医療用MDMA解禁に「ノー」、FDA諮問委が下した意外な答え

FDA advisors just said no to the use of MDMA as a therapy 医療用MDMA解禁に「ノー」、FDA諮問委が下した意外な答え

心理療法にMDMAの使用を承認するかどうかを協議するFDAの委員会の出した答えは「ノー」だった。有効性を実証した研究があまりにずさんだったためで、新たな治験の実施で覆る可能性もある。 by Cassandra Willyard2024.06.10

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

米国食品医薬品局(FDA)は6 月4日に専門家による委員会を開催し、「エクスタシー」という呼び名でも知られるMDMAの使用が心的外傷後ストレス障害(PTSD)の安全かつ効果的な治療法であることがエビデンス(科学的根拠)で示されているかどうか、意見を求めた。答えは圧倒的に「ノー」であった。MDMA支援療法が効果的であることに同意したのは、委員会メンバー11人中、わずか2人だった。また、この治療法の利点がリスクを上回ると考えたのは、1人だけである。

臨床試験の結果が肯定的なものであったことを考えると、この結果は多くの人にとって驚きだった。幻覚剤(サイケデリックス)療法を主流の医療に取り入れることに20年以上取り組んできた支持者たちにとっては、大きな痛手でもある。これは、MDMAに関する最終決定ではない。FDAは8月11日までに裁定を下さなければならない。ただし、FDAは諮問委員会の勧告に従う義務はないものの、その決定を覆すことはめったにない。

この記事では、この諮問委員会の採決について詳しく解説し、それが他の快楽目的薬の治療薬承認にとって何を意味するのか、説明する。

委員会の承認を阻んだ主な要因の1つは、これまでに完了した2つの有効性試験の設計だった。治験参加者は、自分が治療群に属しているかどうかわからないことになっていたが、MDMAの効果によって自分が大量に投与されたかどうかはかなり簡単にわかる。そのため、ほとんどの治験参加者は、自分がどちらの群に入ったかを正確に推測していた。

2021年にMITテクノロジーレビューのシャーロット・ジー記者は、MDMA治験参加者のネイサン・マギーにインタビューをした。「私がMDMAを飲んだとは思わないと言ったのとほぼ同時に、ドラッグが効きはじめました。つまり、MDMAを飲んだことがわかったのです」と、マギーは話してくれた。「洗面所に行って鏡を見たときに自分の瞳孔が皿のように大きくなっていたことを覚えています。「うわあ、そういうことか」という感じでした」。

幻覚剤学際研究学会 (MAPS:Multidisciplinary Association for Psychedelic Studies)は、2001年以来、FDAと協力して治療薬としてのMDMAの開発に取り組んできた。MAPSは2016年にFDAと会合を開き、第3相臨床試験(治療が有効かどうか検証するための試験)の詳細を詰めようとした。このときFDAの当局者はMAPSに対し、参加者がMDMAを投与されたかどうか分からないようにするため、対照群に活性化合物を使用することを提案した。しかし、MAPSは反対し、試験はプラセボを使って進められた。

その結果、何ら驚くことではないが、MDMA群に割り振られた人の約90%、およびプラセボ群に割り振られた人の約75%が、自分がどちらの群に属しているか正確に認識していた。そしてそれは参加者だけではない。参加者を治療するセラピストたちも、自分が監督している患者がMDMAを投与されているかどうか、分かっていた可能性が高い。これは「機能的盲検解除」と呼ばれる問題で、委員会でも繰り返し取り上げられた。それがなぜ問題なのか。PTSDに対するMDMAの効果を強く信じている参加者が、自分にMDMAが投与されたことを知っている場合、期待バイアスによって治療効果が増幅される可能性があるのだ。これは、結果の判断が主観的な尺度に基づく場合、特に問題となる。たとえば、実験室のデータではなく、ある人がどう感じるかということに基づいて判断するような場合である。

もう1つ障害となったのは、この治療法の治療コンポーネントだった。ライコス・セラピューティクス(Lykos Therapeutics 、MAPSからスピンオフした営利目的組織)はFDAに対し、MDMAを心理療法と組み合わせて投与するMDMA支援療法の承認を求めた。セラピストは3回にわたりMDMAを投与しながら、参加者を監督した。しかし、参加者はMDMAの投与前にも3回のセラピーセッションを受けており、投与後も自分の体験を処理するため3回のセラピーセッションを受けた。

