鳥インフルでもmRNAワクチンか 脱・鶏卵で製造スピーディに
インフルエンザのワクチンの製造には、80年以上前に考案された、鶏卵を利用するプロセスがいまだに使われている。今後の鳥インフルエンザのパンデミックに備えて、よりスピーディにワクチン製造できる別の方法も考える必要がある。 by Cassandra Willyard2024.06.03
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
米国では現在、9つの州で複数の牛、数百万羽の鶏、そして先週時点で2人目となる酪農家が鳥インフルエンザに感染している。ウイルスが人間への感染力を持つために必要な突然変異をした兆候はないが、新たなパンデミックの可能性が懸念されており、保健当局は警戒を強めている。5月23日に当局は、予防措置としてH5N1型鳥インフルエンザ・ワクチン480万回分を用意する作業を進めていると発表した。
良い知らせは、私たちは鳥インフルエンザの集団発生に対して、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の時よりも、はるかに備えができているということだ。私たちがインフルエンザに関して持つ知識は、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)に関するものよりもはるかに多い。そして、国にはすでに数十万回分もの鳥インフルエンザワクチンが備蓄されている。
悪い知らせは、米国民全員が1人当たり2回のワクチン接種をするには、6億回分以上が必要になるということだ。そして、通常のインフルエンザ・ワクチン製造プロセスには数カ月を要し、また、大量の鶏卵に依存する形にもなっている。そう、鶏の卵だ。鶏は鳥類の中でも鳥インフルエンザに感染しやすい。
この記事では、手のかかる80年前のワクチン製造プロセスが、今もなおインフルエンザ・ワクチンの製造に用いられている理由と、どうしたらそれをスピードアップできるのかについて見ていこう。
インフルエンザ・ウイルスを鶏の受精卵で培養するというアイデアは、オーストラリアのウイルス学者フランク・マクファーレン・バーネットが考案した。1936年、バーネットは鶏卵の殻に小さな穴を開けて、殻と内膜の間にインフルエンザウイルスを注入すると、ウイルスを複製できることを発見した。
現在でも、ほとんど同じやり方でインフルエンザ・ウイルスが培養されている。 「既存のインフラに大きく関係していると思います」とペンシルベニア大学ペレルマン医学大学院の免疫学者スコット・ヘンズリー教授は語る。企業がやり方を変えるのは難しいことだ。
このプロセスは次のように進められる。 保健当局が、流行しているインフルエンザ株と一致するウイルスをワクチン候補としてワクチン製造業者に提供する。そのウイルスが受精鶏の卵に注入され、そこで数日間培養される。その後、ウイルスは採取され、(ほとんどのケースで)不活性化され、精製され、パッケージ化される。
卵の中でインフルエンザ・ワクチンを作ることには、いくつかの大きな欠点がある。まず初めに、ウイルスは卵の中で常にうまく培養できるわけではない。したがって、ワクチン開発の第一歩は、うまく培養できるウイルスを作り出すこととなる。そうしたウイルスは、数週間、または数カ月かかることもある適応プロセスを通じて作られる。このプロセスは鳥インフルエンザの場合は特に厄介なものとなる。H5N1のようなウイルスは鳥にとって致命的であるため、卵で十分なウイルスを作り出す前にウイルスによって胚が死んでしまう可能性があるのだ。これを避けるため、科学者は鳥インフルエンザ・ウイルスの遺伝子と、季節性インフルエンザのワクチン製造に通常使用されるウイルスの遺伝子を組み合わせて、弱毒化したウイルスを作り出さなければならない。
次に、十分な鶏と卵を確保しなければならないという問題がある。現在、多くの卵ベースの生産ラインは主に季節性インフルエンザのワクチンの製造に充てられている。それらを鳥インフルエンザ・ワクチンの製造に切り替えることもできるかもしれないが、「両方を製造する能力はない」とジョンズ・ホプキンス大学の感染症専門医アメシュ・アダルジャはKFFヘルスニュースに語った。米国政府は卵の供給について非常に心配しており、秘密裡に、そして厳重な警備のもと大量の鶏を国中に分散させて確保している。
