中国テック事情:市場心理を手玉に取る、中国政府のしたたかさ
中国政府は市場の過剰反応を利用して企業に罰金以上のダメージを与える手法をとってきた。だが、今後はもっとソフトなアプローチに代わっていくかもしれない。 by Zeyi Yang2024.04.14
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
MITテクノロジーレビューの中国担当記者である私は、中国のテック政策について常々語ってきた。政府が特定のテクノロジーを後押しするか抑制するかの決定を理解し説明することは、私にとって常に大きな課題だ。政府はなぜそのセクターを優遇し、別のセクターを見過ごすのだろうか。当局が突然取り締まりを始めるきっかけは何なのだろうか。 その答えを得るのは決して容易ではない。
そうした中、2024年秋から法学教授として南カリフォルニア大学に赴任する予定のアンジェラ・フユエ・チャン(現・香港大学准教授)から、インスピレーションを得た。彼女の新著は、中国のテック規制の背後に潜む論理とパターンの解釈に関するものだ。
私たちは、中国政府が、テック業界への規制を過剰にしたり不十分にしたりを繰り返していることについて話した。また、地方政府が地元のテック企業を保護するために熱心に取り組んでいること、そして現在、AIなどの企業が他のセクターよりも政府から厚い信頼を受けている理由などについても議論した。
チャン准教授のテック規制に関する魅力的な解釈の詳細を知りたい方は、こちらの記事を読んでほしい。
この記事では、私たちの対話の中でも特に興味深い部分をご紹介したい。チャン准教授は、中国のテック政策に対する市場の過剰反応が、現在では規制当局の重要な政策実行手段の一部となっていると説明してくれた。
テック企業の今後の業績動向に絶えず賭けている資本市場は、中国が特定のテクノロジーに対して新たな取り締まりを始めるかどうかということに関する政策シグナルを、常に探っている。その結果、しばしば中国政府の一挙手一投足に過剰反応してしまう。
チャン准教授は次のように述べている。「投資家はすでに、とても神経質になっています。彼らはあらゆる種類の規制シグナルを非常に否定的にとらえます。それが、昨年12月に起こったことです。ゲーム規制当局が、ゲーム活動を規制・抑制する法律の草案を発表したときです。この発表は市場を動揺させました。実際のところ、その法案には目新しいものはほとんどなく、以前に法曹界で回覧されたものとよく似ており、若干の条項で明確化が必要となっているだけでした。それなのに投資家は大騒ぎしたのです」。
その具体例として、中国の最大手ゲーム会社2社の時価総額が800億ドル近く消し飛んだ。この極端な反応のせいで、中国のテック規制当局は市場の悲観論を鎮めるため、法案を一時的に棚上げせざるを得なかった。
チャン准教授は次のように続ける。「過去の取り締まりを振り返れば、これらの企業が被る最大の打撃は金銭的な罰金ではなく、株価下落による実質的な影響なのです」。
同准教授によると、当局がその時したことは、Webサイトでの突然の発表によって、人気ゲームソフトを販売しているアリババの評判を意図的に傷つけることだったという。発表内容は、「アリババを独占的慣行の疑いで調査している」という一文だけだった。だが、市場はパニックに陥った。発表されるやいなや、アリババは一夜にして1000億ドルの時価総額を失った。それに比べれば、2021年に中国の反トラスト(独占禁止法)違反でアリババが支払わなければならなかった28億ドルの罰金など、大した問題ではなかった。
中国のテック規制当局は、株式市場が政策シグナルに対して予想通りに過剰反応するという事実を利用して、手に負えないテック企業を最小限の労力で懲らしめているのだ。
「規制当局は評判を傷つけることに非常に長けています。だからこそ、彼らは市場の過剰反応を利用しているのです」。そして、こうした側面は無視されがちだという。なぜなら、人々は法的な側面にのみ注目する傾向があるからだ。
しかし、そのような方法で市場を手玉に取ることにはリスクも伴う。前述したビデオゲーム政策の例のように、規制当局は過剰反応が広がる大きさを常にコントロールできるわけではない。そのため、自分たちが責任を負いたくないほどの、より広範な経済的被害を招く恐れがある。
「規制当局は間違いなく、投資家が自分たちの規制措置に対してどれほど激しい反応を示す可能性があるか学びました。当局も非常に慎重で神経質になっています。今後、厳しい規制を導入する際には、リスクを回避するようになるでしょう。また、景気の後退によって、かつては取り締まりの間、非常に攻撃的だった中国サイバースペース管理局(CAC)のような特定の機関の声も、弱まったと思います。なぜなら、それらの機関がやったことは、中国経済にとてつもなく大きなトラウマを与えたように見えるからです」。
厳しい規制措置を導入することで経済に悪影響を及ぼすことを恐れているため、それらの政府機関はよりソフトなアプローチに転じる可能性があると、チャン准教授は言う。
「今、当局がよりソフトなアプローチを取りたがっているとすれば、それらの企業とお茶でも飲みながら、『御社にできることはこれです』と伝えるでしょう。以前のよう突然の攻撃ではなく、もっと合意に基づくアプローチになるということです」。
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香港のフード・デリバリー事情に異変
香港のフード・デリバリー・シーンは、これまでドイツ資本のプラットフォーム「フードパンダ(Foodpanda)」と、英国資本の「デリバルー(Deliveroo)」に二分されていた。しかし、中国メディアのチェングー・ラボ(Zhengu Lab)によると、中国の巨大企業メイトゥアン(Meituan)は2023年5月以来、新たなアプリ「キータ(KeeTa)」でこのシーンに割り込もうとしてきた。そしてこれまでのところ、20%を超える市場シェアの獲得に成功している。
メイトゥアンのライバルである外国資本の2社はいずれも、大口注文の場合のみ配達料を無料にしているため、料理を1品だけ注文することは難しい。そこでメイトゥアンは、ほとんどのレストランの配達料を無料にすることでユーザーの負担を最大30%軽減し、自社サービスを「お一人様」のためのプラットフォームと位置づけた。また、既存業者に対抗するため配達員に支払う配達料を他社より高く設定し、飲食店に課す手数料はより低く設定している。
中国本土に比べ、香港のデリバリー市場は非常に小さい。しかし、メイトゥアンによると、香港における同社の取り組みは、海外のより多くの国々に進出するための第一歩だという。
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- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。