この記事は、トーマス・S・マラニー著「The Chinese Computer: A Global History of the Information Age(中国のコンピューター:情報時代のグローバルな歴史)」(MITプレス、5月28日発売)からの抜粋です。一部編集されています。
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若い中国人男性がQWERTY配列のキーボードの前に座り、よく分からない文字と数字をすばやく打ち込んでいる。
これはプログラムなのか? 子どもの遊び? それとも精神の錯乱? いや、中国語なのだ。
少なくとも、中国語の文章の冒頭部分だ。これらの44回の打鍵は、「インプット」あるいは「输入」と呼ばれるプロセスの最初の段階を表している。输入とは、QWERTY配列のキーボードやトラックパッドを使ってコンピューターの画面やその他のデジタル・デバイスに中国語を表示させる行為を指す。
あらゆるコンピューター・メディアやデジタル・メディアにおいて、中国語テキストの入力は「インプット・メソッド・エディター」(略して「IME」、あるいは単純に「入力方法」(输入法)と呼ばれる)というソフトウェアに依存している。IMEは1種の「ミドルウェア」だ。ユーザーの端末のハードウェアと、そのプログラムやアプリケーションとの間で動作するためそう呼ばれる。マイクロソフト・ワードで中国語の文書を作成する時やWebで検索するとき、そしてテキスト・メッセージを送信するときなど、IMEは常に動作している。ユーザーの操作をすべて受け止め、どの漢字を入力しようとしているのかを理解しようとする。簡単に言えば、输入は「ymiw2klt4pwyy …」のような文字列を漢字の並びに変換する方法なのである。
IMEは「休むことを知らない生き物」だ。ユーザーがキーを押した瞬間、あるいは画面をスワイプした瞬間から動的な反復プロセスが動き出し、ユーザーが入力したデータを捕まえ、その入力に一致する漢字の候補をコンピューターのメモリーから探す。最近最も普及しているIMEは、中国語の音声に基づいている。つまり、漢字の音を表現するのにラテン文字を利用するわけだ。中国本土では、公式のローマ字化システムである「拼音(ピンイン)」が使用されている。
冒頭に登場した若者の名前はホン・チェンユ(ニックネームは「ユ・シ」)。その日のコンテスト参加者およそ60人の1人だった。各参加者は明るい赤色のたすきを掛けていて、その姿は昔日の紙吹雪が舞うパレード、あるいは美人コンテストのようだった。ホールの前に掲げられたポスターには、「漢字を愛する」 (爱汉字)という装飾文字が鮮やかな明るい黄色で書かれていた。コンテストの課題は、退任する胡錦濤国家主席の演説をできる限り速く正確に書き起こすことだった。演説は「中国の特色とともに社会主義の偉大な旗を高く掲げよ(高举中国特色社会主义伟大旗帜为夺取全面建设小康社会新胜利而奋斗)」という文言から始まったが、ホンのQWERTYキーボードでは直接入力することはできなかった。そこで「ymiw2klt4pwyy1wdy6…」と、半分でたらめのような文字と数字の列を入力した。
この50回弱の打鍵とともに、ホンは着々と歩みを進めた。そして2013年の全国漢字入力コンテスト(National Chinese Characters Typing Competition)で優勝し、世界最高レベルのタイピング・スピードを記録した。
「ymiw2klt4pwyy1wdy6 … 」という入力は「高举中国特色社会主义 …」という漢字と同じもの …