「人間だからできる解決策を」田中加奈子氏に聞く脱炭素の未来
持続可能エネルギー

Kanako Tanaka's vision: Engineering and interdisciplinary solutions for carbon neutrality 「人間だからできる解決策を」田中加奈子氏に聞く脱炭素の未来

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第3~6次報告書の執筆に携わるなど、地球環境問題に工学的そして学際的なアプローチで取り組んできた田中加奈子氏。現在はサイエンティストとしてさまざまな企業への助言にも関わる田中氏に話を聞いた。 by Noriko Higo2024.07.24

MITテクノロジーレビューが主催する世界的なアワードの日本版「Innovators Under 35 Japan(イノベーターズ・アンダー35ジャパン)」が、2024年度も開催される。7月31日まで候補者の推薦および応募を受付中だ。

地球環境問題に工学的・学際的なアプローチで取り組んできた田中加奈子氏は、脱炭素化、カーボンニュートラルをはじめとして、人と地球が持続可能な発展をするための方法を探っている。同アワードの今年度の審査員を務める田中氏に、現在取り組んでいる研究、注目しているテクノロジー、イノベーターの条件について話を聞いた。

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人が地球と共に持続可能な発展をしていくために

──産業技術総合研究所(産総研)のエネルギー・環境領域客員研究員であり、資産運用会社でシニアサスティナビリティサイエンティストとしても活動されています。その内容について教えてください。

田中加奈子(Tanaka Kanako)
国立研究開発法人産業技術総合研究所(AIST)客員研究員

東京大学工学部卒、同大学院化学システム工学専攻。博士(工学)。専門は脱炭素やエネルギーに関わる技術・システム・政策の設計と評価。英国ティンダル気候変動研究センター、国際エネルギー機関(IEA)、科学技術振興機構低炭素社会戦略センターを経て、産業技術総合研究所、アセットマネジメントOne株式会社などに所属。1999年から気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第3~6次報告書まで代表執筆者などを担当。2007年ノーベル平和賞IPCC受賞時にIPCCが貢献者認定。他にG8、G20/T20政策提言・概要など。内閣府や経産省、環境省審議会委員、日経脱炭素委員会委員、市村地球環境学術賞審査員などを歴任。

私は、「人が地球と共に、しっかりと持続可能な発展をしていくためにはどうすればよいのか」ということに一貫して興味を持ち、その答えを導き出すための研究活動を多様な面から続けています。特に脱炭素に貢献する技術の開発や発展、またそうした技術の利用促進につながるような社会システムの構築について研究し、将来社会像を検討してきました。

──人が地球と共に持続可能な発展をする、というのはもう少しかみ砕くと、どのようなことを指すでしょうか?

地球環境を改善して温暖化をなくそうという話は、突き詰めると人間の活動=悪、人間は要らないということになってしまいがちです。でも私としては、気候変動に関連する問題、温暖化だけではなく生物多様性や水問題などについて、「人間がいるからダメ」ではなく、人間が関わることで問題の解決を図れる、影響を軽減できるという方向にできればと考えています。

人間の活動は、地球環境を悪化させる原因にもなるけれど、ソリューションにも成り得るということです。大学時代からずっと工学を学んできた者として、テクノロジーと人間の力を否定したくないというのも根底にはあるかもしれません。

──現在、特に力を入れているのはどのような研究ですか?

社会を動かしている産業セクター、つまり個々の企業や業界などが、自分たちの企業価値や業界の価値を高めながら自ら積極的に脱炭素化に貢献する活動を行い、それが結果的に社会の脱炭素化にもつながるという、システムの研究に注力しています。

その際、重要なのは社会実装まで考えるということ。研究して終わり、検討して終わりではなく、実際にシステムとして導入して動かしていくということがとても大切です。そのためには、社会を動かす矢面のところにいる人──企業の皆さんなどにしっかり前向きにとらえてもらう必要があります。社会の要請で仕方なくやるというのでは、社会に広がっていきません。本気で脱炭素化を目指すのなら、「これをやれば得になる」と思うようなシステムを作らなければいけないと思っています。

金融に関わる側面からどのようなことができるのかで言えば、少し抽象的な説明になりますが、企業の方々は「こういう路線でいこう」という事業計画を立てて、自分たちで敷いたレールの上を進んでいます。それを、一歩大きく足を上げて隣のレールに踏み入れてもらうきっかけを作っていこうということですね。

きっかけの一つになると考えられるのが、導入が始まっているカーボンプライシングです。今後、本格導入が進み価格転嫁され炭素価値が浸透すれば、社会全体の脱炭素マインドも変わるわけですが、現時点で先見性のある企業はすでに対応し始めています。脱炭素を「機会」と捉えて、単に自社で削減するだけではなく、脱炭素につながるような技術に投資すれば、将来脱炭素社会になったときに利益が生じる可能性があります。そうした動きを、社会全体で進めていくことが大事なのではないかと思っています。

また、話は少し変わりますが、脱炭素化以外にもさまざまな社会的な変化、例えば少子化やAI、IoT、ロボット利用の進展、エネルギー情勢、あるいはその他ESG(環境・社会・ガバナンス)―生物多様性、女性の活躍やガバナンスの厳格化など、数多くのファクターがあり、将来について考えるときにはそこにも目を向ける必要があります。皆さん、それをわかってはいるけれど、まだまだしっかりと取り込めていない部分もあると感じています。ここ4~5年私が意識しているのは、そうしたファクターがあるということを発信することです。さらに、発信するだけではなく、変化を恐れずチャンスにつなげられるように、研究者として何らかのアウトプットをしていくことにも力を入れています。

