世界を変える革新技術「エアシューター」の現在

The return of pneumatic tubes 世界を変える革新技術
「エアシューター」の現在

カプセルに入れた現金や書類をチューブを通じて運ぶ「気送管(通称エアシューター)」は、世界に革命を起こす技術としてかつて期待されていた。現金や書類の需要が消えた今、気送管はどのように活用されているのか。 by Vanessa Armstrong2024.06.25

気送管は「世界に革命を起こす」と謳われていた。サイエンス・フィクションでは、気送管は未来の基本構造の1つになっていた。ジョージ・オーウェルの『1984年』のようなディストピア物語でもそうだ。主人公のウィンストン・スミスは、気送管が点在する部屋に座り、政府与党の変わりゆくナラティブ(物語)に合わせて以前に公開されていたニュース記事や歴史記録を改ざんするよう命じた。

現実世界において、気送管は19世紀後半から20世紀半ばにかけ、さまざまな産業界に変革をもたらすものとして期待されていた。「圧縮空気の可能性が米国ではあまり理解されていません」。1890年のニューヨーク・トリビューン紙の記事はこう述べている。「気送管による通信システムは、もちろん多くの店舗や新聞社で使用されています。しかし、圧縮空気を使うことについて、工学の専門家でさえよく分かっていない人が多くいます」。

気送管とは、送風機を利用して円筒形のカプセルまたはキャリアをチューブ内で移動させる技術だ。米国では一時、このシステムがもてはやされていた。小売店や銀行は、現金をより効率よく移動できる可能性に特に興味を示していた。「顧客の時間を節約できるだけでなく、店舗側もさまざまな小売フロアで現金を運ぶ少年たちの煩わしい喧騒や混乱から解放されます」と1882年のボストン・グローブ紙の記事は報じている。経営者にとってのメリットはもちろん人件費削減だった。気送管の製造業者は「店舗は1年以内に投資額を回収できます」と主張していた。

当時最大の気送管企業だったラムソン・サービス(Lamson Service)について、1914年のボストン・グローブ紙の記事は「ラムソン・サービスのモットーは、あらゆる方法で大人や子どもの代わりに機械を利用した運搬を実現すること」と述べ、さらにこう続けている。「ハーバード大学の名誉学長であるチャールズ W. エリオットは『機械でできる仕事に人間を雇用すべきではありません』と話していますが、ラムソン・サービスは『なぜなら、利益を生まないからです』と付け加えました」。

ラムソン・サービスは、1912年までに小売、銀行、保険会社、法廷、図書館、ホテル、工場などの分野で、世界中に6万を超える顧客を抱えていた。ボストン、フィラデルフィア、シカゴ、ニューヨークといった各都市の郵便局も、気送管を利用して郵便物を配達していた。1912年までには、少なくとも72キロメートルにも及ぶラムソン・サービス製チューブが設置されていた。

輸送産業では、1870年にニューヨーク市が初めて試みた地下鉄システムも圧縮空気システムを採用した。「チューブで人を運ぶ」というアイデアは、今日に至るまでイノベーターたちを魅了し続けている(2010年代にイーロン・マスクが発表し、ほぼ頓挫してしまった「ハイパーループ(Hyperloop )のコンセプトを思い出してほしい)。

だが、20世紀半ばから後半にかけ、気送管はほとんど使われなくなっていった。郵便物をトラック輸送する方がチューブよりも安かったし、取引方法がクレジットカードに移行するにつれ、現金払いで小銭を出し入れする必要が減少していったからだ。電気鉄道が圧縮空気に取って代わり、紙の記録やファイルはデジタル化の余波で姿を消した。銀行のドライブスルーで使用されていたチューブはATMに置き換えられ始めた。ごく一部の薬局だけは、独自サービスにチューブを使用し続けていた。こうして気送管は事実上、時代遅れになっていった。

ただし、病院だけは例外だった。

「現在、建設中の新しい病院でも気送管システムは採用されています。新築の家に洗濯機やセントラル・エアコン・システムを …

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