KADOKAWA Technology Review
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中国テック事情:DJI製ドローンに世界で広まる安全保障上の懸念
AP Images
Why China’s dominance in commercial drones has become a global security matter

中国テック事情:DJI製ドローンに世界で広まる安全保障上の懸念

市場で圧倒的なシェアを持つ中国DJI製ドローンの紛争地帯での使用が世界中で懸念を引き起こしている。米下院は同社製ドローン販売の全面禁止を可決したが、代わるほどの性能、価格競争力を持つ製品を開発できる企業が現時点では存在しないことも確かだ。 by Zeyi Yang2024.07.02

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

ドローンを飛ばしたことがある人も、そうでない人も、DJIという名前を聞いたことがあるだろう。少なくともそのロゴは見たことがあるはずだ。世界の消費者市場で90%超のシェアを誇る、中国・深センを拠点とする会社のドローンは、娯楽用、写真撮影や監視といった事業用のほか、農薬散布、荷物の運搬、その他多くの用途で世界中で使われている。

しかし、6月14日、米国下院はDJIドローンの米国での販売を全面的に禁止する法案を可決した。この法案は現在、上院で年次国防予算交渉の一環として議論されている。

禁止の理由は? DJIによる市場支配は、長年にわたって詮索の対象となってきた。同社の商用製品はたいへん優れており、手頃な価格であることから、敵を偵察したり爆弾を運んだりするために、交戦中の戦場でも使用されていることが次第に明らかになっている。米国が中国と台湾の紛争の可能性を懸念するなか、DJIの商用ドローンの軍事転用が、大きな政策上の関心事となりつつある。

DJIが商用ドローンの金字塔を打ち立てることができたのは、数十年にわたる電子機器製造の実力を有し、深セン市政府の政策的支援を受けているからだ。これは、中国の製造業の優位性が技術的優位性へと変わり得る例を示すものだ。

「私はDJIの工場に何度も行ったことがあります。中国の産業基盤は極めて充実しており、すべての部品のコストがほんのわずかで済みます」と、イーロン・マスクらが共同創業したニューラリンク(Neuralink)で機械工学部門を率いるサム・シュミッツはXに書いている。深センとその周辺の町は、何十年も前から工場が乱立しており、ドローンのようなハードウェア産業に不可欠なサプライチェーンを提供してきた。「この工場ではほとんどあらゆるものが作られ、その周囲には、別のあらゆるものを作る何千もの工場があります。珍しいネジが足りなくなったとき、通りを歩けばそれを何千本も売っている業者が見つかります。そんな場所は、ここ以外に世界中どこにもありません」とシュミッツは書いている。

一方、深セン市政府もこの産業に大きく貢献してきた。例えば、企業に潜在的にリスクのある実験をする許可を積極的に与え、補助金や政策支援を設けてきた。昨年、私は深センを訪れ、普段の食品配達にドローンがどれほど取り入れられているかを体感した。市は企業と協力して、荷物から乗客まであらゆるものを運ぶなど、ますます大きな仕事にドローンを活用しようとしている。これらすべてが、深センに「低高度経済」を構築する計画に盛り込まれおり、同市がドローン技術の最先端を走り続けることにつながっている。

その結果、深センのサプライチェーンは大きな競争優位性を持つに至り、世界は深センなしではドローンを使うことができないほどになった。中国製のドローンは、世の中でとにかく最も入手しやすく、手頃な価格となっている。

最近では、ウクライナとロシアの紛争で、両陣営が偵察や爆撃にDJIのドローンを使用している。一部の米国企業がDJIに取って代わろうとしたが、そのドローンはDJI製品よりも高価なうえ、性能も不十分だった。DJIがロシアとウクライナでの事業を正式に停止し、自社製品が軍事目的で使用されていることが判明した場合は、再販業者との関係を解消すると発表しているにもかかわらず、ウクライナ軍は依然として中国から調達した部品を使って、独自のドローンを組み立てている。

米国の政治家が懸念しているのは、中国企業1社とその背後にあるサプライチェーンへの依存だが、中国と台湾の間で紛争が起これば、その危険性がさらに顕著になるだろう。この紛争は米国と世界にとって、大きな安全保障上の懸念事項である。

本誌のジェームズ・オドネル記者は先日、台湾海峡で戦争が起こった際のドローンの役割を分析した、シンクタンクである新アメリカ安全保障センター(CNAS)のレポートについて記事を書いた。現在、ウクライナとロシアはどちらも依然として、中国企業からドローンやその部品を調達する方法を模索しているが、台湾が調達するのは遥かに難しくなるだろう。敵国への供給を遮断することが中国の利益となるからだ。「台湾は事実上、世界有数の商用ドローン供給事業者から切り離されているので、独自のドローンを製造するか、米国などで代わりとなるメーカーを見つけなければならない」とジェームズ記者は書いている。