物理的な可能性が高いテクノロジーに期待

──関心を寄せているテクノロジーやイノベーションがあれば教えてください。

やはり脱炭素化やカーボンニュートラル関連ですね。それが他の環境負荷を起こすようなものでなければ、新しいテクノロジーには注目していきたいです。それも、単に「カーボンニュートラルに資する」というレベルではなく、2050年にカーボンニュートラルを本当に実現できるレベルの量と質を伴う技術については非常に注目しています。

関連するテクノロジーは非常にたくさんあります。ただ、物理的な可能性が高くなければ結局は重要性が薄れてしまいます。以前の研究で、太陽光発電による脱炭素可能性について、市場ポテンシャル、経済的ポテンシャル、技術的ポテンシャルに分けて整理したことがあります。2001年出版のIPCC第三次評価報告書でまとめられたポテンシャルの考え方を応用したものでした。物理的な可能性が高くないと、各ポテンシャルも低くなりますし、各ポテンシャル間の障壁を如何に下げて最終的に高い市場ポテンシャルを得るかが鍵です。そういう観点から、膨大な太陽のエネルギー=高い物理ポテンシャルを使うという意味で、太陽電池の設置場所の可能性を広げる従来型より薄くて軽く柔軟なペロブスカイト太陽電池に加え、排他的経済水域(EEZ)も使えるようになる洋上風力発電に注目しています。

もう一つ、私の専門ではないので、あくまで情報レベルで取り入れているだけですが、原子核同士を結合させてエネルギーを生み出す核融合発電があります。こちらも資源が海水中に豊富にあることからポテンシャルが高いのです。経産省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が主催した2023年の「Innovation for Cool Earth Forum(ICEF)」でも、有望な技術として紹介されました。技術的課題が多かったのですが、利用までの道も少しずつ見えてきたようです。

さらに細かい話になりますが、CO2を抑える鉄鋼の還元方法として、石炭ではなく電気を使う低温電解還元も気になります。これは先に述べた「異なるレールに足を踏み入れる」一つの例とも言えるかもしれません。うまくいけば今のような大きな高炉の一極集中を変えるビジネスモデルが作れるのではないかと将来性を感じています。

MITテクノロジーレビュー[日本版]では、2022年に田中氏を取材。IPCC第6次報告書の内容と、気候変動対策におけるイノベーションの必要性について尋ねた。記事はこちらでも読める

慣性が大きい日本で逆風に立ち向かう

──「Innovators Under 35 Japan」の応募条件は35歳未満です。ご自身の「U35」時代について教えてください。

35歳前後というと、英国ティンダル気候変動研究センターや日本エネルギー経済研究所、国際エネルギー機関(IEA)で仕事をしていた頃です。

当時のことをお話する前に最近について申し上げると、ここ10年ほど、このインタビューのような機会をいただいたり、国の委員会で発言したりということが多くなりました。現在は、これまで蓄積してきたものを発信するアウトプット期間になっていますが、さまざまな研究や学会などを通して蓄積していた期間が「U35」の頃でした。

また、私が取り組んでいる地球環境問題のような、規模が大きく複雑な問題になればなるほど、流行り廃りの部分もあり、そのときどきの言葉に踊らされそうになることもあります。しかし、工学をしっかり勉強し、蓄積期間があったおかげで、大事なことを見誤らないで済む可能性が高いと思っています。

研究分野によって状況は少しずつ異なるかもしれませんが、やはりU35の頃は、多くの情報を吸収して、知見を積み重ね、得られたパーツを将来的に組み合わせていくことが重要になるのではないでしょうか。

──カーボンニュートラル社会に向けて課題はたくさんあると思いますが、どのような人がイノベーターであるとお考えでしょうか?

産総研の「ゼロエミッション国際共同研究センター」のセンター長である吉野 彰先生が、とある会で話された言葉が印象に残っています。先生は「脱酸素では何が正解ですか?」「どんな将来があり得ますか?」といったことを聞かれるそうですが、そんなときは「今想像できてしまうような未来は全部嘘です」と回答されるそうです。

リチウムイオン電池の発明でノーベル化学賞を受賞された吉野先生ならではのお答えと言えるでしょう。リチウムイオン電池の開発をされていた頃は、今のようにスマホやパソコンが普及してみんながリチウムイオン電池を持ち歩く未来は想定できなかったと思うからです。

「イノベーション」と言われるくらいのものは、単に「技術が深まった、広まった」というレベルではないですよね。今「将来はきっとこうなるよね」と断定できることは全部嘘だと思っていいのかもしれません。だからといって、単に突飛な思いつきをする人を求めているわけではなく、先ほど話した内容にも重なりますが、これまで学んできた学術的な背景や知識を総動員して、一見突飛なアイデアを論理的に裏付けようと試みることも重要だと思っています。想像もできないことを思いついて、それをとにかく外に出してみて、実現するためには何が必要なのか、自分で仮説を組み立てられる人が本当のイノベーターになれる条件かもしれません。

──最後に「Innovators Under 35 Japan」の応募者へのメッセージをお願いします。

何かを新たに切り開こうとするときには、逆風にさらされる瞬間もたくさんあると思います。私自身も、これまでと違うやり方を提案したことで圧を感じた経験があります。現行のシステムを変えようとすることは、面倒くささも含めてハードルが非常に高いし、特に日本は慣性が大きい国なので、変更されることに抵抗を感じる国民性があると感じます。

ただ、明示的あるいは暗示的な逆風があっても、自分を信じて進んでいってほしいです。「Innovators Under 35 Japan」の取り組みを通じて、私もそういった方々を後押ししたいと思っています。何があっても、臆せずに力を発揮していただければと願っています。


MITテクノロジーレビューは[日本版]は、才能ある若きイノベーターたちを讃え、その活動を支援することを目的とした「Innovators Under 35 Japan」の候補者を募集中。詳しくは公式サイトをご覧ください。