EVシフト、充電部門閉鎖で明らかになった「テスラ頼み」の危うさ
電気自動車(EV)用の充電ネットワーク設置を主導してきたテスラは先日、充電部門のメンバー全員を解雇した。充電器の増設はEV普及に不可欠であり、気候変動対策に必要なインフラの構築を特定の企業に依存する危険性を浮き彫りにしている。 by Casey Crownhart2024.05.16
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
世界最大の電気自動車(EV)メーカーであるテスラ(Tesla)が先日、充電部門のメンバー全員を解雇した。
このタイミングでの同社の動きは、まったく不可解だ。一刻も早くEV用充電器を増設する必要があり、テスラは充電器の設置を積極的に進めてきた。充電ネットワークを他の自動車メーカーにも開放し、自社が開発したテクノロジーを米国における事実上の標準として確立している最中での解雇である。現在、この影響を受けて、新たなスーパーチャージャー(同社が展開する急速充電器)の設置が取り消される事態がすでに起こっている。
テスラの充電事業の崩壊は、EV全体の進歩が遅れる原因になる可能性がある。気候変動対策技術をテスラ1社に任せることの危険性を浮き彫りにするニュースだ。
テスラがスーパーチャージャー・ネットワークを初めて公開したのは2012年。米国西部6カ所からスタートした。2024年現在、テスラは世界中で5万台以上のスーパーチャージャーを運営している(なお、私は2016年にテスラで短期間インターンをした経験がある。現在、私はテスラと無関係で、金銭的な利害関係もないことを付記しておく)。
スーパーチャージャー・ネットワークは、EV市場におけるテスラの絶対的な地位を確立するのにつながった。急速充電のスピードと、充電ステーションを探す手間を省くナビゲーション・システムは、人々の初めてのEV購入を後押しした。テスラは米国内でもっとも多くの急速充電器を運営している企業であり、これらの充電器の信頼性は競合他社よりもはるかに優れている。ただ、こうした恩恵はどれも長らくテスラのドライバーしか受けられなかった。
テスラは昨年、充電ネットワークの門戸を開き始めた。公共充電器の設置に対する助成金の獲得などを目的に、一部の充電ステーションを他社のEVでも利用できるようにしたのだ。
米国内では、テスラは他の自動車メーカーにも自社の充電コネクターを採用するよう働きかけ、このコネクターを標準化して北米充電規格(NACS)と名付けた。2023年5月、フォードはNACSの採用を発表し、米国でEVを販売する他のほぼすべての自動車メーカーもこれに追随した。
そして先日、テスラは500人規模の充電部門を閉鎖した。テスラの世界の従業員の10%が影響を受けると予想される大規模なレイオフの一環である。インターンでさえ影響を免れなかった。
イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)のX(旧ツイッター)の投稿によると、「スーパーチャージャー・ネットワークを拡大する計画はまだある」ものの、新規の設置よりも既存のステーションの維持・拡大に重点を移していく予定だという。充電部門が存在しない状況で、どうやって既存のステーションを維持・拡大するつもりなのだろうか。さっぱりわからない(テスラにコメントを求めたが、返答はなかった)。
充電部門を失った影響はすぐに現れた。テスラはニューヨークの一部のスーパーチャージャー設置予定地のリースから手を引いた。同社はメールで、新規建設プロジェクトの着工を控えるようサプライヤーに伝えている。
EV充電インフラにとって重要な時期に懸念される動きだ。現在、米国ではEVへの移行を支えるのに十分な数の充電器が設置されていない。米国立再生可能エネルギー研究所(NREL)の2023年の調査によると、10年後までにEVが新車販売の半分を占めるようになると、それまでにおよそ120万台の公共充電器が必要になるという。現在、米国内にある充電ポートは17万だ(編注:1台で複数のポートを備える充電器もあるため、台数とポート数は一致しない)。
最近の世論調査では、米国の成人の80%近くが、充電インフラが整っていないことがEVを購入しない主な理由だと答えている。都市部に住んでいても、郊外に住んでいても、もっと田舎に住んでいても回答は同じだった。
ある意味、テスラが公共充電ネットワークを構築することに興味がないように見えるのも納得がいく。充電器は設置と維持にコストがかかり、短期的にはそれほど利益が出ないかもしれない。
ブルームバーグ(Bloomberg)NEFの分析によると、昨年のテスラの充電事業の売上は約17億ドルで、同社の総収入のわずか1.5%に過ぎなかった。他の自動車メーカーにも充電器を開放すれば、10年後には年間74億ドルにまで売上を拡大できるかもしれない。だが、それでもテスラの潜在的な収入全体から見れば、比較的小さなものだ。
マスクCEOは、EV充電を公共サービスとして提供するという困難でお金がかかる仕事よりも、ロボットタクシーのような話題性のあるアイデアを追求することに関心があるようだ。
正直なところ、この動きはEV業界にとって警鐘を鳴らすものだと思う。テスラはEVをメインストリームに押し上げる上で申し分のない役割を果たしてきた。しかし今、ゲームは新たな段階に入っている。洗練されたスポーツカーというよりも、既知のテクノロジーを導入し、それを維持し続ける段階だ。
テスラが開こうとしている充電ギャップを埋めるために、他の企業が参入するかもしれない。たとえば、レベル(Revel )はニューヨークでキャンセルされたリースを引き継ぐことに興味を示している。しかし、私はピカピカの新しい企業が充電の救世主になることを期待してはいない。
排出量を削減し、経済を作り直すには、交通機関であれ他の分野であれ、本腰を入れて、私たちがすでに効果があると知っている解決策を展開し、維持する必要がある。EV充電、そして気候変動対策技術全体にとって、私たちはテスラ以上のものを必要としている。それが実現することを願ってやまない。
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昨年の記事に書いたように、恐らくEV普及に残された唯一最大の障壁は、充電インフラの不足である。
この10年間に道路を走ると予想される新しいEVの数に対応するには、はるかに多くの充電器が必要だ。昨年の別のニュース記事ではその数を調べた。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。