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水素は万能か? 脱炭素のための現実的な利用法
Jan Woitas/picture-alliance/dpa/AP Images
Hydrogen could be used for nearly everything. It probably shouldn’t be. 

水素は万能か? 脱炭素のための現実的な利用法

水素は地球温暖化ガスの排出量を削減するためのツールとして、多用途での利用が期待されてきた。だが、ここに来て、クリーンな水素をどの用途に使うかが重要だと考えられるようになってきた。 by Casey Crownhart2024.05.02

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

エアフライヤーとしても使えるオーブントースターや、髪を巻くこともできるドライヤーなど、1台で何役もこなすツールには紛れもない魅力がある。

気候問題の世界では、水素がおそらく究極のマルチツールだろう。水素は燃料電池や燃焼機関に使用することができ、脱炭素を実現するためのスイス・アーミーナイフと呼ばれることもある。私はこれまで、製鉄、自動車、航空など、水素を利用する取り組みについて記事を執筆してきた。そして新しい記事では、水素鉄道の可能性を探っている。

水素は1つでいくつもの役割を持つツールかもしれないが、水素ですべては賄えないと主張する専門家もいる。また、一部の用途は、二酸化炭素排出量を削減する取り組みの真の進展を妨げることにもなりかねない。では、どこで水素が使われ、どこで最大の排出量削減効果が得られる可能性があるのか。掘り下げて見てみよう。

水素は、理論的には、経済のほぼすべての分野をクリーン化する役割を果たせる可能性がある。だが、水素は解決策になるよりも気候問題に加担する割合の方がはるかに大きいのが今日の現実だ

水素のほとんどは石油精製、化学製造、重工業で使用されており、しかも、大部分が化石燃料を使って製造されている。2022年では、水素の製造と使用は合計で約9億トンの二酸化炭素排出につながった。

水素製造をクリーン化するテクノロジーは存在している。しかし、世界の水素需要は2022年に9500万トンに達し、そのうちクリーンな水素でまかなえたのはわずか0.7%程度であった(さまざまな水素の製造法とその詳細がなぜ重要なのかについては、昨年の記事をご覧いただきたい)。

世界的な水素経済への転換は速くも安価にもならないだろうが、実現しつつはある国際エネルギー機関(IEA)によると、クリーンな水素の年間生産量は2030年までに3800万トンに達する見込みだ。新プロジェクトのパイプラインは急速に拡大しているが、水素需要も同様に拡大しており、10年後までには1億5000万トンに達する可能性がある。

輸送、エネルギー、産業の分野を問わず、私が水素について報告するとほぼ必ず、専門家たちがクリーンな水素を賢く使うことが重要だと語る。正しい優先順位の付け方についてはもちろん意見が分かれるところだが、私はいくつかのパターンを目にしてきた。

まず、私たちがすでに肥料などに使用している水素の製造をクリーン化することに焦点を当てるべきだろう。「主となるのは、既存の用途を置き換えることです」と、今年の水素自動車に関する記事で取材した欧州交通環境連盟(European Federation for Transport and Environment)の電気・エネルギー部長であるゲルト・デ・コックは語った。

ただし、それ以上に水素が最も役立つのは、すでに水素以外に実用的な選択肢がない産業分野であろう。

これは、私がクリーンな水素の用途を考える際に多用する解説画像の背後にある中心的な考え方だ。ブルームバーグNEF(BloombergNEF)の創設者であるマイケル・リープライヒが構想し、頻繁に更新している「水素ラダー(はしご)」である。リープライヒはこの図で、水素のほぼあらゆる用途について、コスト、利便性、経済性などを評価基準として、一番上の「避けられない」用途から、一番下の「競争力のない」用途までランク付けしている。

このラダーの一番上には、水素に代わるものがない既存の用途や産業がある。これについては、リープライヒは私が水素について話を聞いたほとんどの専門家と同意見だ。

海運、航空、製鉄など、二酸化炭素排出をクリーン化するための有力な技術的解決策がまだ存在しない部門は、二番目以降のいくつかの層に位置している。これらの部門は「解決が難しい」部門として有名だ。

重工業では高温を必要とすることが多いが、これまでは電気で加熱するのに高いコストがかかっていた。コストと技術的な課題により、企業は製鉄などのプロセスで水素を使用することを模索している。海運や航空分野では、燃料供給システムの質量とサイズに厳しい制限があるため、電池(バッテリー)はまだ採用できない。それにより、 水素が可能性のある候補になっている。

リープライヒのラダーの最下層に向かって配置されているのは、現在利用可能な明確な脱炭素化の選択肢がすでにある用途であり、水素は望み薄となっている。たとえば、家庭用暖房だ。ヒートポンプは大躍進を遂げており(本誌はヒートポンプを今年の「ブレークスルー・テクノロジー10」に選出した)、水素は厳しい競争を強いられている。

自動車もまた、二輪車や三輪車と並んで最下位層にランク付けされている。バッテリーを動力源とする交通機関の普及が進み、充電インフラも整備されつつあるからだ。少なくとも近い将来では、水素自動車が食い込む余地はほとんどない。

私は、水素をどのような用途の燃料としても利用できると考えているわけではないし、特定の用途やその特定の段階については、意見を異にする余地は十分にある。しかし、気候変動と闘うためのツールが増え続けていることを考慮すると、一般論として、水素はすべてを救う魔法のマルチツールとして登場するのではなく、ニッチを見つけることになるだろうと考えている。

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水素列車をめぐる争いは、輸送のクリーン化が技術的な問題であると同時に政治的な問題であることを明らかにしている。詳しくは、最近のベンジャミン・シュナイダーの記事をご覧いただきたい。

水素がどのようにして作られるかは、気候への影響という点で非常に重要だ。詳しくは昨年のこの記事をご覧いただきたい。

水素は自動車の排出ガス削減競争に敗れつつある。今年掲載した記事でその理由を探った。

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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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