中国テック事情:死者復活だけじゃない、ディープフェイク・ビジネス
墓所や葬儀中などで死者に語りかけるという中国の文化的伝統を、ディープフェイクという現代風にアレンジした市場が拡大している。この技術の用途はそれだけではない。 by Zeyi Yang2024.05.28
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
もし亡くなった愛する人ともう一度話せるとしたら、あなたはそうするだろうか? 長い間、これは仮定の質問だった。しかし、もはやそうではない。
ディープフェイク・テクノロジーは進化を遂げ、今では人工知能(AI)で人の容姿や声を簡単かつ安価に模倣できるようになった。一方、大規模言語モデルにより、AIチャットボットとの完全な会話は、かつてないほどに実現可能なものになっている。
ディープフェイク技術を応用して亡くなった家族を再現する。中国で急成長中のこうした新しい市場について先日レポートした。数千人もの悲しみに暮れる人々が、死んだ親族のデジタル・アバターに会話や慰めを求め始めている。
これは、墓所や葬儀中、あるいは記念碑の前で死者に語りかけるといった中国の文化的伝統を現代風にアレンジしたものだ。昔から中国人は、亡くなった愛する人に近況を伝えるのが好きだった。しかし、もしその死者が言葉を返せるとしたらどうだろうか? これは、「AIによる復活」サービスを提供する少なくとも6社の中国企業が提案していることである。数百ドルから数千ドルするこのサービスは、アプリやタブレットでアクセスできる本物そっくりのアバターで、ユーザーはまるで死者がまだ生きているかのように彼らと交流することができる。
私は、合計2000人以上の顧客にこのサービスを提供している中国企業2社に話を聞いた。両社ともに、悲しみを乗り越えるのに役立つ製品を求める顧客にサービスを提供しており、テクノロジーを受け入れる人々が増え、市場は拡大していると述べている。
これらの製品がどのように機能するのか。そしてこのテクノロジーが持つ潜在的な意味合いについての詳細は、こちらの記事をご覧いただきたい。
私が先の記事で触れなかったのは、死者のクローン作成に使われるのと同じテクノロジーが、他の興味深い方法でも使われているということだ。
1つは、このプロセスが私人だけでなく、公人にも適用されていることである。 中国企業シリコン・インテリジェンス(Silicon Intelligence)の最高経営責任者(CEO)兼共同創業者であるシマ・ホワポンは、自身が手掛けた「AIによる復活」事例の約3分の1は、死んだ中国の作家、思想家、有名人、宗教指導者のアバターを作ることだったと教えてくれた。このようにして生成された製品は、個人的な弔いのためではなく、より公的な教育や追悼を目的としている。
昨年、シリコン・インテリジェンスは1894年生まれの有名な京劇歌手、メイ・ランファン(梅蘭芳)のレプリカを作成した。メイのアバターは、2023年に彼の故郷の台州で開催された京劇フェスティバルでのスピーチのために依頼されたものだった。本人は1961年に亡くなっているが、近代的な都市開発によって台州がどれほど大きく変わったかを見てきたことをメイは話した。
しかし、このテクノロジーにはさらに興味深い使い道がある。人々は生きている間に自分のクローンを作り、思い出を保存し、遺産を残すためにそれを利用しているのだ。
成功した家系で、自分たちの物語を後世に伝える必要性を感じている人々の間で流行りつつあるとシマCEOは語った。同CEOが見せてくれたのは、縦長の大きなモニター画面に映し出された、92歳の中国人起業家の依頼を受けて同社が制作したアバター映像だ。この起業家の男性は自分の人生を記録した本を書いており、アバターはその本のすべてを大規模言語モデルに読み込ませることで制作された。「この男性は、自分の人生の物語を家族全員に伝えるために、自分のクローンを作りました。亡くなった後でも、彼はこうして家族に語りかけることができます」と同CEOは言う。
シリコン・インテリジェンスのもう1人の共同創業者であるスン・カイも、前述の私の記事に登場している。同創業者が2019年に他界した自身の母親のレプリカを作ったからである。同創業者の後悔の1つは、アバターをもっと母親に似せるための訓練に使えるような彼女の映像を十分に持っていなかったことだ。そのことがきっかけでスン創業者は自分の人生のボイスメモを録音し始めた。40代の彼には死はまだ先のことのように思えるものの、自身のデジタル「双子」作りに取り組んでいるのだ。
スン創業者はこのプロセスを写真撮影の複雑なバージョンと例えているが、自分の容姿、声、知識を持つデジタルアバターは、写真よりもはるかに多くの情報を残すことができる。
さらに別の使い方もある。 親が特定の年齢の子どもの記録を残すために写真撮影にお金をかけるように、高価なAIアバターを作るのだ。「このような親は、12歳の子どもの写真や映像をいくら撮っても、いつも何かが欠けているように感じると語ります。ですが、その子をデジタル化してしまえば、いつでもどこでも12歳のときの我が子と話すことができるのです」とスン創業者は言う。
結局のところ、生きている者と亡くなった者の両方のクローンを作るために使われるディープフェイク・テクノロジーは同じものだ。そして、中国ではすでにこのようなサービスの市場があることから、これらの企業はさらに多くの使用事例を増やし続けるだろう。
しかし、同意の問題から著作権の侵害に至るまで、こうした利用に関わる倫理的な課題について、もっと多くの疑問に答えなければならないこともまた確実だろう。
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もがくAI四小龍
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こうした課題に対して、「龍」たちはさまざまな戦略を選択している。イートゥ(Yitu)は防犯カメラにさらに傾倒し、メグビー(Megvii)は物流とIoTにおけるコンピュータービジョンの応用に焦点を当て、クラウドウォーク(CloudWalk)はAIアシスタントを優先し、そして最大手のセンスタイム(SenseTime)は自社開発の大規模言語モデルで生成AIに踏み出した。スタートアップのような勢いはないものの、長年にわたってより多くのコンピューティング・パワーとAIの能力を蓄積してきたこれらの老舗企業が、最終的にはより回復力があることが証明されるかもしれない、と考える専門家もいる。
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- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。