「2023年は2000年に一度の酷暑」はどうやって調べるのか
昨年の北半球の夏は、過去2000年において最も暑かったという。だが、気象台はおろか、まともな温度計もなかった時代の気温を研究者らはどのようにして知ることができたのだろうか。 by Casey Crownhart2024.05.24
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
夏を迎える覚悟はできている。ただ、もし昨夏のようになるのであれば、酷い目に会うことになるだろう。実のところ、5月14日に発表された新しい論文によると、2023年における北半球の夏は、過去2000年以上の期間において最も暑い夏だったのである。
ニュースをよく見るのであれば、昨夏の気温が高かったという話は既に目にしていることだろう。しかし、私の机の上にあった論文のタイトルを目にした時には面食らってしまった。過去2000年間で最も暑いなんて。そもそも、どうやったらそんなことが分かるのだろうか。
紀元1年頃にきちんと温度計と呼べるようなものは存在していなかった。そのため、現在の気候と、数世紀前、あるいは1千年も前の気候を比較するに当たり、科学者は創造性を働かせる必要があった。今日の世界と過去では気候がどう違うのか、どのようにしてそれが分かったのか、そして、このことが私たちの未来にとってなぜ重要なのか。そういったことについてご紹介しよう。
今や、世界中には何千もの気象台が存在し、デスバレーからエベレストに至るまで、様々な場所の気温を追跡している。なので、2023年が一言で言えば「酷暑」であったことは、十分なデータにより裏付けられている。
日毎の世界の海洋温度は1年以上連続で、これまで記録された中で最も高くなった。海氷の高さは最低を更新した。そしてもちろん、2023年の世界の平均気温は、1850年に記録が開始されて以来、最高となった。
しかし科学者は、現在の気温と比較可能な1年分の情報を、更に古い時代から見つけ出すことに決めた。そこで目をつけたのが木だ。木は、ローテクな気象台となるのである。
木の内部の同心円(年輪)は、木の年ごとの成長サイクルの痕跡である。色が薄い部分は、春と夏に急速に成長した部分である。一方で色が濃い部分は、秋や冬に成長した部分だ。色が薄い部分と濃い部分を1組として数えると、その木の樹齢が分かる。
一般的に、木は暖かく水が豊富な年に速く成長し、寒い年には成長が遅くなる。このため、科学者らは年輪の数を数えるだけでなくその厚みを測ることで、ある年の温度がどれだけ高かったかを測ることができるのだ。彼らは他にも密度などの要素に着目し、木の内部で見つかる様々な化学的特徴を追跡している。気候研究のために木を用いる場合、木を切り倒す必要すらない。木の中心にドリルで穴を開けてコアと呼ばれる円柱を採取し、コアのパターンを調べれば良い。
特に樹齢が高い生木を調べれば、過去数世紀分の状況を垣間見ることができる。それより前の時代については、枯木のパターンと生木のパターンを相互参照することで、パズルを組み合わせるように過去へと記録を伸ばしていくことになる。
研究チームが今回の新論文のために用いた記録を作り上げるためには、数十年に渡る作業と何百人もの科学者が必要だったと、同論文の著者の一人であるマックス・トーベンソン博士は記者会見で語った。この記録には北半球の9つの地域に生えている1万本の木が提示されているため、研究チームは過去2000年間の各年について結論を出すことができた。かつて、過去2000年間の北半球において一番暑い夏が訪れた年は紀元246年だった。しかしトーベンソン博士によれば、過去28年間のうち25年において、夏の暑さが紀元246年の夏を上回っており、そして2023年の夏が一番暑かった、とのことだ。
論文に記された結論は、北半球に限定されている。なぜなら、南半球には年輪の記録があまり存在しないからだと、今回の新論文の主著者であるジャン・エスパー博士は言う。エスパー博士はさらに、熱帯地方では季節が異なるため、年輪を使うやり方はあまり上手く行かないと付け加えている。熱帯地方には冬が無いため、熱帯地方の年輪における交互パターンは通常、北半球のものほど信頼が置けない。ただ、一部の木には一年間における乾季と雨季を追跡するのに役立つ年輪が存在している。
古代の気候を研究する古気候学者は、さらに昔の時代である数万年前から数百万年前の気候がどのようなものだったかのおおよそを把握するため、また別の手段を用いる場合がある。
年輪を用いる今回の新論文と、さらに時を遡って調べる手法の最大の違いは正確性である。年輪を使えば、北半球における各年について十分な正確性を伴う結論を出すことができる(たとえば、紀元536年はおそらく火山活動のせいで最も寒い年だった)。過去数千年の期間より更に前の情報は、各年を代表する詳細なデータというより、全般的な傾向を示すものとなる。しかし、そうした記録であっても大変役立つ場合がある。
世界最古の氷河は、少なくとも100万年の歴史を持つ。この氷河をドリルで掘ることで、科学者はサンプルを入手できる。そして氷のコアの中に含まれる酸素、二酸化炭素、窒素といったガスの比率を調べることで、研究者は氷河内の層に対応する時期の気温を解明できるのである。最古の連続したアイスコア記録は南極で採取されたもので、およそ80万年前のことが分かる。
化石を用いれば、さらに古い地球の気温の記録を調べられる。2020年のある論文によると、論文を書いた研究チームは海底をドリルで掘り、堆積物と、保存されていた古代生物の小さな殻を調べた。これらサンプルの化学的特徴から、今後私たちは、ここ数千万年間の地球において最も高い気温を記録する可能性があることを発見した。
私たちがここまで劇的に地球を変えているという事実を知ると、いささかハッとさせられる。
幸いなのは、状況を変えるために何をしなければならないか、分かっているということだ。つまり、二酸化炭素やメタンといった、温室効果ガスの排出を減らせば良いのである。手をこまぬいている期間が長くなるほど、温暖化を止め、逆転させるための費用と難易度は上がる。エスパー博士が記者会見で述べたように、「私たちは最大限の取り組みをなるだけ早く実行すべき」なのである。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。