砂漠に波がやってくる——
水不足の地を揺るがす
人工サーフィンの波紋
サーフィンの人気拡大に伴い、人工的に波を作り出すサーフ・プール産業が盛り上がりを見せている。だが、米国では水不足が懸念される地域での開設計画が相次ぎ、多くの住民の反発を招いている。 by Eileen Guo2024.07.19
- この記事の3つのポイント
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- 水ストレスの高い地域でのサーフ・プールの建設が進んでいる
- 飲料水不足に苦しむ米カリフォルニア州では住民が反対運動を展開
- サーフ・プールは水の公平な利用をめぐる議論を引き起こしている
サーフィンの歴史と同じくらい長い間、サーファーたちは完璧な波を追い求めることに夢中になってきた。大きさだけの問題ではない。形や表面の状態、持続時間も重要だ。美しい自然環境の中で体験できるのが理想的である。
サーファーたちはかつて、ボートでしか行けない熱帯の海岸線から、氷山が砕ける際に起きる「うねり」に至るまで、さまざまな波を追い求めてきた。しかし、サーフィンがメジャーになるにつれて、さらに身近なところでこの探求が実施されるかもしれない。少なくとも、成長を続けるサーフ・プール産業の開発業者や推進者が提示しているビジョンだ。この産業は、ついにサーファーたちに実際に乗りたいと思わせるような人工波を作れるほどに波生成技術が進歩したことで勢いを増している。
サーフィンの推進者には、サーフ・プールがサーフィンを大衆化し、海岸から遠く離れた地域でもサーフィンが楽しめるようになると考えている人もいる。その一方で、単に利益を追求することに関心がある人々もいる。しかし、米カリフォルニア州サーマルのサーフ・プール建設計画をめぐる数年にわたる争いから分かるのは、サーフ・プールが作られる場所に住む多くの人々が懸念しているのは、サーフィンそのものではないということだ。
カリフォルニア州南部の都市パーム・スプリングスからわずか48キロメートル、コーチェラ・バレー砂漠の南東端に位置するサーマルは、今後47万平方メートルの会員制プライベートクラブ、サーマル・ビーチ・クラブ(TBC)の本拠地となる予定だ。開発業者は、目もくらむようなアメニティを備えた300戸以上の高級住宅の建設計画を打ち出している。目玉となるのは、8.1万平方メートル以上の人工ラグーン。最大2.1メートルの高さの波が発生する1.5万平方メートルのサーフ・プールを備える。初期のWebサイトによると、クラブ会員料金は年間17万5000ドルからだ(TBCの開発業者は、コメントを求める複数の電子メールに返答しなかった)。
この価格設定は、TBCが地元の人々のためのものではないことを明確に示している。未法人地域(地方自治体に属さない地域)の砂漠にあるサーマルの現在の世帯収入中央値は3万2340ドルだ。住民のほとんどはラテン系で、多くは農作業従事者である。この地域には、公共水道など、コーチェラ・バレー西部を支える基本的なインフラがほとんどなく、住民は飲料水を老朽化した私設井戸に頼っている状況だ。
TBCの敷地からわずか数ブロック離れたところに、24万平方メートルのオアシス・モバイル・ホーム・パーク(Oasis Mobile Home Park)がある。同施設は約300棟の移動住宅に約1500人が住むように設計された老朽化した開発地区で、何十年もの間、清潔な飲料水不足に悩まされてきた。同施設の所有者は、高濃度のヒ素に汚染された水道水を提供しているとして米環境保護庁から何度も警告を受けており、昨年には米司法省が安全飲料水法違反で提訴している。一部の住民は移転のための援助を受けているが、残っている住民の多くは、毎週州から支給されるボトル入りの水に依存しており、シャワーは地元の高校に借りている状況だ。
サーマル近郊で育った28歳の特別支援教員、ステファニー・アンブリズは、2020年初頭にTBCの開発計画を初めて耳にしたとき、「大きな怒り」を覚えたと振り返る。アンブリズをはじめとする地元の人々は、TBC建設に反対するキャンペーンを立ち上げた。地域住民はTBCの建設を望んでいないし、利用することもできないだろうとアンブリズは言う。住民が望んでいるのは、飲料水、手頃な価格の住宅、きれいな空気であり、住民の抱いている懸念を地元当局に認識してもらい、真剣に受け止めてもらうことだとアンブリズは語る。
住民からの反発があり、コミュニティの意見を反映させるために2度も延期されたにもかかわらず、リバーサイド郡監督委員会は2020年10月にTBCの計画を全会一致で承認した。アンブリズは何十年もの間「郡が地域住民の声を無視してきたにもかかわらず、このような贅沢な開発計画の承認を厭わないことにショック」を受けたという(リバーサイド郡の担当者はTBCについての具体的な質問には回答しなかった)。
