」と呼ぶものの製造とテストの実施を目指している。これには、チップ、キャビネット、超伝導光子検出器などが含まれる。サイクオンタムによれば、同社がこのような大規模システムをターゲットにしているのは、小型の装置ではエラーを十分に修正できず、現実的な価格帯で運用できないことが理由の一部であるという。

これまで、小規模システムに有用な仕事をさせることは活発に研究されてきた分野であった。しかし、「ここ数年で、私たちは小規模システムは役に立たないという事実に目覚めた人々を目にしてきました」とシャドボルトCSOは言う。避けられないエラーを適切に修正するためには、「100万個程度のキュービットを持つ大規模なシステムを構築する必要があります」。シャドボルトCSOによると、このアプローチはリソースを節約できるという。というのも、サイクオンタムは小規模システムをつなぎ合わせることに時間を費やさずにすむからだ。しかし、小規模システムを作らないとなると、同社のテクノロジーをすでに市場に出回っているものと比較することは難しい。

サイクオンタムは、シカゴ大学をはじめとするイリノイ州の複数の大学との共同研究を含むこのイリノイ州プロジェクトの正確なタイムラインについて、詳細を明かそうとはしていない。しかし、同社は来年、オーストラリアのブリスベンで同様の施設の着工を目指しており、2027年までに独自の大規模量子コンピューターを備えたその施設を完全に稼働させることを望んでいるという。「シカゴの施設もそれに続いて稼動する予定です」と同社は声明で述べている。

「サイクオンタムがしていることは『一か八か』ですが、間違った方法というわけではありません」 と、デューク大学のコンピューター科学者で元アイオンQ社員のクリストファー・モンロー教授は言う。「ただ、途中段階で進捗を判断するのは難しいです。そのため、非常にリスキーな投資だと言えます」。

前途には大きなハードルが待ち受けている。この施設のインフラ、特に冷却システムの構築は、建設過程で最も時間と費用がかかる。そして施設の建設が終わると、次はコンピューター上で実行される量子アルゴリズムの改良が必要となる。シャドボルトCSOによれば、現在のアルゴリズムではあまりにもコストがかかり、リソースを大量に消費してしまうという。

これだけの複雑さを持つ建設プロジェクトであることから、困難なものに感じられるかもしれない。「これは、人類がこれまでに作った中で最も複雑な量子光電子システムになるかもしれません。難しいプロジェクトです」とシャドボルトCSOは語る。「ただ、このシステムがスーパーコンピューターやデータセンターと共通点があるという事実を拠り所にして、同じ製造工場、同じ製造委託先、同じエンジニアを使って構築する予定です」。

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