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中国テック事情:「デモ曲禁止」が示す香港の複雑なネット規制事情
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Hong Kong is safe from China’s Great Firewall—for now

中国テック事情:「デモ曲禁止」が示す香港の複雑なネット規制事情

香港の裁判所が抗議デモのテーマ曲削除をめぐって下した判決は、香港政府とインターネット統制や検閲との複雑な関係を示す興味深い事例となっている。 by Zeyi Yang2024.06.06

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

ほぼ1年にわたって追いかけてきた香港での訴訟の結果が、先日判明した。5月8日、香港の控訴裁判所は、香港政府がユーチューブやスポティファイ(Spotify)などの欧米のプラットフォームに対し、プロテストソング「香港に栄光あれ(Glory to Hong Kong)」が扇動に使用されたとして、その削除要求を可能にする禁止命令を認めた。

この禁止命令が、欧米の巨大テック企業プラットフォームのためにいかにして特別に設計されたのか、インターネットの自由にどのような影響を与えるかについては、こちらの記事をご覧いただきたい。

香港における民主化運動の衰退に対して気の滅入るような影響を与えることはさておき、この訴訟は地元政府とインターネット統制や検閲との複雑な関係を示す興味深いケーススタディにもなっている。

私がこの訴訟を追っていたのは、検閲が一歩ずつ進められていく完璧な例だったからだ。長い間、中国を取材してきた私は、中国の検閲体制が強力で包括的であるのは当たり前と思うことが時々あり、同じことは世界の他のほとんどの地域には当てはまらないのだということを思い出す必要がある。

香港にはかつて自由なインターネットがあった。中国本土とは異なり、今も比較的オープンなままだ。ほとんどの欧米のプラットフォームやサービスが現在も香港では利用可能であり、近年検閲されたWebサイトはわずかだ。

1997年に香港が英国から中国に返還されて以来、中国政府は、普通選挙と中国政府の影響力低下を求める地元の民主化運動と何度も衝突してきた。その結果、香港に対する管理はますます厳しくなり始め、人々はグレート・ファイアウォールが香港にも及ぶのではないかと懸念してきた。しかし、実際には北京も香港も、そうなることを望んでいないのかもしれない。政府が欧米のプラットフォームを全面的に禁止したくないからこそ、先の記事に書いたような法的策略が必要なのだ。

昨年11月に香港を訪れたとき、中国政府と香港政府の双方が香港を通じた金融と、ビジネスの自由な流れを利用したいと考えていることは明らかだった。そのため香港政府は2023年、暗号資産の取引や採掘が中国では違法であるにもかかわらず、政府系暗号通貨プロジェクトを模索することを黙認されたのだ。香港政府関係者は、香港の価値提案について何度も自慢してきた。本土の投資家や暗号資産企業を香港に誘致することで、本土の未開拓の需要をより広い暗号資産の世界と結びつけるというものだ。

しかし、香港がインターネットを閉鎖してしまえば、それは不可能だ。X(ツイッター)やディスコード(Discord)にアクセスできない「グローバル」な暗号資産業界を想像してみてほしい。暗号資産はほんの一例に過ぎないが、香港を成功に導いてきたもの、つまり貨物、資本、アイデア、そして人々のノンストップの交流は、グーグルやフェイスブックのような基本的で普遍的なツールが利用できなくなれば、機能しなくなってしまうだろう。

だからこそ、香港ではインターネットの自由に対する計画的な攻撃が発生するのだ。それは、管理を模索しながらも、息抜きの余地も残しておくということであり、下手に出てプラットフォームと交渉するのと同じくらい、見かけ上は強面に振る舞うということだ。また、中国政府に毅然とした態度を示すと同時に、西側には攻撃性を見せすぎないということでもある。

例えば、専門家たちは、政府がユーチューブに対して、世界中のすべての人の動画を削除するよう要求するとは思っていない。それよりも可能性が高いのは、香港のユーザーだけを対象にコンテンツをジオブロックするよう求めることだろう。

「香港がまだ金融のハブとして有用である限り、グレート・ファイアウォールを(香港で)設定するとは思えません」と語るのは、対中関係を扱う30カ国以上の議員をつなぐ擁護団体「対中政策に関する列国議会同盟(Inter-Parliamentary Alliance on China)」のシニアアナリスト、クォン・ソン・チン(鄺頌晴)だ。

香港政府が最近、国民から禁止を求めるコメントを受け取っていると言っているにもかかわらず、テレグラム(Telegram)やシグナル(Signal)のようなプラットフォームを全面的に禁止しないと言い出したのも、そのためだ。

しかし、「香港に栄光あれ」を制限した裁判所の判決に話を戻すと、たとえ政府がこの曲の全面的な禁止を実施しないとしても、現在課されているより的を絞った禁止命令とは対照的に、インターネットの自由に重大な害をもたらす可能性がある。

私たちはまだ、判決を受けての反応を見守っている。香港政府は、グーグルがどのような反応を示すか心配そうに待っている。一方、クリエイターが削除したのか、プラットフォームが削除したのかは不明だが、すでに削除された動画もある。

香港の元区議会議員で、現在は英国のリーズ大学の大学院で研究をしているマイケル・モーは、昨年6月に最初に禁止命令が出された直後にWebサイトを作成し、政府が禁止しようとしたユーチューブの動画のうち1つを除くすべてを埋め込んだ。

(モーが作成したWebサイトの)「gloryto.hk」というドメイン名は、香港のドメイン・レジストリが問題にするかどうかを確認する1つ目のテストだったが、今のところ何も起こっていない。2つ目のテストは、ユーチューブで動画がどれくらいで削除されるかを確認することだった。現在では、ページ上に「動画は利用できません」といくつ表示されるかで簡単に分かる。「控訴裁判所が(禁止の請求を退けた)高等法院の判決を覆すまで、これらの動画はほとんどそのままでした。最初の2つは削除されました」とモーは言う。

訴訟は恐ろしい影響を及ぼしている。香港の裁判所の管轄下にない団体でさえ、予防的措置をとっている。台湾や米国を拠点とするメディアが所有するユーチューブ・アカウントの中には、禁止の申し立てがなされるやいなや、アップロードされた曲のクリップを香港の人々が見るのを制限するために、積極的にジオブロッキングを有効にしたものもあるとモーは言う。


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顔認識端末が中古市場で投げ売りに

政府の命令に従い、中国の多くの主要都市のホテルは最近、チェックイン時に顔認識を宿泊客に求めることを止めた。

中国メディアによると、これは顔認識ハードウェアの業界に壊滅的な影響を与えたという。

全国のホテルが一斉に顔認識の設備を撤去したため、大手テック企業製の機器が大幅に値引きされて、ネットの中古市場にあふれた。数千ドルで売られていたものが、今では元の価格のわずか1%程度で転売されている。アリババ傘下の決済アプリ、アリペイはかつて、こうした顔認識端末の研究と展開に数億ドルを投資した。今では、政府の方針変更によって大きな打撃を受けている企業の1つである。

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ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。
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