日常化したDNA検査、「遺伝子差別」問題をどう定義するか?

Why we need safeguards against genetic discrimination 日常化したDNA検査、「遺伝子差別」問題をどう定義するか?

多くの人々がDNA検査を受けるようになり、個人の遺伝子に関するデータが企業などに共有される機会が増えている。私たちは、遺伝子に基づく差別を防ぐために、そのデータの利用と保護方法についてよく考えておく必要がある。 by Jessica Hamzelou2024.07.29

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

数年前、私は小さなプラスチックの菅に唾液を入れてポストに投函した。とある企業に自分のDNA上のマーカーを分析して生物学的な年齢を推定してもらったのだ。記事のために自分の遺伝子のデータを共有するのはそのときが初めてではない。10年以上前、私は自分の祖先について教えると約束する会社にDNAサンプルを提供したことがある。

もちろん、私だけではない何千万もの人々が、顧客の健康や祖先に関する手がかりを明らかにすると謳う企業にDNAサンプルを送っている。個々のニーズに合わせた食事や運動のアドバイスをする企業もある。そして、医師の監督のもと、臨床ケアの一環として遺伝子検査を受けた人々もいる。これらをすべて合わせると、膨大な量の遺伝子データが存在することになる。

このデータがどの程度セキュアなのか、また、誰が最終的にそのデータを入手することになるのか、そしてその情報が人々の生活にどのような影響を与える可能性があるのか、必ずしも明確ではない。たとえば、私は自分の保険会社や雇用主が、私の遺伝子検査の結果に基づいて私の将来に関する決定を下すことは望まない。科学者、倫理学者、法律学者も、この問題について明確な態度を取っていない。彼らは、遺伝子差別が何を意味するのか、また、遺伝子差別から身を守るにはどうすればよいのかについて、まだ把握しようとしている最中である。

遺伝子差別から身を守るためには、まずそれが何なのかを理解しなければならない。残念ながら、遺伝子差別がどれほど広まっているのかをきちんと把握している人はいないと、マギル大学ゲノミクスセンター長のヤン・ジョリー教授は言う。理由の1つは、科学者たちが遺伝子差別について、さまざまな方法で定義を続けているからだ。6月に発表された論文の中で、ジョリー教授のチームは、1990年代以降、さまざまな研究で使用されてきた12の異なる定義を列挙している。では、遺伝子差別とは何なのか?

「私は遺伝子差別を優生学の実践の産物だと考えています」。ジョリー教授はこう話す。19世紀後半に始まった近代優生学は、一部の人の遺伝子を次世代に受け継がせる能力を制限することばかりを扱っていた。 「精神薄弱」や「知的障害」と見なされた人々は、施設に収容され、他の人々から隔離され、子どもを産めないようにするための処置を強制されたり、強要されたりすることがあった。恐ろしいことに、こうした慣行の一部は今もなお続いている。2005〜2006年度と2012〜2013年度には、カリフォルニア州の刑務所に収監されている女性144人が不妊手術を受けた。その多くはインフォームド・コンセントなしにだ。

このようなケースは現在ではまれなことである。近年、倫理学者や政策立案者は、医療会社や保険会社が遺伝情報を悪用する可能性について、より懸念を深めている。ハンチントン病の発症を予測する遺伝子検査の結果を理由に、健康保険や生命保険を拒否された例もある(私が住む英国では、生命保険会社は、ハンチントン病の検査で陽性反応が出た場合を除き、遺伝子検査の実施や検査結果の利用を求めてはならないことになっている)。

ジョリー教授は、この問題に取り組んでいる研究者ネットワーク、遺伝子差別監視機構(Genetic Discrimination Observatory)の職務として、差別を受けたと思われる事例の報告を集めている。同教授は、ある最近の報告で、ある女性が、新しい医師を紹介された後の経験を綴ったと私に話してくれた。この女性は以前、遺伝子検査を受けて、特定の薬にあまり反応しないことが判明していた。新しい医師は、彼女が遺伝子検査の結果に基づいて出された助言に従わない場合、健康状態について一切の責任を負わないという免責条項に署名しなければ、患者として受け入れられないと告げた。

「これは許容しがたいことです」と、ジョリー教授は言う。「遺伝的素因を理由に、なぜ免責にサインする必要があるのでしょう? がん患者に、免責事項にサインするように求めているのとは違います。遺伝的要因を理由に人々を差別的に扱うようになった途端、それは遺伝子差別となります」。

多くの国では、このような差別から人々を守るための法律が制定されている。しかし、これらの法律も、遺伝子差別の定義においても、それを防ぐための予防策においても、大きく異なる場合がある。たとえば、カナダの法律は、DNA、RNA、染色体検査に重点を置いている。しかし、遺伝性疾患のリスクがあるかどうかを調べるために、必ずしもこのような検査が必要というわけではない。その疾患の家族の病歴があったり、すでにその症状が現れている場合もある。

そして、新しいテクノロジーもある。たとえば、私が自分の生物学的年齢を測定するために受けた検査がある。多くの老化検査は、体内の化学バイオマーカーまたはDNA上のエピジェネティックマーカーを測定する。必ずしもDNAそのものを測定するわけではない。これらの検査は、その人がどれくらい死に近づいているかを示そうとするものだ。生命保険会社にそれらの検査結果を知られたくなかったり、その結果に基づいて行動されたりしたくない人もいるだろう。

ジョリー教授のチームは、新しい定義を考え出した。そして、その定義は幅広く設定した。「定義が狭ければ狭いほど、それを回避しやすくなります」と、同教授は言う。ジョリー教授は、遺伝子差別を受けたと感じている人々の経験を排除してしまうことは避けたいと考えた。その定義が、これだ。

「遺伝子差別とは、個人または集団が、実際のまたは推定上の遺伝的特質に基づいて、それ以外の人や集団と比較して否定的な扱いを受けたり、不当にプロファイリングされたり、害を被ったりすることである」。

遺伝子差別に関する法律をどのように設計するかは、政策立案者に委ねられるだろうそして、それは簡単なことではないだろう。利用可能なテクノロジーやその使用方法によって、法律は国によって異なるものにする必要があるかもしれない。おそらく、住民がテクノロジーにアクセスできるようにしたいと考える政府もあれば、アクセスを制限することを選択する政府もあるかもしれない。場合によっては、医療提供者は患者の遺伝子検査結果に基づいて治療方針を決定する必要があるかもしれない。

その一方で、ジョリー教授は遺伝子差別を心配している人々にアドバイスをしている。まず、自分の健康のためには必要かもしれない遺伝子検査を受けることを、心配だからといってためらわないようにすることだ。現状では、これらの検査に基づいて差別されるリスクはまだかなり低い。

消費者向け遺伝子鑑定に関しては、自分のデータがどのように共有または使用される可能性があるかを確認するために、会社の利用規約をよく確認する価値はあるだろう。自分の国や州の保護法を確認することも有益だ。これらの法律は、自分のデータの共有を拒否する権利がいつ発生するかを把握するのに役立つ。

遺伝子検査の結果を受け取った後すぐに、私は企業にデータの削除を依頼した。だが、これは確実な方法ではない。昨年、ハッカーが23アンドミー(23andMe)の顧客690万人の個人情報を盗んでいる。しかし、少なくとも効果はある。最近、私はまた別の遺伝子検査のオファーを受けた。まだ考え中だ。

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