KADOKAWA Technology Review
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謎の天体現象、
「高速電波バースト」で作る
宇宙の3D地図
Stephanie Arnett and Sarah Rogers/MITTR | Getty
宇宙 Insider Online限定
Inside the quest to map the universe with mysterious bursts of radio energy

謎の天体現象、
「高速電波バースト」で作る
宇宙の3D地図

天空の狭い領域で高いエネルギーが突発的に放出される「高速電波バースト(FRB)」の仕組みについては、まだよくわかっていない。だが、天文学者たちは、FRBを検出して位置を特定する装置を次々と構築し、宇宙の物質分布の3D地図の作製を進めている。 by Anna Kramer2024.05.14

宇宙の年齢が今の半分以下だった頃、太陽1個分のポップコーンを作れるほどのエネルギーを持つ「バースト(極めて短時間でのエネルギー放射)」が、どこかの小さな銀河群で起こった。それから約80億年が経った現在、このバーストの電波は地球に到達し、オーストラリア奥地にある高性能の低周波電波望遠鏡がこれを検知した。

「高速電波バースト(fast radio burst)」と呼ばれるこの謎の電波信号は、2022年6月10日に地球に到達し、0.5ミリ秒弱持続した。天文学者はこの10年で、このようなバーストを5000回近く観測している。中でも今回のバーストは特別で、今までに観測されたバーストの約2倍古く、エネルギー量も3.5倍だった。

しかし、今までに観測されたバーストと同様に、このバーストも謎に包まれていた。高速電波バーストの発生理由は分かっていない。ランダムで予測不可能にみえるパターンで空全体に閃光が走るのだ。バーストは我々の住む銀河系を発生源とすることもあれば、まだ調査されていない宇宙の果てからやって来ることもある。数日間にわたる循環パターンを一度だけ繰り返して消滅することもあれば、最初の検知から数日ごとにパターンが繰り返されることもある。ただし、ほとんどの場合、繰り返されることはない。

謎に包まれてはいるものの、この電波は極めて有用であることが証明され始めている。望遠鏡に検出されるまでの間に、電波は熱く波打つプラズマの雲、粒子がほとんど触れ合わないほど拡散したガス、天の川などを通過してきている。こうした物質内に漂っている自由電子にぶつかるたびに、電波の波動は少しずつ変化していく。つまり、望遠鏡に検知された電波は、発生場所から地球までやってくる間に遭遇した通常物質の痕跡を含んでいるのだ。

そのため、高速電波バースト(FRB)は科学的発見の貴重なツールとなる。ほとんど解明されていない、銀河間を漂う超拡散ガスや塵に興味を持つ天文学者にとっては特にそうだ。

「FRBは、その正体も発生理由も解明されていません。しかし、それは問題ではありません。FRBは、我々が神として宇宙を創造する機会があったなら構築・開発したであろうツールなのです」と、シドニーのマッコーリー大学の天文学者で、今回の記録的なバーストを報告したサイエンス誌の論文の主執筆者であるスチュアート・ライダー博士は言う。

今では多くの天文学者が、遠方から到達するこうしたFRBをより多く発見すれば、かつてないほど詳細な3次元宇宙地図を作成できると確信している。ライダー博士はこれを「宇宙のCTスキャン」と呼ぶ。わずか5年前でも、そのような宇宙地図の作成は非常に困難な技術的課題とみられていただろう。FFBを見つけて、発生源を特定するのに十分なデータを記録することは非常に難しい。バーストが閃光する数ミリ秒の間にほとんどのことが起こる。

しかし、この課題は解消されようとしている。10年も経てば、オーストラリア、カナダ、チリ、カリフォルニアなどで稼働予定の新世代の電波望遠鏡と関連技術がFRB検知作業を一変させ、FRBから得られることを解明する一助となっているはずだ。そして、かつては偶然の発見に頼らざるを得なかったFRBが、ほぼ日常的に検知されるようになるだろう。天文学者は、新しい宇宙地図を作成できるだけでなく、銀河がどのように誕生し、時と共にどう変化していくかをより良く理解する機会を得られるだろう。

物質はどこにあるのか?