2つの治療法が一緒に実施されたため、効果のどれだけがMDMAによるもので、どれだけがセラピーによるものなのか知るための良い方法がなかった。さらに、「そのような統合された治療セッションの内容や手法は治療マニュアルで標準化されておらず、主に個々のセラピストに委ねられていた」と、FDAで臨床審査官を務めるデイヴィッド・ミリスは委員会で述べた。

複数の委員は、安全性に関する懸念も提起した。それらの委員は、MDMAの効果によって人々がより暗示にかかりやすくなり、乱用が起こりやすくなるかもしれないことを懸念し、倫理違反の疑惑を指摘した。このことは、臨床経済審査研究所(Institute for Clinical and Economic Review)の最近の報告書で概説されている。

それらの問題や他の問題から、ほとんどの委員会メンバーはMDMA支援療法に反対票を投じざるを得ないと感じた。「大きな肯定的効果が有意な交絡因子によって台無しにされたと感じました」と、委員会メンバーの1人でジョージタウン大学医学部救急医学教授のマリアン・アミルシャヒ委員は、表決の後で述べた。「有効性を示唆する兆候はあったとは確信していますが、もっと良い方法で試験する必要があります」。

今回の決定が、この分野全体にとって後退となるのかどうかは、現時点ではまだわからない。「はっきりさせておくと、却下されたのはMDMAそのものではなく、ライコス・セラピューティクスが提供した特定の稚拙なデータセットです。私の意見では、FDAの諮問委員会の懸念に対処する第3相臨床試験プログラムが適切に実施されれば、MDMAが承認される可能性はまだ十分あります」と、同じく治療薬としてのMDMA開発に取り組んでいるATAIセラピューティクス(ATAI Therapeutics)の創業者、クリスチャン・アンガーマイヤーは述べている。

もしFDAがMDMA療法の承認を拒否しても、ライコスや他の会社が追加試験を実施し、再申請する可能性がある。委員会メンバーの多くはMDMAを有望と考えているものの、これまでの研究は、この薬物の安全性と有効性を実証するには不十分であると述べている。

「シロシビン」は、FDAが検討する次の幻覚剤療薬になる可能性が高く、いくつかの点で、承認されるのはより容易かもしれない。MDMA使用の背景にある考え方は、心理療法を促進させることでPTSDを緩和するというものだ。セラピーは重要な治療コンポーネントであり、そこに難しい問題がある。FDAが規制するのは医薬品であって、心理療法ではないからだ。シロシビンの場合、治療にはセラピストがかかわるが、この薬物が担う役割が大きいように見える。「私たちはセラピーを提供しているのではありません。患者の安全と幸福のために考案された心理的サポートを提供しているのです」と、シロシビンの市場投入に取り組んでいるコンパス・パスウェイ(Compass Pathways)のカビール・ナスCEO(最高経営責任者)は言う。「6時間から8時間の治療セッション中に私たちが実際に発見したことは、大部分の時間が沈黙であるということです。実際のやり取りはありません」。

そのことにより、承認プロセスはより単純なものになる可能性がある。FDAで精神医学部門の責任者を務めるティファニー・ファーチョーネは委員会で、「難しいのは、私たちは心理療法を規制していないということです。用いられる特定の治療法の設計や実施について、私たちは本当に何も言えません」と述べた。「これは前例のないことなので、できる限り多くの意見と情報を得たいと強く考えています」。

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以前の記事で、MDMAがFDAに承認されたら何が起こるのか、そして、その決定が他の幻覚剤療法にどのような影響を与えるのかということについて探った。

幻覚剤(サイケデリックス)に明らかな注目が集まっており、この治療法が特に女性にとって有益であることが証明されるかもしれない。テイラー・マジェウスキーが2022年の記事で書いている。

本誌のジェシカ・ヘンゼロー記者は2023年の記事で、幻覚剤の誇大宣伝バブルがはじけようとしているかもしれないと主張した。

MDMAによって助けられた人たちもいるようだ。臨床試験の一環としてMDMAを摂取したネイサン・マギーは、シャーロット・ジー記者に「今は喜びがどのようなものか理解しています」と話した。

研究者たちが、幻覚剤を摂取したときのトリップ体験を再現する仮想現実プログラムの設計に取り組んでいる。ハナ・キロが記事にしている


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