量子技術を最速で社会へ、大関真之教授が考えるイノベーターの条件
知性を宿す機械

Interview with Prof. Masayuki Ohzeki: The Future of Quantum Computer Commercialization and the Qualities of Innovators 量子技術を最速で社会へ、大関真之教授が考えるイノベーターの条件

大学で研究や教育活動に精力的に取り組みながら、スタートアップ企業の創業者として、多くの企業や自治体と協業し、量子アニーリング技術の社会実装に取り組む大関真之・東北大学教授/東京工業大学教授に、同技術の現在地と将来像、そしてイノベーターの条件について聞いた。 by Hideo Ishii2024.07.17

MITテクノロジーレビューが主催する世界的なアワードの日本版「Innovators Under 35 Japan(イノベーターズ・アンダー35ジャパン)」が、2024年度も開催される。7月31日まで候補者の推薦および応募を受付中だ。

本年度の審査員の1人である大関真之氏は、量子アニーリング技術の社会実装および人材育成の第一人者であり、2016年より東北大学大学院情報科学研究科准教授に就任、2019年に株式会社シグマアイを起業。2022年より東北大学および東京工業大学にて教授に就任し、精力的に研究を進めている。また、YouTubeチャンネル「大関真之の雑談方程式」において大学の講義を公開し、情報発信においても注目されている。大関教授は、研究や事業をどのような考えで進めているのか。イノベーターの条件とは何か。話を聞いた。

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量子アニーリング技術で社会課題を解決する

──大関先生が取り組んでいる研究テーマについて教えてください。

大関真之(Masayuki Ohzeki)
東北大学大学院情報科学研究科情報基礎科学専攻教授、東京工業大学理学院物理学系教授、株式会社シグマアイ代表取締役

2008年、東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程早期修了。2010年京都大学、2011年ローマ大学を経て、2016年より東北大学大学院情報科学研究科准教授。2016年には平成28年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。2018年、東京工業大学にクロスアポイント制度により准教授。2022年より東北大学および東京工業大学にて教授承認。2023年、KDDI Award本賞受賞。量子アニーリング技術の社会実装および人材育成に従事。最近ではYouTubeチャンネル大関真之の雑談方程式でも活躍。量子アニーリング公開伴走型生配信授業「QA4U」、量子コンピューティング公開伴走型生配信授業「QC4U」も配信中。

私は量子コンピューターといっても、量子アニーリング技術に関心を持っています。最近の動きを見ていると、米国や中国は量子コンピューターそのものを作る研究が中心になっていますし、日本も国産量子コンピューターを作ることでしのぎを削っています。

私自身が取り組んでいるのは、そういった量子コンピューターを作る研究ではなく、紙と鉛筆で計算する理論物理です。量子アニーリングは、組合せ最適化計算に特化した計算手法で、それを応用した社会課題の解決を研究の主軸にしています。

──どのような経緯で、量子アニーリングの研究を始めたのでしょうか。

量子アニーリングは、西森秀稔氏(東京工業大学名誉教授)が1998年に提案した日本発の技術です。どんなに画期的な技術でも日本人が提案すると「ああ、そうですか」で終わることが多いですが、量子アニーリングについては2011年、カナダのスタートアップ企業「Dウェーブ・システムズ(D-Wave Systems)」が実際に量子アニーリングのプロトコルに従って動作するチップを開発し、量子アニーリングマシンの商用販売を開始しました。

最初は「そんなの嘘でしょ」と言われていたのですが、彼らはどんどん優れたチップを作っていきました。私が実際に量子アニーリングマシンを目にしたのは、2015年にカナダ大使館が開いた、スタートアップ企業を日本に紹介するイベントでのことです。そのとき、一般的なコンピューター・シミュレーションで解くととても時間のかかるパズルの問題を、量子アニーリングマシンが一瞬で解いたのです。その場ではパズルの答えが正しいかどうかは検証できなかったものの、量子アニーリングマシンが実際に機能していることに衝撃を受けました。

ただ量子アニーリングマシンが実際にできたものの、国際会議では性能がいいとか悪いとか、こういう問題は得意・不得意だとか、そんなことばかり議論されていました。量子アニーリングマシンを使って最終的に何をやるのか、何を目指すのかは誰も考えていなかったのです。

結局、組合せ最適化問題を量子アニーリングマシンがすばやく解いて、どんなことができるのかということには、誰も答えてくれない。これはチャンスだと思いました。

その国際会議の後、2016年に東北大学の准教授に着任しましたが、東日本大震災の傷跡が強く残っていました。震災では、地震そのものの被害より、その後の津波による被害が大きかった。渋滞が起きて逃げられなかった人が被害にあったという話を聞き、これが量子アニーリングマシンの使い方だと思ったのです。つまり、渋滞のような複雑な問題も量子アニーリングマシンを使えば、一瞬で答えを出せる。実際に学会で、高知県で津波が起きた際の避難ルートを量子アニーリングで示すデモンストレーションをしたところ、日本独自の観点で、画期的な利用方法を見出したと評価されました。

量子コンピューターのハードウェアを作ることでは米国に負けていても、その新しい技術を世界でいち早く社会に適用することを示せば、日本は世界に負けない。そう信じて、それ以来、新しい技術を一番早く社会に適用するための研究をしています。

