家屋をかさ上げする方法は1つではない。
米国ルイジアナ州の低地沿岸部には、海岸線に沿うようにトレーラーハウスや、地域に根ざした独特の建築スタイルを持つクレオール様式のコテージ、その他の住宅が建っており、以前から洪水の危険性が警告されている。それらの住宅の多くは、家屋を基礎から分離し、油圧ジャッキでゆっくりと空に向かって押し上げることができる。仮設の支持梁で家屋を空中に浮かせ、下に新しい高床を組み上げたり、基礎を上に伸ばしたりするのだ。杭で支えられているビーチハウスを見たことがあるかもしれないが、同じような仕組みである。
しかし、クリスタ・ベルとアレックス・ベル夫妻の住宅のように、コンクリートのスラブ(基礎部分)の上に2階建ての家屋と車2台分のガレージが乗っている「スラブ住宅」の場合、家屋をジャッキアップするプロセスはより複雑だ。
スラブ住宅は、床材、およびほぼすべての構造的な支持を、住宅の下にあるコンクリートの基礎に頼っている。家屋と基礎を一緒に持ち上げ、その下に新しい基礎を作るのが、難しくはあるが理想的な方法だ。もう1つの選択肢は、基礎と家屋を分離して新たに高床を作る方法だ。住宅所有者はそこから構造壁を上に伸ばし、倉庫や駐車場として使える新しい空間を下部に作ることができる。あるいは、屋根を取り除き、外壁を丸々1階分高くした上で、屋根を張り替え、住宅の下の階を物置スペースにしてしまう方法もある。
どの方法であれ、居住者は通常60~90日間別の場所で暮らす必要がある。そして戻って来る頃には、家屋は1~2メートル高くなっている。
そのような細かなことを、ベル夫妻はまったく考えていなかった。アラバマ州に住んでいたベル夫妻は、10年前、メキシコ湾沿岸地域とテキサス州の国境近くにある、石油精製とカジノが盛んな人口8万1000人の町、レイクチャールズに引っ越してきた。
だが2021年5月、わずか24時間の間に1.5メートル以上の雨が降り、町は鉄砲水に襲われた。クリスタ・ベルは、バイユー(地域の湿地帯を緩やかに流れる小さな川)の1つ、コントラバンド川が増水してあふれ、自宅の裏庭に水が流れ込んで来るのを見ていたが、家屋への浸水は心配していなかった。この住宅を購入した2017年当時の連邦政府による洪水ハザードマップによれば、176平方メートルの自宅敷地のうち、氾濫原(堤防から水があふれる溢水や、堤防が破壊される破堤によって流れ出した洪水が浸水する低い土地)になっているのはほんの一角だけだった。しかし、その日、コントラバンド川は増水し続け、夕方までにリビングルームはすねの高さにまで浸水した。「ガレージの中のあらゆるものが浮いていました」とクリスタは話す。
同じブロックのすべての住宅で、少なくとも部分的な解体工事が必要になった。数週間が経過すると、カビが生えて腐敗したソファーやマットレス、カーペットなどの洪水の残骸が、通りの近くに集められて山積みとなった。
そのような光景はルイジアナ州南西部の多くの場所で見られるものであり、初めてのことではなかった。2020~2021年にかけて、この地域は10カ月の間に、2つの破壊的なハリケーンと1つの熱帯低気圧の周囲に広がった降水帯の影響を含む、5つの気候関連災害を経験した。これからも暴風雨はやって来るが、多くの地域は備えができていない。気候リスク・データに特化した非営利団体「ファースト・ストリート財団(First Street Foundation)」が実施した2021年の研究は、レイクチャールズの住宅地の40%近くと、市のインフラの半分以上が、将来の洪水リスクにさらされていると推定している。
その不確かな未来が来るまで、ただ待っているだけではない人々もいる。クリスタ・ベルによると、2020年のハリケーンから数カ月の間に、家を修繕した後、売りに出す友人が増えたことに気づいたという。「私たちは5つの災害を立て続けに経験しました。そのせいで多くの人が急いでここから出ていきました」とクリスタは言う。「もしまた洪水があれば、私たちも出ていくことを真剣に考えるでしょう」 。
