「ユーザー」の終わり
AI時代にふさわしい言葉に
アップデートする
AI技術の進化に伴い、「ユーザー」という言葉の再考が求められている。テクノロジーとの関わりをより人間味のある形で表現する新たな用語への転換が提案されている。 by Taylor Majewski2024.04.23
インスタグラムのアダム・モセリ責任者は毎週金曜日に人々に語りかけている。同責任者はインスタグラム上で「何でも聞いて(ask me anything)」セッションを開催することを毎週の習慣としており、フォロワーからアプリや親会社のメタ、そして彼自身の(かなり注目度の高い)仕事についての質問を受け付けている。私がこの「何でも聞いて」動画を数年前に見始めたとき、とても面白いと感じた。「投稿にリンクを貼れないのはなぜ?」「私の『発見』ページがおかしいんだけど、どうすれば直せる?」といった技術的な質問に対しても、同責任者は純粋な情熱を持って答えていたからだ。だが、同責任者の言葉に耳を傾ければ傾けるほど、彼の一見すると飾り気のない誠実さが、実は彼の役職に伴う企業的な戦略の一部なのではないかと感じられるようになってきた。
先日の金曜日、メタが2023年夏にXに対抗してローンチしたソーシャルネットワーク・アプリ「スレッズ(Threads)」の成功を祝福し、ある人がモセリ責任者に対してこのようなコメントを送った。「ザッカーバーグの話によると、スレッズの1日のアクティブ利用者数はローンチ時よりも増えているそうですね。すごいことです、おめでとうございます!」 ピンクのスウェットを着てガレージのような空間から配信していた同責任者は、こう返答した。「詳しく説明させてください。私たちは主にデイリー・アクティブ・ユーザーとマンスリー・アクティブ・ユーザーを重視しているのですが、現在、後者は1億3000万ユーザーを超えています」。
モセリ責任者が「人々」を「ユーザー」と呼ぶことに違和感を覚えないのは、その言い換えがあまりにもスムーズだからだ。ほとんど気づかないほどに (なお、本記事に関するコメントを求めたが、同責任者からの回答はなかった)。
長年にわたって、人々は「ユーザー」と呼ばれてきた。経営者、創業者、運営者、エンジニア、投資家たちが際限なく使い続ける便利な略語だ。確かに、「ユーザー」は多くの場合、ソフトウェアを「利用する」人々を表現するのに適した言葉である。「ユーザー」は単なる顧客や消費者以上の存在だ。時には、「ユーザー」は人間ですらない。例えば、企業のボットがインスタグラムやその他のソーシャルメディア・プラットフォームでアカウントを運営していることもある。しかし、「ユーザー」という言葉は、この言葉で指せない人はいないほど漠然とした言葉でもある。どんな大きなアイデアや長期的なビジョンにも対応できる言葉だ。私たちはコンピューターやプラットフォーム、企業を利用し、同時に利用されてもいる。「ユーザー」という言葉は、表面的には深い取引関係を表しているように見える。しかし、実際には、「ユーザー」とみなされる人々と技術との関係性の多くは、非常に個人的なものなのだ。そうだとすれば、「ユーザー」という言葉は、今でも適切と言えるのだろうか?
「人は機械のようなものだった」
「ユーザー」という言葉の起源は、1950年代のメインフレーム・コンピューター時代にまでさかのぼる。当時の商用コンピューターは巨大で非常に高価であり、専用の部屋と特別な機器を必要とすることが多かったため、それを所有する(あるいは、より正確にはリースする)企業で働く訓練された従業員、すなわち「ユーザー」によって操作されていた。60年代に大学でコンピューターが普及するにつれ、「ユーザー」という言葉は、学生やコンピューター・システムを利用するすべての人を指すようになった。
1970年代半ばまで、パーソナル・コンピューターを所有することは一般的ではなかった。しかし、人々がコンピューターを所有するようになっても、「コンピューター・オーナー(所有者)」という言葉は定着しなかった。自動車など、20世紀の他の発明品は登場した当初から「所有する」ものと認識されていたのに対し、コンピューターを持つ人は、そのデバイスが生活の隅々にまで浸透しつつあったにもかかわらず、単に「ユーザー」と呼ばれ続けた。1990年代にコンピューティングが急速に発展するにつれ、「ユーザー・アカウント」「ユーザーID」「ユーザー・プロファイル」「マルチユーザー」など、ユーザーに関連する用語も増えていった。
1990年代初頭に「ユーザー・エクスペリエンス・アーキテクト」という肩書きでアップルに入社した認知科学者のドン・ノーマン博士は、「ユーザー」という用語が大規模に普及する過程で中心的な役割を果たした。同博士は、後に「UX」として知られるようになる概念を職名に冠した最初の人物であり、人々にとって直感的に感じられるようなシステム構築を目指す「ユーザー・エクスペリエンス・デザイン」という概念を広く知られるものにした立役者として認識されている。同博士が1988年に発表した著書『誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論(The Design of Everyday Things)』(1990年、新曜社刊)は、「ユーザビリティ」を美的価値と同等に位置付け、今なおUXのバイブルとも言える存在だ。
ノーマン博士は現在88歳だが、彼の見解では、「ユーザー」という言葉が広く使われるようになったのは、初期のコンピューター技術者たちが人間のことを機械と同じようなものだと誤って捉えていたことが一因だったようだ。「ユーザーは単なるコンポーネントの1つに過ぎませんでした。私たちは人々を人間としてではなく、システムの一部として捉えていたのです」と同博士は語る。初期のユーザー・エクスペリエンス・デザインは、本来、人間とコンピューター …
- 人気の記事ランキング
-
- Bringing the lofty ideas of pure math down to earth 崇高な理念を現実へ、 物理学者が学び直して感じた 「数学」を学ぶ意義
- Google’s new Project Astra could be generative AI’s killer app 世界を驚かせたグーグルの「アストラ」、生成AIのキラーアプリとなるか
- These AI Minecraft characters did weirdly human stuff all on their own マイクラ内に「AI文明」、 1000体のエージェントが 仕事、宗教、税制まで作った
- AI’s search for more energy is growing more urgent 生成AIの隠れた代償、激増するデータセンターの環境負荷