「組合せ最適化」に特化した計算手法である量子アニーリング技術の解説とカナダのD-Wave Systems社製のマシン
出典:株式会社シグマアイ

誰もが勉強できるように講義を一般に公開

──大関先生は大学での研究の枠にとらわれず、量子アニーリングのスタートアップ企業「シグマアイ」を立ち上げたり、講義をYouTubeで公開されたりしていますね。

研究を大学だけで続けても、それをさらに膨らませることは難しい。その成果を実際にビジネスやサービス展開して、いろいろな人に届ける機能も必要だと考え、大学発のスタートアップを立ち上げました。「量子×交通」、「量子×材料」など、組合せ最適化問題で解決できる分野は多くあります。そうした量子アニーリングを使った課題解決を提案し、アプリケーションやシステムを作っています。

一方、講義を公開した理由は単純で、そもそも大学の講義はなぜ講義室でやっているのだろう? と疑問に思ったのがきっかけです。大学、特に国立大学は公共的な存在であり、みんなに愛され、利用されるインフラのはずですよね。でも、講義は入学生だけに閉じてしまっている。とてももったいないな、と。

大学に行けなかっただけで教育のチャンスが損なわれてしまう。何歳からでも、どこからでも、いつでも講義を受けて勉強できるようにしたら、人生を変えられるかもしれない。少なくとも私の講義だけは、世界中で聞いてもらいたい。そうした意図で公開したら案外とウケて、チャンネル登録者数が8000人を超えました。これは面白いぞと、1人で大学を作ってみようか、と今は考えているほどです。

量子コンピューター実用化のゆくえ

──量子コンピューターの本命は量子ゲート方式の汎用量子コンピューターと言われていますが、実用化について先生はどのように考えていますか。

まず、現状のNISQ (Noisy Intermediate-Scale Quantum:ノイズあり中規模量子、ニスクと呼ばれる)についてはよく言われているように、実用的な用途での利用は難しいのではないかと考えています。あくまで通過点であり、投資を呼び込むためのうまいネーミングを作ったなという印象です。

最終的な目標でもあるFTQC(Fault-Tolerant Quantum Computer:誤り耐性量子コンピューター)については、誤り訂正のアイデアやメカニズム自体は2000年初頭には完成しています。あとは実際に量子ビットを測定してフィードバックすればよくて、冷却原子系だったらできるという話も出てきた。それを使って、たとえば実際に素因数分解などの計算をやってみる。その良い結果が出てくるのが2030年ごろだろうと考えています。

──大関先生の研究室では、量子アニーリングのほかに、量子ランダム回路や量子機械学習についても研究されていますね。

そうですね。飽きっぽいので、自分自身は量子アニーリングの応用は5年もやれば十分だと思って学生たちに任せています。私自身は現在、量子ランダム回路の理論的解析に興味を持っています。量子ランダム回路は、Googleの論文でもありましたが、量子コンピューターを使ってようやくまともに計算できるくらいとても難しい問題です。手で計算できるようにする工夫などの理論的な進展が私の研究室であり、そういうことができる人は世界にそんなにいないだろうと思っています。元々が理論物理学者なので、役に立つ、役に立たないとは別次元で、人類はすごいなと感じさせる新しい研究に取り組んでいます。

これからの新しいエンターテイメントは科学だ

──大関先生自身がUnder 35時代に心がけていたことはありますか?

35歳までに大学の准教授になれなかったら、この仕事はやめようと思っていました。プロ野球選手なら、35歳は晩年ですからね。分野によって全く異なるのは承知していますが、研究開発分野においても、ブリリアントな才能を出せて、その才能と経験の部分がちょうど交わるのが35歳頃です。ですので、私は35歳までに研究をがんばって、その後に自分をプロデュースしていこうと考えていました。

研究者は与えられた仕事をこなすようなサラリーマン的な生き方とは逆でなければいけないはずです。大学として給料を払っているのはあくまで教育や大学運営の部分であって、研究や個性を発揮する部分に関しては、外部からの表彰などの評価も含めて、別の兼業報酬で賄う、その代わり大学は縛らない、というように大学も変わってきています。

──「Innovators Under 35」にどのような印象をお持ちでしょうか。

世の中にすごく悶々として鬱屈した気持ちを持っているけど、くじけなかった人が、ようやく日の目を見る35歳近くまでなったとして、どんなものを成し遂げたのかを見てみたいと思っています。先の話と関係しますが、30代、40代のプロたちが跋扈する複雑な現代社会においては、20代で大成するのは難しい。20代後半から30代前半ぐらいでようやく日の目を見て、周りの全員が「これはかなわない」という人が出始める、すごくおもしろい年代です。そういう意味で、現代社会にすごくマッチした賞だと思いますし、とても楽しみにしています。

──最後に、先生が考える「イノベーターに求められる条件」とは何でしょうか。

人の言うことを聞かないことが一番でしょうね。世の中で正しいとされていることは大嘘であるというように、自分の目と自分の頭で考える習慣を身につけることだと思います。一方で、人類のこれまでの歴史において普遍的に培われたものもある。それを尊敬して、ベースとしつつ、今の社会にマッチしたものは何だろうかという、そもそも論を考えられる人がイノベーターだと思います。

ですので、私としてはすごい研究成果やすごい技術があるだけではなくて、社会に対するあっと驚くような仕掛けを考えている人を求めています。大学や研究所で論文をたくさん書いていますとか、何か新しいデバイスをつくっていますと言っているだけなら、私は「該当者なし」にしてしまうかもしれない(笑)。

私は、新しいエンターテイメントは科学だと思っています。自分の技術を愛し、それを世の中に広めようと狙っている人に応募してほしいですね。

 


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