しかし、一部の政府関係者や州のエンジニアたちは、ある代替案に期待している。(建造物の)かさ上げ工事である。68億ドル規模の「ルイジアナ南西沿岸プロジェクト(Southwest Coastal Louisiana Project、以降、南西沿岸プロジェクト)」は、沿岸境界地域の大規模な復旧工事と併せて、家屋を平均1~1.52メートル、家屋以外の建物を1~1.83メートルかさ上げすることで、ルイジアナ州民を地域社会にとどまらせ、米国石油産業にとって重要な役割を果たす地域経済を維持することに賭けている。米国陸軍工兵隊とルイジアナ州沿岸保護復旧局(CPRA、以降、沿岸保護復旧局)が協力するこのプロジェクトは、その焦点を、州の南西部角の3つの郡(キャメロン、バーミリオン、カルカシュー)にまたがる約1万2000平方キロメートルの土地に絞っている。カルカシュー群の郡庁所在地であるレイクチャールズも、その一部だ。この地域の3000戸以上の住宅は差し迫った洪水の危険にさらされていると認識されているため、かさ上げ工事の資金援助対象候補と見なされている。
結局のところ、南西沿岸プロジェクトは、この沿岸地域の一部を守るための最後の手段のようなものだ。地元住民の中には、内陸の土地を取得して移住する者たちもいる。また、米国および世界の他の国の気候に脆弱な地域では「マネージド・リトリート(管理された避難)」、つまり政府の資金援助によるコミュニティ移転の正式な計画が広がっている。
調査、書類作業、資金調達待ちで8年を費やした後、今ようやく南西沿岸プロジェクトが試験段階へと前進し、21戸の住宅が建築されようとしている。同プロジェクトが進めば、スタッフも地元の人々も、迫り来る存亡の問題に取り組まなければならなくなる。米国で最も憂慮すべき気候予測に直面しているこの地域は、加速する危機から脱出する方法を構築できるのだろうか?
南西沿岸プロジェクトの上級部長であるダレル・ブルサードは、この取り組みについて、地域が今後50年にわたり被害を軽減し、住民たちが何世代にもわたって築き上げてきたルーツを守るための、絶好のチャンスと考えている。「ここはルイジアナです。ここは皆が暮らす場所です。ここは私たちが働く場所です。ここが経済の源なのです」と同上級部長は言う。「世の中には、未来を予測しようとするモデルがあります。ですが、それらは単なるモデルにすぎません。今現在、私たちにはコミュニティがあり、隣人がいて、全員がそこに住んでいるのです」。
同時に、環境問題の専門家の中には、南西沿岸プロジェクトの見通しがあまりにも楽観的であり、時間と自然がやがて、持続的な成功を妨げるのではないかと懸念する者もいる。「マネージド・リトリートの方向に考え方を変えられるのであれば、なるべく早い方がよいと思います」とチューレーン大学の地質学教授、トルビョルン・トーンクヴィストは言う。「これは非常に難しい問題です。国の一部が消えようとしているのですから」。
ルイジアナ州当局が州の「ワーキング・コーストライン(働く海岸線)」と呼ぶ地域にある最大の都市レイクチャールズで暮らし始めたベル夫妻が、ここの生活に馴染むまで時間はかからなかった。この地域の経済は商業的な漁業と農業で繁栄しているが、長い間中心となってきたのは、石油関連サービスだった。米エネルギー情報局(US Energy Information Administration)によれば、ルイジアナ州の石油精製能力のおよそ30%がこの地域に基盤を置いている。そしてルイジアナ州は、全米の石油精製能力のほぼ6分の1を占める。
しかし、マクニーズ州立大学で教授として広報を教えるクリスタ・ベルにとって最も魅力的だったのは、地元の人々のもてなしの心と料理だった。それが、ルイジアナのフレンドリーな魅力を反映する人々の誇りだった。クリスタは、歴史的なライアン・ストリートの赤レンガ造りの建物が持つ、温かみのある美しさが大好きだった。この街のカジノや製油所、唯一の超高層ビルだったキャピタル・ワン・タワー(Capital One Tower)とはまったく対照的な姿だ。
キャピタル・ワン・タワーは、4年前のハリケーン「ローラ(Laura)」で被害を受けて以来、空き家となっている(編注:2024年に解体が決定)。その間に、水路が静脈のように流れ、洪水が頻繁に起こるこの地域の厳しい天候が生み出す過酷さを、象徴する存在となった。
議会が2016年に初めて南西沿岸プロジェクトを承認したとき、地元と連邦政府当局はこのプロジェクトを、地域の回復力強化に向けた一歩として祝った。それまでこの地域は、2005年のハリケーン「リタ(Rita)」など、数々の壊滅的な暴風雨に襲われていた。プロジェクト資金のうち、52億ドルが海岸線と湿地帯の復旧に充てられる一方、現地の建造物を、2075年までに予測される100年洪水(100年に1度、つまり毎年1%の確率で起こる可能性がある洪水)のレベルに基づく高さまでかさ上げする工事に16億ドルが使われる(100年洪水というレベルは複雑な概念であると同時に、変動する目標でもある。10年前に100年洪水と考えられていたものが、現在でははるか …