米国でのDJI製品の販売禁止が最終的に可決されれば、同社にとって大きな打撃となることは間違いない。米国のドローン市場は現在推定60億ドルの規模で、その大部分がDJIに流れているからだ。しかし、DJIの優位性が損なわれても、中国国外でそれに代わるドローン産業が魔法のように成長するわけではない。

「DJIに対する措置は保護貿易主義を示唆し、公正な競争と開かれた市場の原則を損なうものです。『中国共産党ドローン対策法(Countering CCP Drones Act)』は、根拠のない疑惑が公共政策を左右するという危険な前例となり、米国の経済的繁栄を脅かす恐れがあります」と、DJIはMITテクノロジーレビューにメールで声明を伝えた。

台湾政府は中国のドローン産業に過度に依存することのリスクを認識しており、そこからの転換を模索している。3月に、新たに就任した台湾の頼清徳総統は、台湾は「民主的なドローンサプライチェーンのアジアの中心地」になることを望んでいると述べた

すでに世界の半導体生産の中心地となっている台湾は、ドローンのような別のハードウェア産業を成長させるのに絶好の立場にいるように思える。だが、深センほどの経済規模を確立するにはおそらくまだ数年、あるいは数十年かかるだろう。米国の支援があれば、台湾の企業は実際に中国によるドローン業界支配を揺るがすほどの急成長を遂げることができるだろうか?それは大いなる疑問だ。


中国の最新動向

1. バイトダンス(ByteDance)は、米国のチップ設計会社ブロードコム(Broadcom)と協力し、設計ルール5ナノメートルの人工知能(AI)チップを開発している。米国の輸出規制の対象であるはずのこの米中協力は、昨今の政治情勢を考えると珍しい。(ロイター

2. 欧州連合(EU)と中国が互いに新たな関税の導入を発表した後、両者は紛争の解決方法について協議することで合意した。(ニューヨーク・タイムズ

  • カナダは中国製電気自動車に対する独自の関税を導入する準備を進めている。(ブルームバーグ

3. 米航空宇宙局(NASA)のリーダーによると、米国が数年以内に宇宙飛行士を月に送る計画は「予定通り進んでいる」という。現在、月探査をめぐって、米国と中国の間で激しい競争が繰り広げられている。(ワシントンポスト

4. 新たなサイバーセキュリティ・レポートによると、中国が支援するハッカー集団「レッドジュリエット(RedJuliett)」は、今年に入って台湾の組織に対する攻撃を強化している。(アルジャジーラ

5. カナダ政府は、レアアース鉱山が中国企業に売却されるのを阻止しようとしている。その代わりに同国政府は、備蓄されているレアアース素材を220万ドルで購入する。(ブルームバーグ

6. 中国国内の経済的苦境が、一部の中国人小口投資家を米国のマリファナ産業への参入に駆り立てている。彼らは米国で土地を購入し、マリファナ農場を設立して、新たな中国人移民を雇用している。(NPR

ロスト・イン・トランスレーション

中国の日刊紙「南方都市報」によると、先週、中国で最も話題になった人物は、姜萍さんという17歳の少女であった。2018年から毎年、中国企業のアリババは、世界中の名門大学から学生を集めて、多額の賞金をかけて競う世界規模の数学コンテストを主催している。しかし、誰もが驚いたことに、中国東部の貧しい町の職業高校でファッションデザインを学んでいる姜さんが、多くの大学の学部生や修士課程の学生を抑えて、今年の予選で最終的に12位になった。他の多くの競争相手と違い、姜さんは数学の先生の指導のもと、大学の数学の教科書を読んだ以外、専門的な訓練は受けていない。

アリババが第1ラウンドの結果発表後に取り上げた姜さんの話は、中国ですぐに話題となった。埋もれた才能と個人の努力が、いかに不利な状況を克服できるかという物語と捉える人もいれば、彼女の結果の正当性を疑問視する人もいた。姜さんはあまりにも有名になり、ソーシャルメディアのインフルエンサーなどがひっきりなしに姜さんの家を訪れ、彼女の故郷はあろうことか観光地と化した。姜さんがコンテストの最終ラウンドに向けて準備している間、町は彼女を人目につかないようにしなければならなかった。

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ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。
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