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グーグル元CEO特別寄稿:米国には「AIアポロ計画」が必要だ
Stephanie Arnett/MITTR | NASA, OLCF
Eric Schmidt: Why America needs an Apollo program for the age of AI

グーグル元CEO特別寄稿:米国には「AIアポロ計画」が必要だ

グーグル元CEOのエリック・シュミットは、アポロ計画が米国を活気づけて宇宙開発競争の勝利をもたらしたように、政府は今すぐ世界トップクラスのコンピューティング・インフラの基礎作りに着手すべきだと主張する。 by Eric Schmidt2024.05.15

世界的な人工知能(AI)ブームに支えられ、グローバルなコンピューティング能力競争が本格化している。オープンAI(OpenAI)のサム・アルトマンCEO(最高経営責任者)は、あるチップ製造ベンチャーのために7兆ドルもの資金を調達しようとしている。マイクロソフトやアマゾンなどのテック大手は、独自のAIチップを構築している。AIモデルを訓練・使用するためにより多くのコンピューティングパワーが必要になっていることが、最先端のチップから巨大なデータセットまで、あらゆるものを求める動きの原動力となっている。

しかしコンピューティング・パワーの必要性は、(米国の中国に対するチップ輸出制限のような)現在の地政学的影響力の単なる源泉ではない。各国が将来的に成長し、競争するための方法を形作るものでもある。そのため、インドから英国に至るまで、各国政府は国家戦略を策定し、エヌビディア(Nvidia)のGPUを備蓄している。

私は、今こそ米国が独自の国家コンピューティング戦略を持つべき時だと考えている。それは、AI時代のアポロ計画と言えるものだ。

2024年1月、バイデン大統領のAIに関する大統領令の下で、米国立科学財団(NSF)が「国家AI研究リソース(NAIRR)」のパイロットプログラムを開始した。NAIRRは、学生やAI研究者に対し、AIコンピューティング能力や、政府・非政府のオープンデータセットへのアクセス、および訓練用リソースを提供するための「共有研究インフラ」として構想されている。

NAIRRパイロットプログラムは、極めて重要ではあるものの、最初の一歩に過ぎない。NAIRRタスクフォースは昨年公表した最終報告書で、NAIRRを6年間運営するために必要となる最終的な予算を26億ドルと概算した。十分と言うにはほど遠い金額である。しかしそれでも、議会がこのパイロットプログラムを超えてNAIRRを認可するかどうかは、今のところまだわからない。

一方、政府によるコンピューティング能力へのアクセスを拡大し、国家サービスにAIを展開するためには、もっとはるかに多くのことをする必要がある。先端コンピューティングは、今や米国の安全保障と繁栄の中核を成している。国家情報の最適化や、核融合反応のような科学的ブレークスルーの追求、先端材料発見の加速、金融市場や最重要社会基盤のサイバーセキュリティ確保などに、先端コンピューティングは不可欠である。連邦政府は、前世紀の主要な技術的ブレークスルーを可能にするうえで、中核的な研究インフラを提供することによって極めて重要な役割を果たした。1960年代における高エネルギー物理学のための粒子加速器や、1980年代におけるスーパーコンピューティングセンターなどである。

現在、世界中の他の国々が高性能AIコンピューティングに対し、持続的かつ野心的な政府投資をしている。その後塵を拝するようなリスクを冒すことはできない。これは、人類史上最も世界を変えるテクノロジーを稼働させるための競争なのだ。

まず、機密情報処理から高度な生物学的コンピューティングまで、さまざまな幅広いミッションのために、より多くの政府専用AIスーパー・コンピューターを構築する必要がある。近代において、コンピューティング能力と技術的進歩は同じ足並みで前進してきた。

過去10年間で、米国は「フロンティア(Frontier)」や「オーロラ(Aurora)」、そして間もなく登場する「ELキャピタン(El Capitan)」など、1秒間に100京(1兆の100万倍)回以上の演算が可能な巨大コンピューターによって、古典的なコンピューティングをエクサスケール(エクサ(exa)は10の18乗)時代へと押し上げることに成功した。今後10年間で、AIモデルのパワーは1000倍から1万倍に高まると予測されており、主要なコンピューティング・アーキテクチャは、500兆個のパラメーターを持つAIモデルを1週間で訓練できるようになるかもしれない(比較のため言うと、「GPT-3」のパラメーターは1750億個)。この規模の研究を支援するには、より強力な専用のAI研究インフラと、格段に優れたアルゴリズム、そしてより多くの投資が必要になる。

