クジラの言語構造、想像以上に人間の言語に近かった
マッコウクジラは「コーダ」と呼ばれる短いクリック音のシステムを用いて仲間内でコミュニケーションをとることが知られている。MITの研究チームは、統計モデルを用いた分析で、コーダによるやり取りが文脈に応じて構造化されていることを明らかにした。 by Rhiannon Williams2024.05.09
マッコウクジラは魅力的な生き物だ。あらゆる種の中で最大の脳を持ち、その大きさは人間の6倍もある。その大きな脳は、知的で理性的な行動をサポートするために進化したのではないかと科学者たちは考えている。 マッコウクジラは社会性が高く、集団で意思決定をする能力を持ち、複雑な採餌行動をとる。
しかし、マッコウクジラが「コーダ」と呼ばれる短いクリック音のシステムを用いてコミュニケーションをとるとき、お互いに何を伝えようとしているのかなど、マッコウクジラについてはわかっていないことも多い。そんな中、2024年5月7日付けでネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)に発表された新たな研究によると、マッコウクジラのコミュニケーションは、これまで考えられていたよりもずっと表現力豊かで複雑である可能性が示された。
マサチューセッツ工科大学(MIT)コンピューター科学・人工知能研究所(CSAIL)の大学院生であるプラティウシャ・シャルマが率いる研究チームは、人工知能(AI)を活用してクジラを理解することを目指す非営利団体のプロジェクトCETI(Project CETI)と共同で、統計モデルを使ってクジラのコーダを分析。人間が使う複雑な発声の特徴に似た、クジラの言語の構造を特定することに成功した。この研究結果は将来の研究において、クジラの鳴き声の構造だけでなく、実際の意味を解読するためにも役立つだろう。
研究チームは、2005年から2018年にかけて「ドミニカ・マッコウクジラ・プロジェクト(Dominica Sperm Whale Project)」が収集した、約60頭のクジラの8719のコーダの録音データを、パターン認識と分類のアルゴリズムを組み合わせて分析した。その結果、クジラのコミュニケーション方法はランダムでも単純でもなく、会話の文脈に応じて構造化されていることが判明した。これによって、これまで認識されていなかった特徴的な発声を特定できた。
研究者たちは、より複雑な機械学習の手法ではなく、古典的な分析方法を用いて新たな視点から既存のデータベースにアプローチすることにした。
「私たちは、すでに仮説の根拠を与えてくれている、よりシンプルなモデルを使いたかったのです」とシャルマは話す。「統計学的アプローチの良いところは、モデルを訓練する必要がなく、ブラックボックス化されておらず、分析を簡単に実施できることです」。こう説明するのは、AIを使って人間以外のコミュニケーションを解読する方法を研究している非営利団体、アース・スピーシーズ・プロジェクト(Earth Species Project)の上級AI研究顧問であるフェリックス・エッフェンバーガー博士である。ただ、機械学習はデータセットのパターンを見つけるプロセスを加速させる優れた方法であり、将来的には有用になる可能性があると同博士は指摘する。
コーダのデータ内のクリック音を、アルゴリズムを用いて「エクスチェンジ・プロット」という新しいタイプの可視化データに変換することで、いくつかのコーダに余分なクリック音が含まれることが明らかになった。こうした余分なクリック音は、鳴き声の持続時間の変化と組み合わさって、複数のクジラ間のやりとりの中で出現した。このことは、コーダがこれまで考えられていたよりも多くの情報を伝達し、より複雑な内部構造を持っている可能性を示していると研究チームは述べている。
「今回明らかになったことへの一つの見方は、これまで人々はマッコウクジラのコミュニケーションシステムをエジプトのヒエログリフのようなものだとして分析してきましたが、実際は文字のようなものだということです」(プロジェクトに携わったCSAILのジェイコブ・アンドレアス准教授)。
今回の研究で解明されたものが、人間の言語に含まれる文字、舌の位置、文章に相当すると解釈できるかどうかについては研究チームにとっても定かではない。だが、分析したコーダの内部には多くの類似性があったことを確信しているとアンドレアス准教授は言う。「このデータには、クジラが明らかに知覚することができるコーダの種類や、コーダ間の区別の種類がより多く存在することを認識できました。これまで人々は全くそれに気づいていませんでした」。
研究チームの次のステップは、クジラの鳴き声の言語モデルを構築し、その鳴き声がさまざまな行動にどのように関連しているかを調べることである。また、種を越えて使用できるような、より一般的なシステムの研究にも取り組む予定だとシャルマは話す。私たちにとって未知のコミュニケーションシステムを取り上げ、それがどのように情報を符号化して伝達するのかを調べ、何が伝達されているのかを少しずつ解明していくことは、クジラの理解だけにとどまらず、さまざまな目的に役立つ可能性がある。「私たちはまだ、このようなことの一部を理解し始めたばかりだと思います。まだスタート地点に立ったばかりですが、少しずつ前進しています」。
動物たちが互いに何を話しているのかを理解することが、こうしたプロジェクトの主な動機である。しかし、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の研究者で、ゾウアザラシの音声コミュニケーションを10年以上研究しているキャロライン・ケイシーによると、クジラがどんなコミュニケーションをとっているのかを理解したいと思うとき、そこには大きな障害が立ちはだかるという。そのような試みが実際に有効であることを証明する実験が必要なのだ。
「AIが登場して以来、動物のシグナルを解読することに再び関心が集まっています」とケイシーは話す。「こうしたシグナルが動物にとって、人間が考えているような意味を持つことを証明するのは非常に困難です。この論文では、鳴き声の音響構造の微妙なニュアンスを非常にうまく表現していますが、さらに一歩踏み込んでシグナルの意味に迫ることは非常に難しいでしょう」。
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- リアノン・ウィリアムズ [Rhiannon Williams]米国版 ニュース担当記者
- 米国版ニュースレター「ザ・ダウンロード(The Download)」の執筆を担当。MITテクノロジーレビュー入社以前は、英国「i (アイ)」紙のテクノロジー特派員、テレグラフ紙のテクノロジー担当記者を務めた。2021年には英国ジャーナリズム賞の最終選考に残ったほか、専門家としてBBCにも定期的に出演している。