砂漠に水を大量に消費するサーフ・プールを作る。直感に反しているように思うかもしれない。だが、コーチェラ・バレーは「最適な場所」だとダグ・シェレスは主張する。シェレスはこの地域で計画されている別のプライベート・プール、「DSRTサーフ」の開発者だ(同施設の目玉は、米国初のウェーブガーデン(Wavegarden)の造波装置「ザ・コーヴ(The Cove)」を使うことだ)。コーチェラ・バレーは「世界最大で最も裕福なサーファーがいる場所に近い」とシェレスは言う。「年間360日サーフィンができる気候」で、「非常に強固な帯水層」に支えられた「美しいリゾート環境」の中で、山と湖の景色を楽しめる場所だと話す。
予定されているこれら2つのプロジェクトに加え、パーム・スプリングス・サーフ・クラブ(PSSC)がすでにこの地域にオープンしている。ある愛好家がサーファー(Surfer)誌に語ったように、この3件のプロジェクトはコーチェラ・バレーを「ウェーブ・プールのノースショア」に変えつつある。
その結果、ある強烈な認知的不協和が生じる。それは先日、数日かけてコーチェラ・バレーを横断し、PSSCで波を試した後に私が体験したものだ。この環境は奇妙なものに思えるかもしれないが、本誌の分析によれば、コーチェラ・バレーは例外ではないことが明らかになっている。業界誌ウェーブ・プール・マガジン(Wave Pool Magazine)が追跡調査したところ、世界中で建設または計画が発表された推定162カ所のサーフ・プールのうち、54カ所は非営利組織である世界資源研究所(WRI)が水ストレスが高い、または極めて高いとみなす地域にある。つまり、年間で利用可能な地表水供給の大部分を定期的に使用するということだ。水ストレスが「極めて高い」カテゴリーに属する地域は地表水供給量の80%以上、「高い」カテゴリーに属する地域は地表水供給量の40〜80%を使用する(ウェーブ・プール・マガジン誌に掲載されたプールのすべてが建設されるわけではないが、同誌は発表されたすべてのプロジェクトを追跡している。いくつかはすでに閉鎖されており、60カ所以上が現在稼働中)。
米国に焦点を当てると、その半数近くが水ストレスの高い、あるいは極めて高い地域にあり、そのうちのおよそ16カ所は、深刻な干ばつに見舞われたコロラド川が水源となっている地域だ。パーム・スプリングス広域地域は水ストレスの最も高いカテゴリーに属する、とWRIの研究者であるサマンサ・クズマは言う(ただし、クズマはWRIの地表水に関するデータは、その地域の帯水層へのアクセスや水管理計画などのすべての水源を反映しているわけではないとも指摘している)。
現在、TBCのサーフ・プールやその他の計画されている施設の建設が進み、南極大陸を除くすべての大陸に建設予定地を持つ、数十億ドル規模の産業に成長するにつれ、内陸で得られる波(サーフ・プールの造波)はサーファー、開発業者、地域社会の人々にとってますます議論の火種となっている。フランスのボルドーにあるパークに反対する35の団体を含む「カネジャンの『サーフ・パーク』に反対する会(No to the Surf Park in Canéjan)」という連合が現在実施している調査によると、世界中で少なくとも29のサーフ・クラブに反対する組織化された運動がある。
具体的な内容はさまざまだが、これらすべての争いの中心となっているのは、サーフィンというスポーツの核でもある問題だ。つまり、完璧な波を見つけるため、あるいは作り出すために必要な代償は何か、そして誰がそれを背負うのかだ。
ウェーブ・プールは1800年代後半から存在していたが、サーフィンのための人工波は1969年に、砂漠地帯であるアリゾナ州テンピのビッグ・サーフ(Big Surf)で初めて作られた。しかし、そのプールや初期の後継施設において、サーフィンは二次的な目的だった。そのようなパークに行く人々の関心は水しぶきを浴びることにより向けられていたし、サーファー自身も、そういったプールで得られる波にはあまり胸を躍らせていなかった。作られた波は小さ過ぎ、かつ柔らか過ぎて、本物の波のパワーも形も感触もないものだったからだ。
流れが大きく変わったのは2015年のことだ。史上最高のプロサーファーといわれるケリー・スレーターが、高さ約1.8メートル、50秒間のチューブ波(バレル波)に乗る映像が撮影された時である。広く拡散されたこの映像でスレーターは、自然の波ではなく、海岸から160キロメートルほど離れたカリフォルニア州セントラル・バレーにあるプールで作られた波に乗っていたのである。
そのような高さ、形、持続時間の波は …
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