ワクチンに使用されるインフルエンザ・ウイルスのほとんどは卵の中で培養されるが、その代替となるものもある。CSLセキーラス(CSL Seqirus)が製造する季節性インフルエンザ・ワクチンの「フルースバックス(Flucelvax)」は、1950年代にコッカースパニエルの腎臓から派生した細胞株で培養されている。プロテイン・サイエンシズ(Protein Sciences)が製造する季節性インフルエンザ・ワクチン「フルブロック(FluBlok)」に使用されているウイルスは培養されたものではなく、合成されたものだ。科学者らは、インフルエンザ・ウイルスの主要成分で、ヒトの免疫系に抗体の生成を促す、ヘマグルチニンの遺伝子を持つ昆虫ウイルスを開発した。遺伝子を組み込まれたこのウイルスは昆虫細胞を小さなヘマグルチニン生産工場へと変える。
そしてその後、私たちは、ワクチン製造業者がウイルスを培養する必要がないmRNAワクチンを手に入れた。インフルエンザのmRNAワクチンはまだ承認されていないが、ファイザー、モデルナ(Moderna)、サノフィ(Sanofi)、グラクソ・スミスクライン(GSK)など多くの企業が熱心にこれに取り組んでいる。「新型コロナワクチンと、新型コロナのために作られたインフラにより、私たちはすでにmRNAワクチンの生産を非常に迅速に増強できる能力を手に入れています」とヘンズリー教授は語る。フィナンシャル・タイムズは5月30日に、まもなく米国政府がモデルナと契約を締結し、同社が開発中の鳥インフルエンザ・ワクチンの大規模臨床試験に資金提供すると報じた。
卵を使わないワクチンは卵をベースにしたワクチンより効果が高いかもしれないという兆候がある。 1月に発表された米国疾病予防管理センター(CDC)の研究結果によれば、 ルースバックスやフルブロックを接種した人は、卵をベースにしたインフルエンザ・ワクチンを接種した人よりも強力な抗体反応を示したという。卵の中で増殖したウイルスはその環境で繁殖力を高めるために時々突然変異を起こすが、それがこの結果に影響を与えるている可能性がある。こうした突然変異によってウイルスは大きく変化する可能性があり、その変化により、ワクチンによって生まれる免疫反応が、実際に集団内で蔓延しているインフルエンザ・ウイルスに対して十分に機能しなくなる可能性がある。
ヘンズリー教授らは鳥インフルエンザ向けのmRNAワクチンを開発している。これまでのところ、動物でしかテストをしていないが、接種の効果はよく現れていると同教授は主張している。「私たちが動物でした前臨床試験のすべてにおいて、これらのワクチンが従来のインフルエンザ・ワクチンに比べてはるかに強力な抗体反応を引き起こすことが示されました」。
いつパンデミックが発生してインフルエンザ・ワクチンが必要になるかは誰にも予測できない。鳥インフルエンザが今パンデミックになっていないからといって、今後も起こらないというわけではない。「畜牛の飼育環境が懸念事項となっています」とヘンズリー教授は語る。人間はコンスタントに牛と触れ合っていると同教授は説明する。これまでのところ人間への感染例は数例しかないが、「牛との接触から一気に感染が広がる恐れがあります」と言う。そのような火種は素早く消し去らなければならない。
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以前の記事では、鳥インフルエンザが人間への感染力を持つために必要なことについて本誌のジェシカ・ヘンゼロー記者が説明した。そして今年の4月に鳥インフルエンザ感染が牛に広がり始めた後、私は人々と動物を守るための戦略を検討した最新情報を投稿した。
mRNAワクチンが大きな発明であることは改めて言う必要はないだろう。2021年にMITテクノロジーレビューは、mRNAワクチンをその年のブレークスルー・テクノロジー10の1つとして大きく取り上げた。本誌のアントニオ・レガラード編集者はmRNAワクチンが持つ、医療を変えてしまうほどの非常に大きな可能性を追究した。ジェシカ・ヘンゼロー記者は研究者らが取り組んでいる他の病気について記事を書いた。 私は、2人のmRNA研究者がノーベル賞を受賞した後、フォロー記事を執筆した。そして今年には、私は自己増殖型の新しいタイプのmRNAワクチンについて記事を書いた。自己増殖とは、少ない用量で効果を発揮するだけでなく、体内に長く留まることを意味する。
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