現在のところ、先端コンピューティングの分野ではまだ米国がリードしているが、他の国々がほぼ同レベルに追いつきつつあり、追い越そうとしている。たとえば中国は、総コンピューティング能力を2025年までに50%以上強化することを目指しており、報道によれば、2025年までに10台のエクサスケールシステムを保有する計画であるという。我々は、のんびりと行動するリスクを冒すことはできない。

第二に、高性能な連邦政府のコンピューティング・インフラを構築する代わりに、既存の商用クラウド・プラットフォームを利用することを主張する人がいるかもしれないが、私はハイブリッドモデルが必要だと考えている。いくつかの研究では、商用クラウドサービスではなく連邦政府のコンピューティング・インフラを利用することで、長期的なコストを大幅に削減できることが示されている。

短期的には、クラウド・コンピューティングをスケールアップすることで、各プロジェクトに迅速かつ効率的な基本レベルのアクセスがもたらされる。それが、産業界と連邦政府機関両方からの貢献を得て、NAIRRパイロットプログラムが採用しているアプローチである。しかし、長期的に見れば、米国の公共部門のニーズを支援するという特別な使命を持つ強力な政府所有AIスーパー・コンピューターを調達・運用することで、AIがもっとはるかにユビキタスなものとなり、米国の国家安全保障と繁栄の中心的存在になる時代の舞台が整うだろう。

そのような連邦政府インフラの拡大は、一般国民にも利益をもたらすことができる。政府のコンピューティング・システム群のライフサイクルは伝統的に約7年であり、その期間が過ぎると新しいシステムが構築され、古いシステムは廃止される。必然的に、より新しい最先端のGPUが登場するのに伴い、ハードウェアが更新され、古いスーパーコンピューターやチップは徐々に廃止されていく。それらの古いハードウェアは、比較的少ないリソースで実施可能な研究や非営利目的のために再利用できる。その結果、コスト効率の良い民間使用目的のコンピューティングリソースが新たにもたらされる。

これまでは大学や民間企業がAIの進歩のほとんどを牽引してきたが、需要が急増するにつれ、完全分散型のモデルはますますコンピューティング能力の制約に直面することになるだろう。マサチューセッツ工科大学(MIT)と非営利団体「米国競争力評議会(US Council on Competitiveness)」が、国内最大級のコンピューティング・ユーザーを対象に実施した調査では、回答者の84%が、主要なプログラムを実行する上でコンピューティングのボトルネックに直面していると答えている。米国が優位に立ち続けるためには、連邦政府からの大規模な投資が必要となる。

第三に、いかなる国家的コンピューティング戦略も、人材戦略と連携して進めなければならない。政府は、世界トップクラスのコンピューティング・インフラを使って国家安全保障上の課題に取り組む機会を職員に提供することで、民間企業とのAI人材獲得競争において競争力をより高めることができる。AIの開発・実装においてそのような高度に技術的で専門的な役割を担う、大規模で洗練された労働力を確保するために、米国は世界中の最も優秀な学生を採用し、引き留めなければならない。

この取り組みに不可欠となってくるのは、明確な移民経路を作ることである。たとえば、関連技術分野の博士号保有者を、現行のH-1Bビザの上限から除外することなどが考えられる。コンピューティングの実施方法を根本的に考え直すためには、そして、公益のためのAIを形作り、このテクノロジーの限界を押し広げ、その利益をすべての人に提供できる、まったく新しいパラダイムの先頭に立つためには、最も優秀な頭脳を持つ人々が必要となる。

米国は長い間、先端コンピューティングにおけるイノベーションの世界的な推進者としての地位から利益を得てきた。アポロ計画が米国を活気づけて宇宙開発競争の勝利をもたらしたように、コンピューティングに対する国家的な野心を設定することが、今後数十年の米国のAI競争力を強化するだけでなく、実質的にすべての部門にコンピューティング能力へのより優れたアクセスを提供し、研究開発のブレークスルーを推進することにもなる。先端コンピューティング・アーキテクチャは一夜にして構築できるものではない。今すぐ基礎作りを始めようではないか。

筆者のエリック・シュミットは2001年から2011年までグーグルの最高経営責任者(CEO)を務めた。現在はシュミット・フューチャーズ(Schmidt Futures)の共同創設者として、世界をより良くし、科学技術を応用し、分野を超えて人々を結びつける優れた人材を早くから支援する慈善活動をしている。

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