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世界初の野心的試み、
ハーバードの地球工学実験は
なぜ計画倒れに終わったか
Stephanie Arnett/MITTR | SCoPEx (device)
気候変動/エネルギー Insider Online限定
The hard lessons of Harvard's failed geoengineering experiment

世界初の野心的試み、
ハーバードの地球工学実験は
なぜ計画倒れに終わったか

地球温暖化対策として成層圏に粒子を散布しようとしたハーバード大学の10年越しの太陽地球工学実験は、各方面で物議を醸し、ついに断念せざるを得なくなった。プロジェクトを主導した教授や関係者が、今回の顛末から得られた教訓を語った。 by James Temple2024.04.18

2017年3月下旬、ワシントンDCで開催された小規模な学会で、ハーバード大学の2人の教授、デビッド・キースとフランク・コイチュが、史上初となる成層圏での太陽地球工学(ソーラー・ジオエンジニアリング)の実験計画を説明した。

だが、この実験計画は世間に激しい議論を巻き起こし、このような物議を醸すテーマの研究を進めることが許されるのか否かが争点となった。

太陽地球工学の基本コンセプトは、地球のはるか上空に、ある物質の粒子を散布することで、太陽光の一部を宇宙空間に反射させ、気候変動を抑制する手段とするというものだ。

ハーバード大学の研究チームは、高層を飛行する気球に、プロペラとセンサーを搭載したゴンドラを組み合わせたものを、アリゾナ州トゥーソンにある実験場から、早ければ2018年にも発射するつもりでいた。最初の装置テストのあと、計画では気球を使用して数キログラムの物質粒子を地上約20キロメートルの高度で散布し、そのあと気球は引き返してプルームの中を飛行しながら、粒子の反射性能、拡散速度、その他の変数を計測することになっていた。

しかし、最初の発射は翌年も、翌々年も、3年後も、4年後も実施されなかった。トゥーソンでも、のちに改めて発表されたスウェーデンの実験場でも。気球の販売企業との交渉の難航、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックの発生、研究チームと諮問委員会およびハーバード大学などの関係者との間での意思決定の調整の問題により、プロジェクトはたびたび遅延した。そして環境保護団体、北ヨーロッパ先住民団体、その他の反対派による猛烈な批判により、ついにチームは計画続行を断念した。

複数の気候科学者を含む反対派はかねてより、地球全体の気候システムを改変しかねない介入操作は、実世界で研究するには危険すぎ、けっして実用化してはならないと主張してきた。これほど強力なツールを使用すれば、予測不能で危険な副作用が生じることは避けられず、世界の国々が協力体制を築き、こうしたツールを安全かつ衡平に、責任ある形で使用することは不可能であると反対派は懸念する。

反対派の考えによれば、こうした気候操作の可能性を議論し研究することでさえ、温室効果ガスのすみやかな削減を促す動きを弱め、身勝手な行為者や孤立主義国家が、広くコンセンサスを得ることなく、ある日突然成層圏に物質粒子を散布しはじめる可能性を高めるものだ。ツールの一方的な利用は、一部地域に破滅的な結果をもたらし、国々を対立ひいては暴力的な紛争へと向かわせるおそれがある。

「成層圏制御摂動実験(SCoPEx:Stratospheric Controlled Perturbation Experiment)」として知られる、ハーバード大学のたったひとつの小規模な気球実験は、こうしたさまざまな懸念を象徴するものとなった。そして結果的に、研究チームに扱いきれないものへと膨れ上がったのだ。プロジェクトが初めて提唱されてから10年になる2024年3月、ある研究論文の中で、ハーバード大学は公式にこのプロジェクトの終結を発表した。これを最初に報じたのはMITテクノロジーレビューだった。

「この実験は、太陽地球工学研究を先に進めるべきかをめぐる議論の一種の試金石となりました」と、キース教授は言う。「コイチュ教授と私が中止を決意したのは、結局のところそれが理由でした。SCoPExが背負うものがあまりに大きくなってしまい、先へ進むことに意義を見い出せなくなったのです」。

記者は太陽地球工学について10年以上にわたり取材を続けてきた。2017年の学会について報じ、その後の研究チームの計画の進化についても継続的に記事にしてきた。そのため、プロジェクトの中止に困惑した。なぜ失敗したのか? そしてこの失敗は、賛否両論のテーマに取り組む研究者にどれだけ自由を認めるべきかについて何を語るのか?

