キャメロン・ハーディングくんが1カ月検診を受けてすぐのころ、母親のアリソンさんは息子が固まってしまったような異変に気付いた。産着を脱がせると、両腕は片方に固まったままの状態だった。足も首も動かなかった。
診断結果は「脊髄性筋萎縮症」。遺伝性の病気で、体の動きを制御する運動ニューロンが破壊され、罹患(りかん)した子どもは一般的に2歳になる前に亡くなる。キャメロンくんの症状は重く、1年生きられる見込みすらないと思われた。
しかし生後7週間後、両親は実験的薬剤の臨床試験志願者にキャメロンくんを登録した。2カ月後に撮影された映像でキャメロンくんは、首を動かしたりおもちゃに手を伸ばしたりしている。脊髄性筋萎縮症の同様の症状の子どもで、ここまで回復したことはなかった。
キャメロンくんに投与された薬「スピンラザ」(クリスマスの直前に米国で認可された、新種の医薬品)は、RNA治療薬(成分である遺伝子メッセンジャー分子にちなむ)で、初の大当たりになるかもしれない。
RNAで作られた医薬品の開発には20年の歴史がある。しかしキャメロンくんが奇跡的に回復したことで、すでに使われている医薬品用化学物質やバイオテクノロジー・タンパク質医薬品の一種として、次世代の優れた医薬品になる可能性がある、と推進派はいう。
カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部のスティーブン・ダウディ教授は「現段階で、RNA治療薬こそが医学の未来です」という。ダウディ教授はRNA薬の推進派(教授の実験室ではRNAを研究中)だが、化学分野の進歩のおかげで、ようやくこの種の薬が提供できるようになったという。「まだ克服しなければならない課題はたくさんありますが、ものすごいことになりそうです」
同じ思いを抱く投資家もいる。非上場企業のモデルナ・セラピューティクスは、19億ドルの資金を調達し、RNAを利用し、体内で自ら薬を作り出す「プラットフォーム」を開発した。現在、RNAを利用した臨床試験は合計150件以上も進行中で、がんや感染症、ホルモン異常、神経疾患(ハンチントン病含む)を治療しようとしている。
人間の細胞内では、DNAのコードにある遺伝子がRNAのコピーに転写される。その後、コピーが細胞体の中に入り込み、タンパク質を作り出すひな形になる。市販薬のほとんどはタンパク質に直接作用し、通常は抑制する働きがある。一方で、遺伝子療法 …