1998年に天文学者が、特定されているあらゆる宇宙物質の重量を徹底的に数えたところ、不可解な結果を得た。

宇宙の総重量のうち約5%は、陽子や中性子などのバリオン(重粒子とも呼ぶ。原子構成粒子、つまり宇宙に存在するあらゆる物質の構成粒子)であることが分かっている。残りの95%はダークエネルギーとダークマターだ。しかし、この時に天文学者が発見できたのはバリオンの総重量は宇宙全体の5%ではなく、わずか2.5%ほどにすぎなかった。「彼らは恒星、ブラックホール、白色矮星、エキゾチック物質(風変わりな性質を持つ仮説上の粒子)、原子ガス、銀河内の分子ガス、高温プラズマなどを数えあげ、全てを足したのですが、本来そうあるべき値の半分にも満たない数字となりました」と、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の天体物理学者であり、初期宇宙光分析の専門家であるグザヴィエ・プロチャスカ教授は言う。「この結果は恥ずべきものでした。宇宙物質の半分がほぼ観測されていないことが判明したからです」。

銀河が形作られる仕組み、宇宙構造、そして宇宙が拡大し続けるとどうなるかをシミュレーションする上で、この「失われたバリオン」は重要な問題だった。

天文学者らは、失われた物質は「中高温の銀河間物質」、つまり「ウィム(Whim:warm–hot intergalactic medium)」と呼ばれる非常に拡散した雲の中に存在しているのではないかと推測し始めた。理論的には、観測されなかった物質はすべてウィムに含まれているはずだ。1998年に論文が発表された後、プロチャスカ教授はその発見に専念した。

しかし、10年近くの歳月と約5000万ドルの税金を投入しても、その探索は全くうまくいかなかった。

探索では、主に遠方の銀河核からの光を分解し、銀河と銀河をつなぐガスの渦から放出されるX線を研究することに重点が置かれていたのだ。ブレークスルーが訪れたのは2007年のことだ。プロチャスカ教授はカリフォルニア大学サンタクルーズ校の会議室のソファで、同僚と新しい研究論文のレビューをしていた。その研究論文の山の中に、初のFRB発見に関する報告論文があったのだ。

ウェストバージニア大学の天文学者であるダンカン・ロリマーとデビッド・ナルケビックは、かつて観測されたことがないほどの高エネルギーの電波の記録を発見した。この電波は5ミリ秒未満しか持続せず、スペクトル線も非常に不鮮明で歪んでいた。電磁パルスとしては珍しい特性を持っており、既知のその他の突発現象よりも明るく高エネルギーだった。彼らは、この電波の発生源は我々の銀河系ではなく、途方もない距離の宇宙空間を旅してきたのだと結論づけた。

この信号は長距離の宇宙空間をやって来た。地球に届くまでに、電子の影響を受けて変形され、あらゆる物質を通過してきたにもかかわらず、はっきりと検出されるだけのエネルギーを持っていた。今のところ、宇宙で普通に発生し、このような一連の特性を持つ信号は、他に検出されていない。

「それを見た時、私は『ああ、これで失われたバリオンの問題が解決できる』と言いました」と、プロチャスカ教授は言う。天文学者らはこれまで、パルサー(磁極から放射線のビームを出す回転する中性子星)からの光を用いる同様の手法により、天の川銀河の電子を数えていた。しかしパルサーは暗すぎるため、宇宙の多くの部分を照らすことができない。FRBはパルサーの何千倍も明るいため、銀河系よりも遥か遠くの宇宙を研究する手法として使用できる。

ただし、落とし穴もある。銀河間の、一見何もない空間に何があるかを示す指標としてFRBを使用するには、研究者はFRBがどこで発生したかを把握しておく必要がある。FRBの電波がどれだけの距離を移動してきたかが分からなければ、FRBの発生地点と地球の間の空間がどうなっているかを正確に推定することはできない。

2007年に最初のFRBが検知された時、天文学者はその電波がどの方角から来たのかさえ特定できず、ましてや発生源までの距離を計算することなどできなかった。最初のFRBは、オーストラリアのニューサウスウェールズ州のパークス天文台(Parkes Observatory、現在はムリヤン(Murriyang)と呼ばれている)にある巨大な単一鏡型電波望遠鏡で検出された。この望遠鏡は、到達した電波を検知するのは得意だが、地球から見た満月サイズの空の領域でしかFRBを検知できない。次の10年間、いくつかの望遠鏡は、正確な発生源を明らかにできないままFRBを特定し続けた。FRBは興味深 …

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