記者はこのところ、このプロジェクトに携わった人々や、プロジェクトの行方を注視してきた人々に取材し、今回の顛末についての洞察や意見、このできごとから得られる教訓、そして地球工学研究の今後にとって何を意味するかを尋ねた。

取材した人々の中に、太陽地球工学の野外実験はもうおしまいだという意見はほとんどなかった。だが、終わりにすべきだと言う人もいれば、研究者は同じ轍を踏みたくないなら、今後の研究計画をまったく違った形で進めるべきだと言う人もいた。

SCoPExの経緯

太陽地球工学のインスピレーションの源泉は自然現象だ。過去の大規模な火山噴火では、大量の二酸化硫黄が噴出し、硫酸エアロゾルを形成して太陽放射を反射した結果、地球の気温が低下した。

たとえば、1991年のフィリピンのピナトゥボ山の噴火では、約2000万トンの二酸化硫黄が成層圏に噴出した結果、数カ月にわたって地球の表面気温が約0.5℃低下した。

しかし、この二酸化硫黄を地球工学に利用することにはひとつ問題がある。硫酸は、地球の生命を有害な紫外線から保護しているオゾン層にも損傷を与えるのだ。そこで、キース教授らの研究チームはコンピューターモデルを利用し、二酸化硫黄をほかの物質で代用することで、副作用を軽減、あるいは完全になくすことが可能かどうかを検証してきた。候補となったのは、ダイヤモンド粉末、酸化アルミニウム、炭酸カルシウムなどだ。

SCoPExの研究チームは、一連のフライトで何種類かの物質を散布することを検討してきた。硫酸も候補に含まれていたが、おもに注目していたのは炭酸カルシウムだった。

同チームは発射から得られたデータに基づいて、地球工学シミュレーションの正確性を向上させ、この技術の考えられる利点とリスクについて理解を深めることを目指した。

「実世界での測定は欠かせません。自然界では意外なことが起こるものですから」と、キース教授は2017年に学会で語った。

キース教授が繰り返し強調してきたように、実験で散布する物質の量は、航空機がすでに排出している汚染物質の量と比べれば微々たるもので、もしも同様の実験がほかの科学研究目的で実施されていたら不信感をもたれることはなかっただろう。

だが、まるで避雷針のように、彼らの計画には批判が殺到した。計画について率直さと透明性を担保しようと腐心したつもりが、報道の過熱と反対派からの辛辣な批判を煽ってしまったと、キース教授は振り返る。こうして、同教授に言わせれば環境にほとんど影響を与えないありふれた実験であるにもかかわらず、一般大衆の不安は膨れ上がった。

研究チームは当初、2018年にアリゾナで気球を打ち上げる予定だった。だが、提携していた気球販売会社のワールドビュー(World View)が必要な重量を搭載できる気球の取り扱いをやめたため、実現しなかったとキース教授は言う(本記事の公開までに、問い合わせに対して同社からの回答は得られなかった)。

しかし、研究チームはハーバード大学の研究室で装置と気球の開発を続けた。同大学は諮問委員会を設立し、チームの計画のレビューに加え、一般市民への説明にあたってのガイドライン作成に乗り出した。

やがてチームは拠点をスウェーデンに移し、スウェーデン宇宙公社(Swedish Space Corporation)と共同で、気球に搭載する装置をテストするための発射計画の策定に入った。気球は2021年夏、キルナにあるエスレンジ宇宙セ …

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